裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2017-07

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気多神社(富山県高岡市) 平成19年9月17日

気多神社(越中一宮)・式内名神大社
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 高岡は万葉集ゆかりの地とあって、二上から伏木へと向かう道中にはそれにかかわる施設などが点在しているようだ。
 気多神社は国分寺跡のすぐ近く、山の麓に鎮座している。祭神は大己貴命・奴奈加波比賣命。能登の気多大社から勧請されたという。静かな森に包まれた神社で結構なたたずまい。本殿には弘法大師筆と伝わる「一宮」の扁額が掛かっているとあった。越中は高瀬、射水、雄山、そして当社と一宮を9称する神社が4カ所あるが、これで無事越中一宮はすべて参拝することができた。

画像 056大伴神社
越中国司であり、『万葉集』の編者であった大伴家持を祀る。

画像 061境内の一角にある総社跡伝承地。

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気多神社納経朱印
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二上射水神社(富山県高岡市) 平成19年9月17日

二上射水神社(越中総社)・式内小社
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 市街地からはずれ、小矢部川を渡ると当たりは田畑の多い風景となった。そんな二上山の麓に二上射水神社は鎮座する。明治時代に射水神社が高岡城跡へ遷座されたが、それに反対した氏子が旧社地に分社を建立したのが、この神社の始まり。
 正直な感想だが、現在の射水神社は明治新造の大社にありがちな人工的すぎて、いまひとつ神さびた雰囲気を味わえなかったが、ここにきて本来の神が宿っていた場所であることが実感できる。
 祭神は二上神。二上三社大権現(二上・日吉・院内)本地仏は釈迦如来・薬師如来・観世音菩薩。社殿は仏殿を流用したもので、細部の飾りに神仏習合時代の名残を感じることができる。境内の一角には天の真井があったが、別段井戸があるわけではない。後で知ったことだが本殿裏手にわき水があったようだ。まさに射水(いみず)だ。

画像 063神社と隣接して金光院(真言宗智山派)が建つ。旧別当であった養老寺の現存する塔頭だが、伝承では行基菩薩が二上神を祀ったことが始まりという。
当地には築山神事大蛇・大蜘蛛退治の伝承など興味深いものが多い。

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射水神社(富山県高岡市) 平成19年9月17日

射水神社(越中一宮)・式内名神大社
画像 060大仏からすぐ近く、高岡古城公園内に射水神社は鎮座する。
祭神は二上神(瓊瓊杵尊)で本地は釈迦如来。もともとは二上大権現と称して、ここから4㎞ほど離れた二上山に鎮座していたが、神仏分離の際に当地に遷座したという。
境内・社殿などは明治建立の神社に多い、シンメトリーな構造の神明造。

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射水神社納経朱印

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高岡大仏(富山県高岡市) 平成19年9月17日

鳳徳山大仏寺・浄土宗
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 高岡古城公園の駐車場に車を止め、公園内を横切り高岡大仏へと向かう。それにしても暑い。先ほどまでは晴れ渡っていたのに、パラパラと通り雨が降ったお蔭で、余計にムシムシとする。
 さて、高岡は銅器の町。その高岡銅器の粋を凝らしたのが高岡大仏。奈良・鎌倉と並んで日本三大大仏と称している。商店や民家の建ち並ぶ一角に大仏(阿弥陀如来)は鎮座ましますが、行ってみると改修工事中で、尊像全体がシートで覆われていた。
 「せっかくお越し頂いたのに、残念でしたね」と尼僧さん2人から言われたが、まあ“越中にまた来なさい”ということだろうと考えて、工事シートからわずかに顔をのぞかせる大仏さんに念誦読経する。

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高岡大仏納経朱印

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瑞龍寺(富山県高岡市) 平成19年9月17日

高岡山瑞龍寺・曹洞宗
画像 057 気持ちいいぐらいに晴れ渡る…を通り越して凄まじく暑い。フェーン現象だろうが熱風が吹き8月の盛りのような気温だ。拝観口の人に「毎年、この季節の富山ってこんなのですか?」と聞いたら、違うとのこと。雨にはたたられないが、気温にたたられた。
 瑞龍寺は加賀前田家の菩提寺。国宝の山門から一直線に仏殿、法堂とシンメトリーに並んでいる。


画像 055仏殿:国宝
本尊は釈迦如来。脇士は文殊菩薩・普賢菩薩。案内の僧侶が磬子を鳴らすと、さながら梵鐘のような余韻を漂わせ、厳粛な気持ちになる。
話を伺うと前田家は菩提寺は禅宗、祈願は真言宗、前田家の女性は浄土真宗の寺院へ裏方として嫁がせるなど、特定の宗派に片寄ることなく、勢力が分散するように務めたこと。また金沢でなく、あえて当時田舎町だった高岡に菩提寺を建立するなど、百万石を維持する工夫を説明された。


画像 053法堂:国宝
瑞龍寺は玉砂利ではなく芝が庭に敷き詰められているが、この日は空の青さ、境内の端正さ、そして芝の緑と、そのコントラストが美しい。


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瑞龍寺納経朱印

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宇奈月温泉(富山県黒部市) 平成19年9月16日

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宇奈月駅に戻ったころには、夕刻も近くなっていた。
宇奈月温泉駅前には温泉の噴水がある。まずは外湯で散策の疲れをいやす。無色透明だがかなり熱い湯なので、疲れも吹き飛ぶようだ。外湯はまったく田舎の銭湯という雰囲気で、そのほうが温泉に来たという感じが出る。

画像 052 画像 054
温泉街も物静か…というよりなんだか閑散としたようす。あれだけ黒部にいた観光客はどこに行ったのかな?
 右は桃原山薬師寺(曹洞宗)の門前にあるお湯掛け薬師。

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黒部峡谷(富山県黒部市) 平成19年9月16日

画像 040北陸道を走って宇奈月の町に着いたのは10時半ごろ。本日の宿に車と荷物を預けて、黒部峡谷鉄道宇奈月駅へと向かう。途中、昼飯用に魚屋で白海老の押し寿司を買っておいた。駅に着くとかなりの人で混雑。一番速い時間帯の列車に乗れるか心配だったが、なんとか席を確保する。
駅構内で機関車を撮影。線路幅は通常より狭いナローゲージ。


画像 041新山彦橋から黒部川を眺める。
橋を渡る音がやまびこのようだからこの名が付いたという。


画像 050黒部川の水はまるで翡翠のような緑色だ。
山の天気は変わりやすく、さっき晴れていたかと思えば急に雨になる。


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川には水力発電所が何基も建つが、こんな山奥にこれだけのものをよく建てたものだと感心する。

画像 043出発してから1時間半ほどで終点の欅平駅に到着。
多くの人は駅周辺を散策していたが、さらに祖母谷川にそった山道を歩いて名剣温泉へと向かう。途中、峡谷を見ながら押し寿司を食べる。小指にも満たない小さな海老が飯に敷き詰められた寿司。山で食べる飯はどうしてこんなに美味しいのだろう。

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画像 045名剣温泉は谷にへばりつくように宿が建っている。立ち寄り入浴は2時までとあったが、時間には余裕がある。谷川を眺めるように露天風呂に入る。かすかな硫黄臭がして、しかも絶好の光景。時折吹く谷風が涼しくていつまでも入っていたい気分にさせられるが、帰りの列車の時刻もあるのでそうもしていられないのが残念だ。


画像 048帰りは途中、鐘釣駅で下車した。駅から河原へとつながる道を進み、そこへ降りるとたくさんの人。河原の砂を掘ると温泉が湧くので、足湯を楽しんでいるようだ。
そんな中、あまり人目に触れない岩屋があるので服を脱いで入浴。すると「ここ人が入っているわ」と数名入ってきた。何事もきっかけなんだろうな。砂の底から熱い湯が沸いているのが実感できる野趣あふれる温泉。でも普通の人は入るの勇気がいるだろうな。周りにはカップルも結構いるし…

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日石寺(富山県上市町) 平成19年9月16日

大岩山日石寺・真言密宗(大本山)
画像 035一夜明けて、早朝立山を右に眺めるように車を走らせ、大岩山へと向かう。山道を登り進むと日石寺へ到着。本堂はコンクリート製だが、薄暗い堂内に入ると圧巻される。
 本尊は不動尊。行基菩薩が彫ったという3.46mの磨崖仏で、本堂は崖と密着して建てられている。歴史的には藤原期の作だが、国内有数の石仏という。
 本堂前ではペットの子犬がのんきに寝そべっていた。


画像 036 画像 037
修行場の六本滝と眼病にご利益のある藤水。朝早いがこの水を汲みに来る人が、何人も来ていた。

画像 038 画像 039
高台にある三重塔。江戸期のものだが資金不足のため外壁がなく、柱組のみで作られている珍しい構造。そのお蔭で滅多と見ることのない、塔内部がよく分かる。

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日石寺納経朱印

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雄山神社(富山県立山町) 平成19年9月15日

雄山神社中宮祈願殿(越中一宮)・式内小社
画像 024 画像 020
 南砺市から再び北陸道を走り立山町へ。ICを降りてから1時間ほど立山を目指すように進んでいくと、「立山大権現」と書かれた看板が立っていた。もっと山深い場所をイメージしていたが、ごく普通の山里の神社という雰囲気だった。しかし鳥居をくぐるとさすがに修験の道場らしく、木々に囲まれ霊気がみなぎるようだ。
 祈願殿は芦峅寺講堂を神仏分離後に社殿に利用したもの。そのため神社というより仏堂という雰囲気だ。昇殿して念誦読経する。祭神は伊弉那岐命(立山和光大権現)、天手力雄命(刀尾天神)。本地仏は阿弥陀如来・不動尊。 内部には護摩札や立山曼荼羅などが奉納され、現在も修験の伝統を伝えているようだ。

画像 021若宮
刀尾天神を祀る。苔むした岩の上に社が設けられている。
祈願殿のさらに奥に大宮もあるのだが、この日は境内で映画の撮影をしていたため、その方へは立ち入りが難しかったので遙拝とした。そんな中、撮影を見に来ていた小さな女の子2人が、社殿に向かい何度も頭を下げていた光景がありほほえましかった。


画像 022 画像 023
立山開山御廟。慈興法師が当地で入定したという。伝承では佐伯有頼が白鷹に誘われて立山に向かうと熊が現れた。その熊を射ると逃げていくので追いかけると、阿弥陀如来と不動尊に出会った。その熊は阿弥陀の化身であり、有頼は出家し立山を開いたとされる。
 山岳信仰の開山伝承には猟師が出家するという話が多いが、猟師はいにしえの山の神を祀っていた民。僧侶は山を仏教化した行者を意味する。そして山を開いた者は、その山の神と等しく神格化されるので、仏教以前の山の民を神格化したのだろう。
 御廟には亀(?)を踏む熊に乗る童子(地蔵か?)という、なんだか不思議な石像が置かれていたが、どんな由来があったのだろう。

画像 031神社のすぐ近くにはかつての宿坊・教算坊がある。現在は庭園が整備され、建物内には立山曼荼羅や立山修験にかかわる信仰資料などが展示されている。


画像 025納経朱印を戴くため宮司宅へ向かう。門には大仙坊と表札があり、ここも宿坊だったようだ。玄関には金峯山寺の護符なども貼られていたが、修験の伝統を今に伝えるように努力されているのだろうか。境内域が神社ではあるが、それでも修験的雰囲気が感じられるのも、宮司さんのそのような意識からかもしれない。


芦峅寺閻魔堂
画像 026 画像 027
立山には布橋潅頂会という女人禁制の立山で、女性のための儀式があった。この閻魔堂から布が引かれ、それに従い布橋をわたって姥堂へと至るという儀式で、擬似的に死を体験しそれが滅罪へとなる。
 起点の閻魔堂ないには本尊の閻魔大王や御姥尊などが祀られる。そして布橋へと至る石段の両脇には地蔵や観音などの石仏が立ち並ぶ。

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布橋。この橋から向こうには立山を眺め死の世界となる。橋の長さ25間は二十五菩薩、高さ13間は十三仏、桁48本は阿弥陀の四十八願、擬宝珠6個は六道、敷板108枚は百八煩悩を表すという。「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えつつ渡りきるとそこは墓地。死者の世界に来たのだろう。

雄山神社前立社殿(越中一宮)・式内小社
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 すぐ横に常願寺川が流れる岩峅寺の集落に前立社殿は建つ。山里という芦峅寺に比べ、こちらは山の麓の農村という風情。そのためか社殿や境内も芦峅寺のような修験的色彩はなく、ごく普通の神社という感じだ。岩峅寺の「いわくら」は神の宿る磐坐(いわくら)の意味とあった。
 祭神は伊弉諾尊・天手力男尊。境内には両神の本地仏である阿弥陀と不動の梵字を記したという湯立釜があったが、あいにく梵字は判読できなかった。

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 布橋を渡りきった姥堂跡から立山を眺める。本当は山頂の本社にも参拝すべきだろうが、ここで遙拝する。右は立山牛王。熊と鷹で「立山之宝」と書かれる。

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雄山神社(中宮祈願殿・前立社殿)、芦峅寺閻魔堂納経朱印

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城端別院善徳寺(富山県南砺市) 平成19年9月15日

廓龍山善徳寺(城端別院)・真宗大谷派
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 まったく知識がなくてこの日を選んだものだから、城端別院に行く道、行く道ことごとく通行止めとなっていた。遠回りをして町の中に入るとこの日は「むぎや祭」の初日だった。
 山門前は露天が並び、午後から始まるむぎや踊りを見物するための町の人や、観光客が往来している。

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本堂前は踊りの特設ステージとなっていて、外観はさっぱり分からない。
堂内に入って念誦読経。本尊は阿弥陀如来。
堂内では祭りの準備に疲れたらしく、居眠りするなどくつろぐ人を多数見かけた。


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土蔵造りの経蔵と、蓮如上人像の足下にあった石造りのライオン。
目にはガラス玉がはめられていたが、唐獅子ということだろうか。

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踊りを見物しても良かったのだが、次の予定があるので先を急ぐ。門前の通りには、すすきをいけた筒が並び、祭りを飾っていた


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城端別院納経朱印

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高瀬神社(富山県南砺市) 平成19年9月15日

高瀬神社(越中一宮)・式内小社
画像 011井波別院から田んぼの広がる道をしばらく走ると、鎮守の森に包まれた一角が見える。
越中一宮の高瀬神社の社頭だ。
白い玉砂利、森の緑、空の青さのコントラストが美しい。


画像 013社殿
祭神は大己貴命・天活玉命・五十猛命。
岩田書院の『中世諸国一宮制の基礎的研究』には高瀬大明神は、高麗(かうらい)権現とも称されていたとある。日本海側は大陸との玄関口でもあったから、海の彼方から「依り来る神」なのかもしれない。


画像 012功霊殿
砺波地方の戦没者や功労者を祀る。


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高瀬神社納経朱印

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井波別院瑞泉寺(富山県南砺市) 平成19年9月15日

 前日の夜から北陸道を走り、パーキングで仮眠。天気予報を聞くと翌日は雨の心配がされるとあり、「また雨にたたられる旅になるのかな」とやや不安になる。
 そんな不安も朝になれば吹き飛ぶ…とまではいかなくてもまずまずの空模様。再び車を走らせて南砺の穀倉地帯を抜けて、井波へと向かう。

杉谷山瑞泉寺(井波別院)・真宗大谷派
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 「北陸門徒」といわれるように、この地方は浄土真宗の盛んな土地柄。門前町の突き当たりに、その信仰の篤さを物語るかのような巨大な山門が建つ。

画像 002本堂
本尊は阿弥陀如来。



画像 003太子堂
後小松天皇より下賜された聖徳太子二才像(南無仏太子)を祀る。
7月には太子絵伝の軸が堂内に賭けられ、絵解きが行われるという。


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井波は彫刻の町。案内をされた女性の話によると、この寺はたびたび焼亡し、現在の本堂、太子堂は共に明治の再建という。
その折りに、町の威信を賭けた彫刻が施されているという。


画像 009門前には彫刻職人の店が軒を並べ、朝早くから「コンコン」とのみを打つ音が聞こえる。

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井波別院納経朱印

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山カズ大王

Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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