裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2017-04

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樹敬寺 (三重県松阪市) 平成19年7月22日

法幢山樹敬寺・浄土宗20070725125721.jpg20070725125745.jpg
 本居家の菩提寺という。境内には塔頭跡を示す立て札が8本も並び、往時の繁栄をしのばせる。
 本堂裏から道を隔てると墓地があり、そこに本居宣長の墓が建つ。法名は「高岳院石上道啓居士」。宣長は本居家の墓へは仏式で、それと別に山室山に自身の奥津城を築いている。宣長は仏教に対して批判的な説を唱えているが、その半面に家の仏事は欠かしてはいなかったようだ。
 父親は夢の中で仏に出合った喜びを絵に描かせ、母などの善光寺で得度するなど熱心な浄土信者だったという。そのような家庭環境が宣長には、後世の国学者にある極端なまでの仏教排斥がないのだろうか。

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 墓地入口の六地蔵堂。法名が記された紙が地蔵尊に張られていた。おそらく死者の鎮魂儀礼だろうが、これと似たような光景は伯耆・出雲地方でも見かけた。
 ただし、これが新仏だけなのか、それとも毎年行っているのか、それは確認できなかった。
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松坂城・本居宣長旧宅(三重県松阪市) 平成19年7月22日

20070725124201.jpg20070725124222.jpg松阪城跡の公園に、市内から移築された本居宣長旧宅「鈴屋」がある。
1階は上がることは可能だが、講義場であった2階鈴屋は直接見ることはできない。宅内にはあの書架を兼ねた箱梯子も保存されていた。これを外すとだれにも邪魔されず研究に専念できるという仕組みのだ。
 宅内は「撮影禁止」とは特に見あたらなかったが、とりあえず控えておいた。
 鈴屋を見学する前に「本居宣長記念館」を訪ねる。館内では企画展「『古事記伝』の世界」が行われており、『古事記伝』やそれにかかわる資料が展示される。
 しかし宣長登場まで国史としては『日本書紀』の方がはるかに価値があり、それまでかえりみられなかった『古事記』を、その立場を逆転させたのだから、ある意味凄いと思う。

 もっとも個人的には「ある書に曰く」と、別説をたくさん載せる『日本書紀』の方が、話が一本にまとまりすぎている『古事記』より重宝するけど(それに『古事記』が本当に序文通り和銅5年という、『日本書紀』成立しているのかも疑わしいし)。

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城下にある槙垣に囲まれた御城番屋敷。長屋造りで、各家には小さいながらも式台玄関が設けられている。
ここは「屋敷跡」ではなく、現在も普通に人が生活している。


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住宅地の一角の稲荷社で見つけた仔猫。
祠の床にすきまがあり、そこをねぐらとしているようだ。

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本居宣長ノ宮・松阪神社(三重県松阪市) 平成19年7月22日

 予定でなかった松坂突撃巡礼隊のため、どこに行くべきか見当が付かない。ともあれ、松坂なら本居宣長だろうと所縁の地を訪ねることにした。

本居宣長ノ宮20070725124823.jpg20070725124834.jpg
 本居宣長ノ宮は松坂城の近くに鎮座する。祭神は本居宣長、相殿に平田篤胤。元は明治期に宣長顕彰のため、奥津城近くに建立された山室山神社(後の本居神社)が移築されたもの。本居神社から元社号となったのは平成7年とあった。
 境内は宣長所縁の駅鈴が記念碑がある。
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本居宣長ノ宮納経朱印

松阪神社・式内小社(意悲神社)20070725124841.jpg本居宣長ノ宮と境内は続いて、松阪神社が鎮座する。こちらは古くからの神社で松阪の産土神。
祭神は誉田別命、宇迦御魂神のほか市内十七神社(三十三柱)が合祀。
境内は祭りの準備をしているようだ。

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 境内には楠の巨木と、少彦名命を祀る社がある。

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榊原温泉(三重県津市榊原町) 平成19年7月22日

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  以前、『枕草紙』にある「ななくりの湯」は、別所温泉という説を紹介したが、ここ榊原温泉だという説もある。「ななくり」も別所では「七苦離・七久里」だったが、榊原では「七栗」としているようだ。
 源泉風呂が最高だという「湯元・榊原舘」へ行く。湯ノ瀬川の畔に建つ巨大ホテルだが、フロントとは別に一般入浴専用の入り口も設けてある。
 「今日はここで1日のんびりしよう」と思って入ると、2時間までと制限が設けられていた。いきなり予想外のことで、「あらら…」と思ったが、とにかく入浴。
 大浴場の隅に小さな源泉かけ流し風呂があり、やはり人気のようで午前中ながらも、けっこうな人が入っていた。湯というよりも、ほとんど水に近い温度なので、じっくりと長い時間入浴できる。かすかな硫黄臭のある炭酸泉で、入ってしばらくすると体毛に泡がたくさん付く。給湯口から出る源泉をすくって口に含むと、ソーダ水のようなさわやかな味がする。
 大浴場は加熱されていて、そこで体を温める案配になるのだが、冷たい源泉にもかかわらず、上がると体がほかほかしてくる。結局、2時間近く源泉風呂に入っていた。

 さて、温泉からでるとお昼時。「さて、これからどうしたものか」と考えたら、「そうだ、松坂に行こう。行ってお肉を食べよう」と榊原を後にすることにした。40分ほど走って松阪市内に到着。兄から聞いていた「一升瓶本店」へと向かう。支店に比べて小さな店だが、それが余計に食欲をそそる。
 「まずは生!!」と言いたいとこだが、それはグッとがまんの子。松坂牛の上肉とカルビ、そしてホルモン、ご飯、ウーロン茶を注文。肉は見事なまでの霜降りで口に含むやいなやあまい脂が広がり、噛むと同時にホロホロと溶けるような軟らかさ。おいしいお肉を食べると幸せな気分になるなぁ。
 もともと予定外でもあり、また昼食なのでそんなにガツガツ食べる気はなかったから、いい肉を少しだけ注文したが、それでもサシが多いので十分にお腹いっぱいになれる。5000円ほどだったから、割安といえば割安かもしれない。 

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射山神社(三重県津市榊原町) 平成19年7月22日

意悲神社・式内小社(射山神社)20070725114204.jpg
射山神社はうっそうとした杜につつまれた、静かな社頭。
祭神は大己貴命・少彦名命で、温泉大明神と称される。榊原は伊勢参宮の際に、湯垢離をする場所といわれる。
社殿の背後には湯ノ瀬川が流れ、「芭蕉の小径」という散策コースになっていた。

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鳥居のすぐそばには芭蕉翁反故塚がある。芭蕉がたびたび湯治に訪れたことに由来して作られたという。

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手水舎には長命水「榊の井」が湧いている。
榊原の地名は、伊勢へ榊を奉納していたことに由来するが、この水に一晩漬けてから納めたという。
社号:射山神社

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林性寺(三重県津市榊原町) 平成19年7月22日

 先週、法事の席で兄から「榊原温泉が凄く良かった」と聞いた。そこで早速に突撃巡礼隊で、榊原に向かうことにした。今回はあちこち足を伸ばさず、一日中温泉でのんびりと過ごすつもりで計画を立てたのだが…


大龍山林性寺・天台真盛宗
20070725112833.jpg榊原の温泉街に着いてみると、大型ホテルこそ建っているものの、これといって何もない静かな温泉地だった。そんなのどかな田園風景が広がる中に、戦国時代に榊原氏菩提寺だった林性寺がある。
境内は本堂と稲荷大師堂が建っている。珍しく猫が描かれた、室町時代の涅槃図で知られているようだが、極めて普通の田舎のお寺だ。本堂には鍵が掛かっていたので本尊は確認できなかった。

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 稲荷大師堂には稲荷大明神と左には弘法大師座像、右には鯖大師像が祀られている。鯖大師は鯖を持つ弘法大師で、徳島の伝説にちなむ姿。埋もれていた石像だったが、この地方では初めて発見された鯖大師像ということで、ここに安置されたという。

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林性寺から少し離れた駐車場の近くに、赤く塗られたお堂が建っていた。
誓願寺観音堂とあり、元は旧湯元に建てられていたのが移築されたという。

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堂内には十一面観音を本尊に、西国三十三所観音や阿弥陀如来、閻魔大王が祀られている。


20070725112928.jpgおまけ
林性寺本堂にちょこんと座っていた
アマガエル。

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鬼ヶ城(三重県熊野市) 平成19年4月22日

20070427153347.jpg花窟神社からしばらく北上すると獅子窟が見える。
まるで人が作ったかのように、グワッと口を開いた様子は、なるほど「獅子」だと納得できる。

20070427153403.jpg鬼ヶ城は海賊の根城だったという。荒波に削られた奇岩に沿った細い道を歩いていると、さながらRPGに登場するダンジョンを進んでいるかのような気分になる。
この日は中国人観光客が多数みえていた。

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大半の観光客は千畳敷までで引き返すが、さらに進むとなかなか迫力ある景色が続く。

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蜂の巣。少し気持ち悪い眺めだ。

20070427153439.jpg20070427153452.jpg遊歩道は片道約1km。鬼ヶ城センターから反対側まで来る人はほとんどいなかったが、探検気分を味わうことができた。
今回の旅は、予報で雨が降るといわれながらも、日中は雨に当たることなく過ごせた。

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花窟神社(三重県熊野市) 平成19年4月22日

 新宮市から国道42号線を北上し、熊野市方面へ。熊野灘を右に眺めながら、快調に車を走らせる。窓を開けると潮の香りが吹き込んでくる。地元にいたときは潮風なんて意識したことはなかったが、海から離れて暮らしたら、こういう香りに敏感になる。

20070427152926.jpg地図で調べるまで、花窟神社は山中の神社だと思っていたが、海沿いの、しかも国道近くに鎮座すると分かって意外に思った。
巨岩の露出した小山の麓に鎮座する。『日本書紀』にある、伊弉冉尊が葬られた有馬村(ありまのむら)とされ、同書には「花を以(も)て祭る」とある。
社号:花窟(はなのいわや)神社

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木々に包まれた静かな境内。左側は稲荷神社、竜神社へ続く鳥居。

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祭神は伊弉冉尊、軻遇突智尊。社殿はなく磐坐を直接拝するという、原始的な神域。神社というよりも陵墓という雰囲気かもしれない。

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山の頂に掛かる幡形の綱。2月2日の神事では扇や花も吊すという。

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神社のすぐ近くには、七里ヶ浜が続く。海の近くに葬るというのも、海洋信仰の影響かもしれない。死者の、魂は黒潮に乗って海の彼方の国「常世」へと行き、そして黒潮によって常世から幸い(海の幸)が訪れる。

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花窟神社納経朱印

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寺町(三重県伊賀市上野寺町) 平成18年9月17日

 寺町には7つの寺院が軒を並べている。それぞれのお寺に足を運び礼拝。

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寺町の通り
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上行寺(日蓮宗)
上野藩主、藤堂家の菩提寺

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妙典寺(本門仏立宗)

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妙昌寺(日蓮宗)
鬼子母神堂がある

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善福寺(真言宗)

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萬福寺(真言宗)

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念仏寺(浄土宗)

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大超寺(浄土宗)

 ぶらぶら歩いているうちに雨も降り出したのと、かなりお腹が減ってきたので、昼飯にすることにした。
 寺町から東にさらに歩くと、「すき焼きの金谷」という伊賀肉屋がある。当初は少し奮発して、ここで食べることを予定していたのだが、昼飯時とあってかなりの混雑。家族連れやグループ客も多く、また外観も老舗の風格を出していて、一人旅ではこの手の店は尻込みしてしまう。人がとぎれる様子もないので予定を変更する。

 口の中はもう肉を、それもすき焼きを食べる気でいっぱいなので、ほかのものは食べる気がしない。もう一軒めどを付けていた「すき焼きの伊蔵」を目指して、反対方向の上野市駅側に向かって歩く。
 それでも少し時間をずらした方がいいだろうと、雨の中にもかかわらず、町中をぶらぶらと歩く。

その途中でこんなものを見つけた。
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最近の忍者は電動スクーターで探索するようだ

 もうそろそろいいころだろうと思い伊蔵に向かった。丁度客もとぎれた時間帯だったので、ゆったりと座敷に座る。しばらく待っていると見事な霜降り肉が登場。口の中に入れると思わず「ウ~ン」と声が出てしまう。おかげで写真を撮るのを忘れてしまった。
 いっしょに出された肉のしぐれ煮がおいしかったので、お土産に購入。1階は肉屋にもなっている。

 お腹もいっぱいになると、なんだかぼ~っとしてきた。温泉にでも入りたい気分になったので、車で「やぶっちゃの湯」に向かう。
 お湯は少し白く濁ったぬるめの湯。飲んでみると炭酸を含んでいるようだった。ゆっくり漬かっているうちに、ウトウトと居眠りを何度もしてしまった。休憩室で一眠りしてから帰ることにする。

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お土産に買った、手裏剣かたやきとしぐれ煮

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上野天神宮(三重県伊賀市上野) 平成18年9月17日

 近鉄上野市駅前から東に向かって路地をしばらく歩くと、上野天神宮へと着く。
 正式名称は菅原神社で、祭神は菅原道真(天満大自在天神)。石柱には学門と牛馬の守護神と書かれていた。
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鳥居と楼門

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松尾神社。芭蕉翁は『貝おほひ』を当社に奉納している。

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鐘楼 

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拝殿。本殿には九社神社も相殿に祭られている。

 もともとは平楽寺の鎮守であったが、天正9年に現在地に移ったという。拝殿もどことなく寺院を思わせる造り。

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上野天神宮納経朱印



関係ないが、境内に張ってあった祭りのポスター
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この世界にも「萌え」は来たか

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上野城・忍者博物館(三重県伊賀市上野) 平成18年9月17日

 せっかく伊賀まで来たのだから、忍者は避けては通れまいと思い上野城へと向かう。駐車場近くのチケット売り場で上野城・伊賀流忍術博物館。だんじり会館の共通券を購入。子ども連れの家族客が多い。

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上野城の石垣。高さ30mと日本最大級だという。
 ただし、実際は江戸期の上野城には天守は存在していなかった。天守を再建する前に武家諸法度で築城が禁止され、それ以前に天主そのものを必要としない時代になっていたからだ。
 現在の天主は昭和10年に地元政治家、川崎克が私財を投じて建てた模擬天守。当時、川崎克の銅像を建てる計画があったのを、本人が辞退しそれよりも上野城を復興すべきと立ち上げたものだという。

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上野城天主
 
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俳聖堂。昭和17年に芭蕉生誕300年を記念して公園内に建てられた。笠を被った姿をイメージした建物で、中には伊賀焼の芭蕉翁桃青像が安置されている。

 次に伊賀流忍者博物館へ向かう。入り口には行列ができていた。一定人数がそろうとガイドが屋敷内の仕掛けを説明してくれる。

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忍者屋敷外観

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どんでん返しと地下道に通じる仏壇

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隠し部屋に通じる床の間と、見張りをする忍者

 小さいころ、この忍者屋敷にすごく憧れていて、大人になったらこんな仕掛を施した家を建てるんだと考えていた。実際、建てたら使い勝手悪いだろうな。
 さらには忍者道具や衣装などを展示する資料館へと続く。手裏剣やくない、かすがい、忍者刀などが並んでいた。そこでお馴染みの水蜘蛛もあった。水を歩く道具ではないことは知っていたので、実用不可の道具だと思っていたが、泥が堆積した沼地や湿地を歩く道具であることを初めて知った。いうなれば雪上を歩く「がんじき」のようなものだ。

 さて、忍者屋敷でつくづく不思議に思っていたのは、なぜこんなにも仕掛けをする必要があるのかということだ。忍者は忍者であることがばれないようにするのが基本条件。しかし、こんなにも仕掛けがあるというのは、ばれているということが前提になっているようだ。その点が不思議だったのだが、実はこの屋敷、伊賀者が火薬を調合するための屋敷だったのだ。
 伊賀者といってもすべてが隠密活動をするわけではない。火薬などの武器開発も重要任務。当然にその製法を盗み取ろうとする者も出てくる。それを防ぐための仕掛けだったのだ。

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公園内の稲荷社

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敢国神社(三重県伊賀市) 平成18年9月17日

 大津から国道422号線を通り、甲賀・信楽を抜けて、敢国神社へ到着。伊賀国一宮で南宮山の麓に建つ。
 参道入り口には芭蕉翁の句碑がある。
「手は奈(な)かむ おと左(さ)へ梅乃(の) 尓本(にほ)ひか那(な) 波せ布(はせふ)」


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鳥居
 祭神は孝元天皇の長子で、四道将軍の一人である大彦命で、伊賀氏の祖神。さらに秦氏が南宮山より少彦名命を勧請する。そして南宮山には美濃国の南宮神社より金山媛命を勧請して祭祀していたが、その後に本社に合祀され、以上三柱の神が祭られている。
 本地仏は十一面観音

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拝殿は長床のようだ。修験の影響だろうか。

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子授けの御利益があるという桃太郎岩。いわゆる陰陽石。

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市杵島姫社

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むすび社

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大石社

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敢国神社納経朱印

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多度大社(三重県桑名市多度町) 平成18年9月4日

 東名阪の桑名東ICを下りてしばらく走ると、今回の旅の最終目的地である多度大社の、巨大な鳥居が見えてきた。
 多度大社は多度山を神体山とする神社で、『延喜式』では名神大社に列せられ、また伊勢国二宮ともされる。天平宝宇7年(763)には満願禅師により日本で3番目に古い神宮寺が建立され、「多度大菩薩」と号するなど、いち早い神仏習合の例とされる。
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境内入り口の茅葺き屋根の建物。かつての社家屋敷か?

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5月4、6日の多度祭りでは石段左側の坂を人馬共に駆け上る。

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神馬舎。多度祭りのほか、11月には流鏑馬が行われるなど、この神社は馬とのかかわりが深い。

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神楽殿。ここからしばらく山道を登る。

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本宮の多度神社。祭神は天津彦根命。その脇には川が流れている。

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別宮の一目連神社。祭神は天目一箇命。両社の間にも、水はほとんど流れていないが、滝があった。

 天目一箇命は製鉄の神とされ、また風雨をつかさどるともいう。紀伊山中には「一本だたら」という妖怪がいると伝わるが、これも一つ目とされ、たたら製鉄とのかかわりが指摘されている。山の神が一つ目という伝承は各地にもあり、いずれも鍛冶・製鉄とのつながりがあるようだが、この神とも因果関係があるのだろうか。
 また風雨をつかさどる点も、もとは荒ぶる山神だったのだろう。伊勢湾は台風が多い地域でもあり、また多度山は雨乞い信仰でもある。渦巻く風に「一つ目」をイメージしたのかもしれない。
 多度山から流れる川を見ると古代の息吹が感じ取れる。

 神社の参拝を終えて近くを歩いていると、観音堂があったので参拝する。このお堂は伊勢西国霊場の三十三番札所でもあった。多度神宮寺との関係もあるようだ。
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本尊は十一面観音と千手観音。

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多度大社納経朱印

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椿大神社(三重県鈴鹿市山本町) 平成18年9月4日

 鈴鹿市の郊外を走っていると、一面に茶畑が広がっていた。伊勢地方は茶所でもある。
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 椿大神社(つばきおおがみやしろ)は鈴鹿山系に建ち入道嶽を神体山とする神社で、猿田彦大神の総本宮とされる。伊勢国の一宮。
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木立に囲まれた参道。

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御船磐座は猿田彦大神、天津彦火瓊瓊杵尊、栲幡千千比賣尊が降臨した場所とされる。

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土公神陵。後方の古墳は猿田彦大神の御陵。

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本殿では神職が声高々に祝詞を唱えていた。祭神は猿田彦大神で、相殿に天津彦火瓊瓊杵尊、栲幡千千比賣尊を祭る。猿田彦大神は天孫降臨では先導を担った神で、鼻の高い異形の神とされる。各地の祭礼で、天狗が行列の先陣を進むことがよくあるが、あれは厳密には天狗ではなく猿田彦大神。

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別宮の椿岸神社。祭神の天之宇受女命は猿田彦大神の妻神であり、天の岩戸では裸踊りを披露した神。お多福のモデルでもある。

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行満堂。猿田彦大神の末裔で、役行者を導いたという行満大明神を祭る。また旧神宮寺に縁のある大日如来・十一面観音・薬師如来・阿弥陀如来・不動尊・聖徳太子の尊像や関係物故者の霊璽も祭られている。神具とともに磬子や香炉、経典が置かれていた。

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延命地蔵堂。その隣に石塔群が祭られていたが、これも旧神宮寺と関係があるのだろうか。

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椿大神社納経朱印

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専修寺(三重県津市一身田町) 平成18年9月4日

 旅の最終日。まずは朝風呂を浴びて体調を整える… つもりが、ついつい気持ちよくて長湯をしてしまった。このことが後から堪えることになる。

 一身田町の由来は、奈良・平安期に功績のあった者に一代限りの田を与えたという「別勅賜田(べっちょくしでん)」のうちの「一身田」に依るという。後に下野国高田の専修寺の別院がこの地に建立され、高田門徒といわれる真宗教団が誕生する。
 現在でこそ浄土真宗といえば東西本願寺だが、蓮如以前は高田門徒の系統が真宗の中心勢力でもあった。

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門前の寺町
専修寺は真宗高田派の本山で、親鸞聖人が善光寺より迎えた一光三尊阿弥陀如来を下野国(栃木県)高田の安置し専修寺と号して、高弟の真仏上人が堂守となった。後に北陸・東海地方での布教の拠点として、第10世真慧上人が無量寿院を当地に建立し、その後に高田門徒の中心的寺院となったので、高田派の本山となった。

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唐門

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山門

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見真大師(親鸞聖人)を祭る御影堂は、725畳の巨大なお堂だが残念ながら工事中だった。

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如来堂には阿弥陀如来が祭られる。御影堂よりも一回りほど小さい。堂内は金箔で飾られていた。

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御廟。後方に分骨された親鸞聖人の墓が建つ。

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専修寺納経朱印



 参拝中、もの凄くのどが渇いて何度も水を飲む。初めは気温のせいかと思ったが、考えてみれば長湯をしたの原因だろう。旅先では後のことを考えた行動を執らねばならないと、しきりに反省する。

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Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
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