裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2017-07

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中禅寺(栃木県日光市) 平成19年6月10日

 朝起きて、窓を開けると昨日以上にどしゃぶり。もしかしたら一夜開けたら雨がやんでいるかもと淡い期待をしていたが、しょせんは水の泡と消え、雫とともに流れていった。
 日光の神々に歓迎されなかったのか、それとも「もう一度、日を改めて来なさい」という意味なのか…。必殺「自分に都合良く解釈する」の技を使って後者だということにしよう。
 宿を出て中禅寺へ向かう。元は中宮祠の隣に建っていたが、明治の山津波で歌が浜に移転したという。これも神仏分離のために、神社の脇に再建できなかったためだろうか?

日光山中禅寺(輪王寺別院)・天台宗
20070613115654.jpg本尊は千手観音。勝道法師が感得した男体山権現の本地仏で、板東三十三所の18番札所。
立木観音の通称らしく、胴体部分は木そのものを生かしたような、素朴かつ力強い姿。木の持つ霊力を仏像で表現したかのように見え、修験の仏らしい。
 五来重先生は清水寺や那智山、竹生島などの例から、千手観音は水神信仰とかかわると推察していたが、中禅寺や男体山権現もその例になるのだろうか?

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本堂裏の高台には五大堂があり、五大明王が安置される。ここから晴れていれば中禅寺湖と男体山が一望できるのだろうが、この霧では湖の岸すら見えなかった。

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波之利(はしり)大黒天堂
中禅寺波上に現れた大黒天を勝道法師が感得したという。波之利は“波乗り”に通じるので運気向上の神として、また“走り”で足止めのご利益があるという。

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石造りの護摩壇。
かつて修験者が入峰の際、ここで護摩を修したという。

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鬼の石灯籠と、治病のご利益があるという巨大な木の瘤。

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中禅寺納経朱印


20070613115759.jpg華厳の滝にも足を運んだが、霧のため滝壺周辺しか見ることができなかった。
音だけを聞いて大きさを想像しよう。
もっとも雨のお陰で水量は通常よりも多かったが。


この後、駅に戻りレンタカーを返す。昼食に名物のゆば料理を食べたが、そのころになると雨はやんできた。なんだか旅を計画した時期が悪かったな。でも水不足だそうだから恵みの雨だし、しかたないようなぁと考える。
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駅のホームに咲いていたニッコウキスゲ。

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二荒山神社中宮祠(栃木県日光市) 平成19年6月9日

 いわゆる日光山内を廻り終え、時計を見るともう既に3時を過ぎていた。雨降りなのでかなり足早に廻ったつもりだったが、やっぱり日光を時間が過ぎるのを忘れてしまう。
 再び雨が強くなり、左側の靴だけがなぜか水がしみ込んできて歩きづらい。いそいで駐車場に戻り中禅寺湖を目指して車を進める。途中のいろは坂は濃霧で、まったく周囲は見えなかった。それでも中禅寺湖に近づけば霧も晴れ、雨も小降りになってきた。温泉街らしく土産物屋やホテルの並ぶ通りの交差点には、中宮祠の巨大な鳥居が立っていた。

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 鳥居から中禅寺湖を眺める。中宮祠は男体山麓と中禅寺湖畔という山と水の霊域。山は水を生み出し里を潤すので、その縁は切っても切り離せない。
もっともこの日は悪天候で、男体山の勇姿ははっきりと拝むことができなかったが…。

20070613115156.jpg祭神は二荒山大神(大巳貴命・田心姫命・味耜高彦根命)。
境内には七福神が各所に祀られていた。男体山の神が大巳貴命(大国主神)なので、本社と中宮祠でも「大国さま」として別殿が設けられていたが、それで七福神も祀られるのだろう。

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男体山への入口。
ここから山頂の奥社へ向かうことになる。



 参拝後は中禅寺温泉で一泊。湯元はさらに奥の、湯元温泉から引かれたものだが、その12kmの過程で温度が下がり、丁度良い湯加減になるという。宿は源泉掛け流し。脱衣所に入る前から硫黄臭が漂ってくるのでかなり楽しみなお湯だ。
 浴室内に入ると匂いはいっそうきつくなり、お湯は白濁している。けっこう熱めの湯なのであまり長湯はできないが、お陰で疲れが一気にぬけるようだ。何度も繰り返して入っている内に、体から自然と硫黄臭が漂ってくるようになった。

20070617215300.jpg社号:二荒山神社中宮祠
下野一宮
中宮祠納経朱印

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輪王寺・大猷院(栃木県日光市) 平成19年6月9日

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二天門
東照宮は大勢の観光客でごった返していたが、家光の霊廟大猷院はそれに比べると人が少ない。もっとも、そのお陰で落ちついて拝観ができた。

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二天門から石段を上って夜叉門へ。
周囲は杉に囲まれて静か。東照宮の喧噪がうそのようだ。

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夜叉門
四体の夜叉が鎮座している。夜叉は毘沙門天の眷属だが、このように門に安置されるのは、あまり見たことがない。天台宗では皇室の安穏を祈る法会に、毘沙門天を本尊とした鎮将夜叉神法があるが、それと関係あるのだろうか。

20070613113717.jpg拝殿
大猷院の名は家光の法名「大猷院殿」に由来する。家康に遠慮して東照宮より豪華にならないように造られたというが、それでも十分すぎるほど豪華な造り。比較する対象が違いすぎるというものだ。

20070613113727.jpg唐門と本殿
東照宮と異なり仏式に祀られるが、本殿・拝殿に分かれた霊廟形式にになっている。

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皇嘉門
この奥が家光の墓所になっているが、一般は立ち入り禁止。

20070617191244.jpg大猷院入口近くには常行堂と法華堂が並んで建つ。常行堂は阿弥陀如来の周囲を歩きながら、不断に念仏を唱えるお堂。本尊は宝冠阿弥陀如来で、大日如来の五智の一つ妙観察智を表す。また堂内には、常行念仏の守護神である摩多羅神が祀られる。

20070617215534.jpg山号:日光山
寺号:輪王寺
院号:大猷院
宗派:天台宗


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日光二荒山神社(栃木県日光市) 平成19年6月9日

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日光のシンボルの一つといえる神橋。勝道法師が大谷川を渡ろうとすると深沙大王が現れ、その腕に巻き付いた二匹の蛇が橋になったという。橋の近くには深沙大王堂(神蛇宮)が建っている。
 深沙大王は流砂に住む夜叉で、『大唐西域記』では玄奘三蔵の守護したという。『西遊記』では沙悟浄のモデルだが、流砂が後世に川と誤解されたことで、水の守護神ともなった。神橋の伝説も玄奘の説話を下敷きとしているのだろうし、また蛇の登場から見ても日光が古代水神信仰の山だったとうかがえる。

20070613114756.jpg20070613114805.jpg
 東照宮から二荒山神社へ、両脇に杉木立が並ぶ参道を進む。しばらく歩くと楼門が見える。扁額には修験の山らしく「日光大権現」の文字がある。

20070613114815.jpg
境内域全体。
東照宮に比べて参拝者の数が少ないように見える。本当の日光の神はここに鎮座しているのに…


20070613114827.jpg社殿
祭神は二荒山大神(大己貴命・田心姫命・味耜高彦根命)。本地仏は千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音。それぞれ三柱の神は男体山・女峰山・太郎山で総称して、二荒山三所大権現となる。
下野国一宮。

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本殿と、火をつけると化けたという伝説のある化灯籠。

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弘法大師お手植えという高野槙。樹齢は千年を越えるという。

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 神苑内には神輿舎やその他、摂社末社などが並び、奥には湧き水がある。日光は寺社の手水舎も湧き水だが、駅前や町中にも水が湧いていて自由に飲むことができる。水が豊富な土地だ。

20070617215058.jpg社号:日光二荒山神社・本社
下野一宮

二荒山神社納経朱印




20070613114916.jpg
おまけ
境内の片隅になぜかケロちゃんが。ただ置いてあるのではなく、賽銭箱に鈴、そして背後には幣束まであり、小さいながらも立派な祠。神社公認なのだろうか?



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東照宮(栃木県日光市) 平成19年6月9日

 輪王寺の参拝を終えて東照宮へと向かう。さすがに観光客が多く、また修学旅行の小学生団体も目に付く。
 雨はまた強く振り出してきた。晴れていれば絢爛豪華な装飾も輝くのだろうが、こんなに降っていたらややくすんで見える。まあ、見た目が落ちついたと思えばいいのだろうが。

20070613114235.jpg
仁王門
神社で仁王門とは…と今では不思議な取り合わせだが、東照宮自体が天台教学に基づいて建立されているので不思議ではない。それよりも、神仏分離の際に取り壊されなかった方が奇跡だろう。

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仁王門をくぐった境内風景。
こうしてみると傘がけっこう目に付く。

20070613114331.jpg
三猿
すっかりここだけが有名になったが、これ以外にも猿の装飾がほどこされ、それぞれが人生訓になっているという。

20070613114248.jpg
二の鳥居
扁額には「東照大権現」とある。しかし、社務所で配布していた掛け軸には「東照大神」とあった。仏教由来の権現号を使いたくないのだろうか。

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陽明門
東照宮のシンボルといえばここでしょう。

20070613114308.jpg「こんなに華美な装飾して、家康という人物は自己顕示欲が強かったのかな」と誤解されそうなほどの装飾。
本人は日光に小社を建てて祀ってほしいと遺言したが、ここまで豪華にしたのは孫の家光。家康に対する尊敬の念からだとはいうが、ここまでする情熱はどこから来たのだろう。

20070613114347.jpg唐門と社殿
拝殿に昇殿して参拝することができる。内部の装飾も凄いに尽きる。
祭神は徳川家康(東照大権現)で、豊臣秀吉・源頼朝を配祀する。もともとは天台宗にゆかりの深い山王権現と摩多羅神が配祀されていたのだが、明治に秀吉・頼朝に変えられた。家康は源氏を名乗っていたので頼朝は頷けるとしても、秀吉も祀ったのは、明治政府に対する遠慮からだろうか?

20070613114405.jpg

眠り猫は奥宮へ至る門の欄間にある。ここへはまた別途拝観料が必要となる。
眠り猫はイメージよりもかなり小さい。この裏には雀の彫刻が施され、この一対で平和な世の中を象徴していると説明されていた。

20070613114412.jpg
奥社への石段の一つ一つは一枚岩で、手すりも石を接ぐのではなく、巨大な岩をくりぬいて造っているという。
奥社の家康廟は青銅製の仏塔。香炉、燭台、華瓶と三具足も置かれていた。

20070613114422.jpg陽明門脇には薬師堂(本地堂)が建つ。東照大権現の本地仏の薬師如来を祀る。家康は鳳来寺山の薬師如来を信仰していたことと、また“東照”の神号から東方仏である薬師が本地とされたのだろう。
東照宮境内だが、ここは輪王寺の飛び地堂という扱いのようだ。堂内では有名な鳴龍の説明がされ、拍子木を打つと鈴のような共鳴音がした。

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鼓楼とオランダ王室から奉納されたシャンデリア。

20070613114440.jpg五重塔
境内には神仏分離をかいくぐった建築物が残っている。これも装飾が助けてくれたとみてもいいのだろうか。

20070617214755.jpg社号:東照宮
東照宮納経朱印
20070617214802.jpg寺号:輪王寺薬師堂(本地堂)
宗派:天台宗
薬師堂納経朱印

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輪王寺(栃木県日光市) 平成19年6月9日

 「日光を見ずにして、結構と言うなかれ」と言うけれど、学生時代は過度の装飾と権力誇示な雰囲気がして、いまいち足を向けようという気にならなかった。しかし時が経つにつれて、そんな考えはしょせんは誰かの受け売りをすり込んでいただけだったなとと思うようになった。
 そんな時に桃山・江戸初期は日本におけるバロック時代。そんな豪華でカラフルな時代があったからこそ、「侘び」が生まれたとの教えを受けて、日光に対するイメージを改めるようになった。

 とはいえ、なかなか関東まで行く機会もなかったが、「ええ~い、先々週長野に行ったんだから、今週は日光に行ってやれ~」と、思い立ったがハッピー・デーとばかりに出発。しかし、思い立った時期が悪かった…

 夜行バスに乗って早朝、東京に到着。東武浅草から快速電車に乗って2時間ほどで日光には着くのだが、近づくにつれて雲は厚くなり、到着時にはかなりの雨。もとより悪天候は覚悟していたが、「もしかしたら小雨ですむかも」と根拠不明な期待をしていた。
 駅前で車を借りて本日メインの二社一寺へと向かう。(なお、二社一寺については参拝順路は掲載順と同一ではありません)

20070613113557.jpg神橋から坂道を上り、本堂(三仏堂)へ着いたころは少し雨も弱くなってきた。
本尊は二荒山三所大権現の本地仏、千手観音(男体山)・阿弥陀如来(女峰山)・馬頭観音(太郎山)の三尊。内陣は天台宗独特の外陣よりも一段低い構造になっている。
古くから修験の山だった輪王寺だが、江戸期には天海(諡:慈眼大師)によって東照宮との結びつき、そして門跡寺院として東国天台の頂点に立つ。

20070613113607.jpg本堂裏の護摩堂。五大明王や十二天、七福神などが祀られる。
日光は古名は二荒山(ふたらやま)。それを音読みして「にこうさん」、そして日光山となったという。“ふたら”の語源は観音浄土の補陀落に由来するという説が、一番広く知られている。日光=東照宮と思われがちだが、本来は修験道の霊山なのだ。

20070613113743.jpg日光開祖の勝道法師像。二荒山登頂を決意し山麓で修行。14年目にしてついに男体山山頂に到達したという。弘法大師も「沙門勝道山水を歴て玄珠を瑩く」と碑文をしたためている。
今でこそ観光地として気軽に赴くが、往時の二荒山は字のごとく”荒ぶる神の宿る”山だったのだろう。

20070617214626.jpg山号:日光山
寺号:輪王寺
宗派:天台宗(大本山)

輪王寺納経朱印

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Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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