裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2017-09

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妻籠宿(長野県南木曽町) 平成19年9月30日

 妻籠は中山道四十二番宿。案内板によると、昭和43年に全国でもいち早く町並みの保存に手掛けた宿場と紹介されていた。新しいものに目がいく時代にあえて古いものの着目した、それも「町並み」というその当時に住む人からすれば、目新しくもなく、文化財的価値もないと見なされやすいものを残そうとした、当時の人たちの心意気はいかに。

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町並みの入り口付近。あいにくの空模様だが、雨にけむる木曽の山々というのも、それはそれで結構なながめだ。宿場入り口の「おしゃごじさま」の祠がある。御左口(みさぐち)神を祀るとあるが、この神は諏訪信仰にかかわるミシャグチ神と同体なのだろうか。

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光徳寺門前の延命地蔵堂。河原の石に地蔵尊の寝姿が浮かび上がったとして建立されたとある。堂内には石があり、ちょうど左下に横たわる姿が確認できる。

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光徳寺の庫裏には、天保時代に住職が考案した人力車の祖型という車付き駕籠が保存されている。。


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写真では観光客はまばらだが、途切れる瞬間を狙ったもの。当日は雨にもかかわらずひっきりなしに団体客が散策していた。

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タバコ屋の玄関には万年茸(霊芝)が飾られていた。
道ばたには山水をためる水槽が幾つも置かれていたが、残念なことにどれも飲用不可だった。

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枡形(幕府の方針で敵の進行を遅らせるために、わざと曲げた通路)の周囲は舗装されておらず、特に宿場町らしさがにじみ出る。
白や赤の萩が垂れ下がり、街道を彩る。

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おばあさん2人が、こよりで木曽馬を作っている。1個求めると「全部手作りだから一つ一つ違うよ。一番良いのを選んで」とのこと。と言われても迷うばかりなので目をつぶって「どれにしようかな…」と指さしで決める。
選んだのを差し出すと「あら、一番きれいなのを選んだね」と笑いながら包んでくれた。
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寝覚の床(長野県上松町) 平成19年9月30日

画像 038昨日は一日中曇りで過ごせたが、今日は朝から雨。先に御嶽参拝を済ませておいて良かった。
王滝村から再び中山道を西にしばらく走り「寝覚の床」を見物する。木曽川の流れが、さながら寝床のような石の姿を表現した。
展望台の手前には中央本線が走っているので、どうしても架線が視界を邪魔する。そこで川近くまで坂道を下りる。


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伝説では竜宮城から帰ってきた浦島太郎は諸国を巡り、ここに逗留していたという。そんなある時、約束を忘れて玉手箱を開いたため老人となり、さながら夢から覚めるようだったからこの名が付いたという。岩の上には浦島堂が立ち、右下手前の白い石は亀石という

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寝覚ノ床へは臨川寺の境内を通って行くことになる。境内には浦島太郎姿見の池や弁天堂がある。

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境内には宝物館が建っているが…、これといって文化財があるわけでもないため、大正・昭和初期の民具が収められているのが実情。

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しまいには展示するものに困ったのか、カメラや牛乳瓶、ドラえもんサイダーの缶まである。

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宝物館の目玉! 「浦島太郎の釣竿」。それと愛用の硯。


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そのほかに浦島太郎関連グッズも置かれる。

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ついにはキティちゃんグッズまで展示される。

この全体に流れるゆるさがB級スポットらしさを醸し出して、実にタノチイ


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田之原大黒天・御嶽奥宮遙拝所・三笠山神社(長野県大滝村) 平成19年9月29日

田之原大黒天
画像 022山道を登れば登るほど、ガスが発生し視界が効かない。7合目田の原に着いたころには一面の霧で、何がなにやら分からない状態。社務所に納経帳を預けて、田之原大黒天の祠までの砂利道を歩く。左右には熊笹や這い松、栂などが繁っている。
新旧五円玉の石像が置かれる、大黒天の祠に到着。祭神は大国主命。参拝前に半鐘を鳴らすと山々に余韻が響き渡る。御嶽の各社には半鐘が必ずあるのが特徴的だ。
参拝を済ませると幾分か霧も晴れてきた。ここからさらに奥社遙拝所へと向かう。


奥社遙拝所
画像 023ちょうど御嶽山頂の目前に遙拝所がある。祭神の国常立尊・大己貴命・少彦名命の神像が祀られる。もとより曇り空だったので、例え田の原まで登っても御嶽の姿は望むことはできないのは仕方がないこと。
霧の向こうに隠れる御嶽を思いながら念誦読経する。

画像 025参拝を終えて帰る道すがら振り返ってみると、見る見る雲が晴れてきた。うっすらと御嶽山頂がその姿を現す。
それはさながら神仏が地上に降臨したかのような、感動的な出来事だった。

画像 026そしてくっきりとその勇姿を目の当たりにすることができた。
まったくあきらめていた時に、思いも掛けない出来事。これこそ本当のご利益だろう。
「南無御嶽座王大権現」と山頂に向かって参礼する。そしてしばらくすると再び山は雲に包まれた。



三笠山神社
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田の原駐車場から大黒天参道と正反対の位置に、三笠山神社参道が延びる。位置だけでなく風景も田の原とは正反対で、ブナ林と苔むす石に囲まれた隠逸な道。しばらく進むと三笠山刀利天王像を祀る祠に着く。
祭神は豊斟諄尊。刀利天(とうりてん)とは帝釈天が支配する世界・忉利天の事だろうから、帝釈天と同体なのだろうか?

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三笠山の参道周囲は一面に苔に覆われ、まるでファンタジー作品の世界に迷い込んだような、そんな気持ちにさせられる。
 ところで、山を下りて分かったことだが三笠山神社だと思っていた場所が、まだそれより上に本社があったのだった。まるっきり石清水八幡にお参りに行った「仁和寺のある法師」だ。

大黒天 3 奥社遙拝所 5 三笠山 4
田之原大黒天・奥社遙拝所・三笠山神社納経朱印

 今晩の宿は御嶽休暇村。同施設内にあるキャンプ場の近くに温泉があるので、ひとっ風呂浴びに行く。2kmほど離れたブナ林に「こもれびの湯」という小さな温泉が立つ。飲泉場で口に含むとかすかな硫黄臭と炭酸、そして鉄の味がする。さほど大きくない浴槽にはさび色をしたお湯が掛け流され、少しぬるめのお湯のためゆっくりとつかる。目の前には徐々に闇に染まるブナの木々…
 その日の夕食は松茸尽くしと、まさに極楽気分だ。

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清滝不動尊・十二大権現・八海山神社(長野県大滝村) 平成19年9月29日

清滝不動尊
画像 014清滝は御嶽の3合目に当たる。小さな駐車場に車を止めて、山道を少し登ると巨大な飛瀑が見えてくる。滝壺の周囲は滝行ができるように整備され、更衣室もあった。
不動堂で念誦読経の後に滝に近づくと、飛沫となった水が飛び散っている。マイナスイオンなんて疑似化学は信じないが、滝からみなぎる霊力が体全体すみずみまで浴びるような気持ちになる。
駐車場に戻ると白装束の集団が車から降りてきた。これから滝に打たれるようで、大半は女性。若い子もそれなりにいた。


十二大権現
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清滝からさらに蛇行する道をしばらく走った4合目に、十二大権現の鳥居が見える。石段を登ると赤いさるぼこの垂れ下がった祠がある。祭神は木花開耶姫命で、子授けのご利益がある。祠に置かれたさるぼこを1個持ち帰り、願いがかなうと12個奉納するのが習わしだという。

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十二大権現の隣には真新しい霊神碑がある。素人造りの良く言えば素朴、悪く言えば安っぽい感じの神仏像もあり、一種独特な雰囲気になる。里宮周辺は高い木々に囲まれているため、霊神碑も幽玄な雰囲気だったが、この辺りになると高山性のためか低い木しか生えず、それと相応するかのように妙に開放的な霊神碑が増える。
考えてみれば道路が整備されたから高い場所にも造立可能になったわけで、古いものほど低地に立てられるのだろう。

八海山神社
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おんたけスキー場も近い5合目に八海山神社は鎮座する。眼病平癒のご利益があるため祠には「め」と書かれた布が数多く奉納されている。祭神は国狭槌尊。八海山大頭羅(だいずら)神王と称すが、「だいずら」とは四天王の一つ、持国天の梵名dhRtaraaSTra(提頭羅吒)のこと。
祠の背後には水が湧いているので、一口飲むと同時に目も洗った。

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参道入り口近くに生えていたきのこ。
辺りを見回すと小さなきのこが幾つも顔をのぞかせていた。
苔を踏むとふわふわと絨毯のようだ。

八海山 2
八海山神社納経朱印

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御嶽神社(長野県王滝村) 平成19年9月29日

御嶽神社(里宮)
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 「木曽のナァー 中乗りさん  木曽の御嶽 ナンチャラホイ」と口ずさみつつ、御嶽に突撃巡礼。朝7時前に出発して、中津川ICから中山道に入るが雨の勢いが強くなってくる。「今回もまた雨の中の旅か」と思っていたが、11時前に王滝村に着いたころには、曇り空でこそあれ雨はやんでくれた。途中、道ばたで木の実を食べている4,5匹の猿に遭遇。やっぱり山奥なんだなあ。ところで王滝(おおたき)は御嶽(おんたけ)がなまった地名なのだろうか。
 御嶽神社里宮の入り口は、田の原に至る道路沿いにある。そこから石段を登り、まず始めに社務所に納経帳を預けて社殿へと向かう。ここからさらに368段の石段を登る。

 それはそうと「中乗さん」って何なんだ?※

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参道途中に建つ里宮大黒天の祠。祠の横には巨大な五円玉の石像が。

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社殿近くは背後に巨岩が迫り、いやが上にも霊威を感じさせる。
石段を登り切ると御嶽の王滝口開山の木食普覚行者、黒沢口開山の覚明行者、並びに信仰の流布に努めた一山、一心両行者を祀る講祖本社が建つ。

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岩肌から一筋の水が流れ落ち、さながら瑠璃で彩られた帳のように、キラキラと光り輝きながら苔の下をしだたり落ちる。この御神水を一口飲むと、山の霊気が体に行き渡るようだ。

画像 008社殿
祭神は国常立尊・大己貴命・少彦名命。本地仏は十一面観音・聖観音・阿弥陀如来。
御嶽座王大権現と称し、また岩戸権現ともいう。社殿背後には岩穴があり、そこに本殿が鎮座していた。
ここに来る前に少し雨が降ったのだろうか…。でも<そのお蔭で一層社頭に幽玄さが増した。


画像 011霊神社
御嶽山は祖霊の集う山。行者たちは死後、御嶽にとどまり子孫や弟子を見守る神となる。御嶽には至る所に「○○霊神」と刻んだ石碑が立っている。

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里宮近く、一心堂付近の霊神碑。

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里宮周囲の道沿いに霊神碑は多く見られる。

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苔むしたもの、整然と並ぶもの、真新しいもの…。
大小さまざまな霊神碑。

御嶽神社 1
御嶽神社納経朱印

※「中乗さん」については、3説あるようだがどれもはっきりしないのが実情らしい。

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元善光寺(長野県飯田市) 平成19年5月20日

 長野突撃巡礼隊も最終日。善光寺参りの締めくくりとして、飯田の元善光寺へ向かう。本日はここをもって最後の目的地としているので、時間的に余裕がある。すこし遅めにホテルを出発して、諏訪に別れを告げる。天気はすこぶる快晴。

山号:定額山
寺号:元善光寺
宗派:天台宗
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JR元善光寺駅からほど近い場所に元善光寺は建つ。けっこう参拝客は頻繁に見えるらしく、さほど広くない境内域でありながらも、大型バスもが数台止まっていた。
石段を上ると、本堂前には角塔婆が立てられ、左右には吹き流しがあった。

20070603144409.jpg本尊は一光三尊阿弥陀如来。縁起では本多善光が難波の堀で、物部守屋がうち捨てた阿弥陀如来を見つけ、当地に安置したという。その後、現在の善光寺へと移したので、元善光寺という。そのため、ここを参拝しないと「片参り」だとされる。
本堂に上がって読経。堂内には本多善光像などが安置される。その後、宝物殿を拝観。如来を安置したという座光の臼が置かれていた。
 参拝後は戒壇巡りを行う。善光寺の戒壇巡りは本当に真っ暗だったが、ここのはさほど暗くなかった。順路も単純に冂型のため、方向感覚が狂うこともなかったので、少し気が抜けた。

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参道石段の近くには矢場がある。堂内には通し矢の的が多く奉納されていたが、これが理由なのだろうか。

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元善光寺納経朱印

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上諏訪温泉(長野県諏訪市) 平成19年5月19日

 諏訪大社巡りも無事終えて、今晩のホテルへ向かう。荷物を置いて、ここから1kmほど離れた片倉舘へと向かう。

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片倉財閥(今の片倉工業)の二代目・片倉兼太郎が地元の厚生施設として建てたもの。昭和4年の完成で、洋風建築ながらどの様式にも当てはまらないという、独特の外観をしているという。

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塔の建つ側は温泉の入口になる。ここの温泉は千人風呂と呼ばれ、ヨーロッパ調の内装。もちろん現代から見れば普通に見られる大浴場だが、当時は驚く広さだったのだろう。湯船の底には小石が敷き詰められていた。
今も各地にスーパー銭湯が乱立しているが、このように後世に残るほどの、芸術性ある建物はどれだけあるだろうか。

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ホテルから諏訪湖を臨む。

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法華寺(長野県諏訪市) 平成19年5月19日

 諏訪大社の東参道から少し登った場所に、法華寺は建つ。織田信長が甲州攻の論功行賞を行った際に、明智光秀を愚弄した場所でもあり、これが本能寺の変へとつながったという。

山号:鷲峰山
寺号:法華寺
宗派:臨済宗妙心寺派
20070603144103.jpg赤く塗られた山門をくぐると、新築の本堂と庫裏が建つ。本尊は釈迦如来。元は天台宗だったか、建長寺の蘭渓道隆を中興として臨済宗に改められた。付近にはかつて諏訪神宮寺が建ち、古図では普賢堂や宝塔などが並んでいたが、法華寺も神宮寺に近い扱いだったらしい。

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本堂裏の山には吉良義周の墓がある。上野介義央の外孫で元禄事件後に高島藩へお預け。幽閉後3年の21才で逝去したとある。今も吉良町の有志によって慰霊祭が行われているという。

 ここに吉良町が「吉良義周公に捧ぐ」として立てた看板があるが、町が立てたとは思えないほどの、すさまじかったので文面。永年にわたり悪者とされる「吉良」からの、恨みと怒りが感じられた。

吉良義周公に捧ぐ
 吉良義周公未だ赦されず。ひとり寂しくここに眠る。公は上杉綱憲(吉良上野介長男)の第二子として生をうけ、五歳にして上野介嗣子(あとつぎ)として吉良家の人となった。
 名門の血を継ぎ、優れた才能を持ち、将来を期待された義周公に突然不幸が襲った。元禄事件である。世論に圧されて、いわれなき無念の罪を背負い、配流された先でつぎつぎに肉親の死を知り、悶々のうちに若き命を終えた。公よ、あなたは元禄事件最大の被害者であった。

 しかし、ここに幽閉の二年有余、高島藩主忠虎公をはじめ藩の手厚いご対応、また当法華寺十一世春巌和尚の温かいご配慮に、われら吉良町民はせめてもの慰みを覚えるのである。
 公よ、安らかに眠り給え。
  平成六年六月吉日  吉良町


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諏訪大社上社本宮(長野県諏訪市) 平成19年5月19日

 前宮から再び諏訪湖を目指すような形で進むと本宮に着く。諏訪四社巡りもこれで最後となる。守屋山の麓に本宮は鎮座する。

社号:諏訪大社(上社本宮)
信濃一宮
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東参道から境内にはいると、神門と社殿に続く回廊がある。歩くたびに思うのだが、こういった古い宗教施設の回廊は、どうして神秘的な気分にさせてくれるのだろう。
神門のすぐ脇には二之御柱が立つ。

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社殿は拝殿のみで本殿はない。祭神は建御名方神。本地仏は普賢菩薩。
諏訪大明神は狩猟の神でもあるが、中世、猟師は『諏訪の勘文』と呼ばれる信仰で、殺生の免罪が考えられていた。それは「業尽有情 雖放不生 故宿人身 同証仏果」。『神道集』で、諏訪大明神の本地は普賢菩薩にもかかわらず、どうして畜類が供物とするなど、殺生を認めるのかという疑問に対して、“動物は神前の贄となることで、成仏することができる”とある。諏訪の勘文も畜生の業は人に食べられることで尽きて、成仏するという意味になる。また鹿食(かじき)箸、鹿食免が配られ、肉食しても穢れないとされた。

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北参道側には一之御柱が立つ。

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温泉の手水舎。
奥の力士像は雷電為右衛門。雷電は大石村(現、長野県東御市)出身ということで、郷土の英雄として奉納されたもの。

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神楽殿から回廊途中にある四脚門を臨む。古くはここから神体山を拝していたらしい。

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諏訪大社上社本宮納経朱印

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諏訪大社上社前宮(長野県茅野市) 平成19年5月19日

 秋宮から甲州道中を走って前宮へと向かう。途中、タケヤみその本社工場を横切る。また信号待ちでふと横を見ると、庚申塔にも御柱が立っていた。 
 前宮は諏訪湖から見て南に位置した場所、茅野に鎮座する。本社より奥まっているのになぜ「前宮」なんだろうと思ったが、地図で位置を見れば確かに前。諏訪湖側からしか見ていなかったので気が付かなかった。

社号:諏訪大社(上社前宮)
信濃一宮
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祭神は八坂刀賣神。本地仏は千手観音。
春宮、秋宮と豪華な社殿だったので、前宮の簡素な造りに驚いた。しかし山の麓に建ち、木々と小川の流れが自然の中の神社として、ほっとした気持ちになる。

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社殿を廻ると、本殿裏手に巨大な木が三本立っていた。まさに木魂が宿っていそう。まったく前知識無くして見つけた木なのでうれしくなる。
後でお参りに来ていた人にもこのことを教えたら、「各地の神社で巨木を見るのが好きだから、これは思いがけなかったです」と喜んでもらえた。
 カーナビに案内されるままに来たので、前宮は社殿だけの神社だと思っていた。しかし下に社務所があるとのこと。そこに車を止めて歩いてお参りすれば良かったと、ちょっと悔いる。

20070603140750.jpg社務所へ向かう途中に御室社という小祠があった。かつてはムシャグジ神といわれる、蛇形の木を祀るために、土室に籠もっていた場所だという。諏訪の本来の祭神もこのミシャグジ神だといわれ、古代信仰の一つだろう。蛇形とあるから水神信仰かもしれない。諏訪湖へ、また諏訪湖から伸びる川の流れも関係するだろうか。
『神道集』では甲賀三郎が洞窟に籠もり蛇の姿となって地上に現れたとある。後に三郎は人間に戻り諏訪明神として祀られたとあるが、ミシャグジ神の神事を思わせるようだ。

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諏訪照雲頼重の供養塔と伝わる五輪塔。


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社務所の建つ境内には十間廊が建つ。貢ぎ物を実見する場所だが、4月15日の酉の祭りでは、75の鹿の頭が供えられるという。諏訪大明神は狩猟の神でもある。

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諏訪大社上社前宮納経朱印

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諏訪大社下社秋宮(長野県下諏訪町) 平成19年5月19日

 春宮から1kmほど離れた場所に秋宮は建つ。中山道と甲州道中の分岐点に当たる場所。秋宮は八坂刀賣神が8月から1月まで祀られる。
 春宮が少し少し鬱蒼とした雰囲気だったのに対して、秋宮は木々は多いが、明るい雰囲気がする。観光客も秋宮の方が多いようにも見えた。

社号:諏訪大社(下社秋宮)
信濃一宮
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参道を歩くとまず巨大な松が目に入る。「根入りの松」といい夜中にはいびきをかくという。また葉を煎じると、子どもの夜泣きがやむという。
拝殿には御柱を引く巨大な縄が置かれていた。

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祭神は建御名方神・八坂刀賣神。事代主神が配祀される。本地仏は千手観音。
春宮同様、社殿は左右に片拝殿。中央は楼閣造で彫刻が施される。宮大工の立川和四郎が春宮側と技を競ったという。
ここも社殿を囲むように御柱が立てられる。

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温泉地らしく、温泉の手水舎。


20070603140442.jpg奥は加茂社、八坂社、子安社。子安社には安産祈願に底のないひしゃくが奉納される。これは春宮にも同様の事がされていた。

手前は鹿島社。鹿島の祭神である武甕槌命は、『古事記』では国譲りに反対した建御名方神を打ち倒した神。最終的には諏訪から出ないことを条件に命だけは助けたとある。そんな犬猿の仲とも言えそうな神が同一境内に祀られているから面白い。
もっとも、上記の話は『古事記』だけの話で、国史たる『日本書紀』には載っていない。個人的には(「『古事記』偽書説」を100%肯定しているわけではないが)『古事記』の記述よりも、『日本書紀』記述を優先しているので、それからすれば別段おかしくはないのだけど。

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資料館近くの祠にも御柱が立っていた。

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諏訪大社下社秋宮納経朱印


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諏訪大社下社春宮(長野県下諏訪町) 平成19年5月19日

 上田からは中山道を走る。道中には一里塚跡など街道らしい遺跡が点在しているようだ。鷲ケ峯の峠を越えてしばらくすると下諏訪町へと着く。

社号:諏訪大社(下社春宮)
信濃一宮
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諏訪大社は下社(春宮・秋宮)と上社(前宮・本宮)の計四社によって構成され、いづれも場所が離れている。そのうち春宮は2月から7月まで八坂刀売神が祀られる。

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祭神は八坂刀売神・建御名方神。事代主神を配祀。本地仏は薬師如来。
社殿は左右片拝殿。中央は楼閣造で彫刻が施される。請け負った宮大工、柴宮長左衛門が秋宮側と技を競ったとある。
有名な御柱は本社殿を囲むように立てられる。長いこと御柱は依り代のように、社殿中央に1本立ちしているのかと思っていたが、そうではなかった。

20070603135759.jpg境内でて砥川を渡り、少し離れた場所に万治の石仏が安置される。伝説では、鳥異を作るために石にのみを入れたところ、血が噴き出した。その後、夢のお告げで良石が見つかったので、この石に阿弥陀如来を刻んだとある。
ずんぐりむっくりして、モアイを思わせるような不思議な顔立ち。背中の一部が欠けているように見えるが、これがのみの跡なのだろうか。

20070603135823.jpg万治の石仏に行く途中の中州に浮島神社が建つ。その周囲にも御柱のようなものが立てられている。
後で神職の方に伺うと、「小宮の御柱」と呼ばれる風習で、諏訪に限らず周辺地域の神社や祠で同様の事が行われていると、それを調査した冊子を見せてくれた。しかし諏訪大社の御柱が起源なのか、この風習を諏訪大社が取り入れたのかは分からなく、また御柱自体も依り代なのか、結界なのか不明とのこと。
密教寺院の大壇や護摩壇も、四方に金剛橛(こんごうけつ)という柱を立てて結界を張るのと似ていると言うと、御柱は仏教の影響を受けている可能性もあるとのこと。今から思えば、修験道の作法に近いかもしれない。

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参道正面にある下馬橋。

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諏訪大社下社春宮納経朱印

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別所温泉(長野県上田市別所温泉) 平成19年5月18日

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別所温泉は信州最古の温泉とされ、古くは「ななくり(七苦離・七古里)」と呼ばれたという。『枕草紙』に「湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」とあるが、この「ななくり」は別所のことだという説もある。
温泉街の入口には古名にちなんで、七苦離地蔵堂が建つ。

20070603130217.jpg北向観音のすぐ近くに「大師湯」がある。慈覚大師(円仁)が入浴したことにちなんだ名前。
浴室はタイル張りの湯船でさほど広くはないが、掛け流しの上、少し熱いぐらいの湯なので、疲れが一気に飛ぶ感じがして気持ちがいい。風呂上がりは川縁のベンチに座り、一休みする。

20070603130224.jpg大師湯から少し歩いた場所に「石湯」がある。ここは真田幸村の隠し湯で、池波正太郎の『真田太平記』にも登場するとのこと。そのためか入口近くの飲泉所案内は池波筆だった。
番台から階段を下りると石で組んだ湯船がある。その石のすき間から湯が流れている。地下1階になるので屋根から数えると、3階建てのようだ。

20070603130236.jpg石湯の正面の食堂で昼食。店内は昔ながらの民家をそのまま食堂にしたようで、今に食卓が並べられている。ざるそばを注文すると、田舎っぽい不揃いな切り方のそば。こういうそばに出合うと、なんだかうれしくなるし、すっかり空腹なところに、こういう素朴な味はしみじみうまい。

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北向観音参道の土産物店。いかにも昔からの温泉地の風景だ。
 散策を終えて宿にもどり一休み。旅館の温泉は、後背の山の岩を一部利用した岩風呂。掛け流しなので浴室内は硫黄臭が漂う。シャワーも温泉を利用しているようだ。少しぬるめなのでゆっくりとつかる。体を洗っていたら、今朝まで赤く腫れて痛かったできものが膿んでいたので、少し押したらきれいに膿が出て痛みが取れた。さっそくに温泉効果が出たのだろうか。

20070603130250.jpg夜中雨が降ったらしく、朝外を眺めると周囲がぬれていた。もっともそのお陰で空気がさわやかだ。宿を出て次の目的地の諏訪へと向かうが、その途中に別所交通上田温泉駅に保存されているモハ5250型、通称「丸窓電車」を撮影。嗚呼、こういうところで鉄道マニアの悪い血が騒ぐ。


テーマ:温泉旅行 - ジャンル:旅行

別所神社(長野県上田市別所温泉) 平成19年5月18日

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常楽寺の参道石段を下りると、すぐ近くに別所神社の参道がある。当地の産土神のようだからお参りに行く。
扁額に「本朝縁結大神」と掲げられた鳥居をくぐり、そこから坂道をしばらく歩いた高台に別所神社は鎮座する。

社号:別所神社
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左側が社殿。神楽殿と思える建物は、まるで展望台かのような造りで、神輿などが納められていた。
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本殿は春日造で市重文。元は熊野社と呼ばれていたが、明治に現社号の改められたという。熊野権現を祀っているのだろうが、祭神は分からなかった。本殿裏に朽ちた祠が三つあった。後になって分かったが、これが縁結神だったようだ。

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本殿周囲には石祠が大量に安置される。祠には○○明神や権現、○○社など神号が、それぞれ二つずつ彫られていた。

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

常楽寺(長野県上田市別所温泉) 平成19年5月18日

 安楽寺から石畳の遊歩道を歩いて常楽寺へと向かう。二ヶ寺とも寺号に「楽」が付くが、古くは“三楽寺”といいもう一ヶ寺、長楽寺が北向観音の近くに建っていたという。

山号:金剛山
院号:常照院
寺号:常楽寺
宗派:天台宗
20070603122304.jpg本堂は重厚な茅葺き屋根。自由に参拝できるようだったので、堂内に上がって読経。
本尊は妙観察智(みょうかんざっち)阿弥陀如来。大日如来の五つの智慧を表す五智如来(大日・阿閃・宝生・阿弥陀・釈迦)の一尊。通常の如来形ではなく五智宝冠をかぶった姿で表されていた。
ここは北向観音の本坊になる。

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本堂裏の墓地の奥に国重文の石塔が立つ。ここは北向観音が出現した場所だという。
苔むした石塔が辺りの木立と相まって、独特の幽玄さを醸し出している。

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境内には茶屋があったので、そこで梅ジュースを飲む。さまざまな花が植えられ、その蜜を集めにハチが何匹か飛んでいた。別所を俯瞰する場所に建っているので、何ともいえないのどかな気持ちになる。茶屋で話を聞くと、常楽寺の前住職が今の天台座主(延暦寺山首)とのことだ。

門前には牡丹がたくさん植えられていた。ここは花のお寺のようだ。

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常楽寺納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

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Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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