裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2017-09

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津島神社(愛知県津島市) 平成19年3月19日

20070320145646.jpg
駐車場に車を止めて、南門から境内にはいると、東側に楼門があった。
てっきり社殿が南面していたので南門が正面だと思っていた。
社号:津島神社

20070320145709.jpg
楼門
周囲は工事中で、立ち寄れない摂末社が幾つかあった。

20070320145730.jpg祭神は建速須佐之男命。大穴牟遲命を配祀する。
津島牛頭天王と呼ばれ本地仏は薬師如来。牛頭天王は祇園精舎の守護神とされるが、元々は陰陽道での行疫神。
平安末期から御霊(怨霊)を鎮める神として祀られる。

20070320145748.jpg弥五郎殿社
楠正成に従い四条畷で戦死した堀田弥五郎が造営した社。
遠祖の武内宿禰を祀る。

20070320150105.jpg
後で知ったのだが、津島神社の社殿は尾張造と呼ばれる、この地独特の構造。

20070320150119.jpg
磐坐か磐境と思われる三石。
『尾張名所図会』にもこの位置で書かれているという。

20070320150130.jpg居森社
祭神は建速須佐之男命幸御魂。蘇民将来の子孫という老婆が、牛頭天王を初めこの森に祀ったという。
右側は疹社。建速須佐之男命和御魂を祀り麻疹・疱瘡にご利益がある。左は大日孁社。
20070324212951.jpg
津島神社納経朱印
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テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

甚目寺(愛知県甚目寺町) 平成19年3月19日

20070320145225.jpg
尾張四観音の一つ。
どの程度のお寺なのか、まったく前知識なしにお参りしたので、
正直その境内の広さに驚いた。
山号:鳳凰山
寺号:甚目寺(じもくじ)
宗派:真言宗智山派

20070320145258.jpg
境内は広々としているが、閑散とした雰囲気ではない。
お堂や木々が調和している雰囲気だ。
写真を撮っていたら、何かに驚いた鳩が一斉に飛びかかってきて、こっちが逆に驚かされた。

20070320145308.jpg
三重塔には愛染明王が祀られる。
お願いをするときは底の抜けた、お礼参りには底の付いたひしゃくを奉納するという。

20070320145322.jpg本堂
本尊は聖観世音菩薩。敏達天皇14年に物部氏によって海に捨てられた三尊仏の一つとされ、この地の漁師龍麿が拾い上げたものという。なお残り二体は善光寺の阿弥陀如来、太宰府安楽寺の勢至菩薩だという。

20070320145336.jpg釈迦堂と八十八ヶ所霊場。
釈迦堂には御尊様(おそそさま)という女神が祀られる。女性のアザや肌荒れにご利益があるそうだ。

20070320145404.jpg甚目寺のすぐ隣、というか境内とほぼ地続きで漆部(ぬりべ)神社が建つ。
祭神は三見宿称命。尾張氏祖の天火明命の子孫で漆部氏の祖。甚目寺鎮守の八大明神も合祀。明治までは甚目寺が神宮寺か別当だったのだろう。

20070320145503.jpg塔頭の法花院。
本堂は改築されたばかりのようだ。

20070320145516.jpg20070320145525.jpg塔頭の大徳院。
本尊が左甚五郎作の恵比寿大黒天という珍しいお寺。
唐破風には大黒天を祀る寺院には、またしても珍しい因幡の白兎。厳密にいえば大黒天と大国主命は別の尊格で、音が共に「ダイコク」だから室町期ごろには同一視された。


20070324212854.jpg
甚目寺納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

日泰寺(名古屋市千種区) 平成19年3月19日

 各地の寺院に仏舎利が伝わるが、それは石英や水晶で見立てられたもの。そんな中、正真正銘の仏舎利。つまり釈尊の御真骨を祀る日本で唯一の寺が日泰寺。1898年にイギリス人によって発見された仏舎利が、インドからシャムへ寄贈。そして国王から各地の仏教国へ分与されたものの一つが奉安される。“なんちゃって仏教徒”、“信仰心薄き巡礼者”とはいえ、ぜひお参りしたい、いや、しなければならない寺だ。

20070320144849.jpg
山門
両脇には釈尊十大弟子のうち、阿難・迦葉両尊者が祀られる。
山号:覚王山
寺号:日泰寺
宗派:超宗派(19宗派によって維持)

境内はもの凄く広く、堂宇も伝統的建築様式ながらも、近代的な雰囲気がする。今までお参りしてきた寺院の雑然さと対照的に、整然としすぎていて、そのギャップに少しとまどいを感じる。

20070320145003.jpg銅像のチュラーロンコーン王より仏舎利は分与された。
開山当時は日暹寺だったが、国名がシャムよりタイに改められた時に日泰寺と改称された。どちらにしても両国友好を祈る寺号だ。山号の覚王は広義では仏だが、ここでは釈尊を差す。

お参りに来ていた女の子が、足元の小さな象を見ながら、「ぞうさん」の歌を歌っていた。

20070320144914.jpg20070320145017.jpg本堂
本尊は釈迦如来。本尊はチュラーロンコーン王より、タイ語で釈迦牟尼仏と書かれた勅額は、プミポン・アドゥンヤデート王から下賜されたもの。

20070320145036.jpg20070320145049.jpg仏舎利は境内からやや離れた奉安塔に祀られる。
ガンダーラ様式の塔だというが、拝殿からは足元しか見えない。しかし、遠くより拝する方がいいのかもしれない。

20070320145105.jpg20070320145118.jpg日泰寺の周囲には八十八ヶ所霊場や大小さまざまなお堂が並んでいる。21日は弘法市が並んで賑わうという。
近代的な日泰寺の雰囲気に対して、非対称的なこれらのお堂は、泥臭い、前近代的ともいえる信仰かもしれない。しかし、大乗仏教もインドで釈尊の遺骨を祀るストゥーパ(卒塔婆)の周囲に、在家信者たちが集ったことによるのだから、この姿は自然といえば自然かもしれない。
20070324212749.jpg
日泰寺納経朱印

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笠寺(名古屋市南区) 平成19年3月19日

朝、目を覚ますとさわやかな晴れで、昨日のような風もない。朝食はパンやスープ、ドリンク類などの簡単なバイキング形式。バナナのマフィンがうまい。このホテルは宿泊費の割に綺麗な内装とスパ設備などもそろっていて、なかなかポイントが高い。
 チャックアウトを済ませ笠寺へと向かう。山本正之の歌『名古屋はええよ!やっとかめ』の一節に「道が広いがね」とあるが、本当に道路網が整備されていて、京都とは大違いだ。渋滞情報を聞いて「じゃあそこは避けて通らないと」と思っていたら、何のことはない、すでにその区間を走っていた。つまり京都基準の渋滞と名古屋基準が違っていたぐらいだった。

20070320144617.jpg笠寺は尾張四観音(笠寺、甚目寺、龍泉寺、荒子観音)の一つ。商店街を抜け市内環状線を渡った突き当たりに建つ。
ただし、そこは西門側でなので車を駐車場に置き、南側の山門へと向かう。門の前には小さな池があった。
山号:天林山
寺号:笠覆寺(りゅうふくじ)
宗派:真言宗智山派

20070320144657.jpg本堂
本尊は十一面観音。
寺号にふさわしく、幔幕には笠が染め抜かれている。


20070320144708.jpg玉照姫と藤原兼平を祀る玉照堂。
笠寺の由来は、元は小松寺と名乗っていたが興廃し、本尊も雨ざらしとなっていた。そこで、気の毒に思ったある娘が観音像に笠を被せた。その娘は後に藤原兼平に見初められ入洛。玉照姫と呼ばれ、寺を復興し笠覆寺と名付けたという。
笠地蔵を思わせる霊験譚だ。

20070320144717.jpg
地蔵堂の六地蔵
六角形の石塔に地蔵菩薩が浮彫されている。

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多宝塔
本尊は阿弥陀如来。


20070320144738.jpg笠寺の周囲には塔頭寺院が数ヶ寺建っている。
山門側の塔頭、泉増院にも玉照姫堂(写真左側)があり、近々開帳をするようだ。右側は大日如来を祀る本堂。

20070320144748.jpg西門側の塔頭の西方院。
道路に面して烏瑟沙摩(うすさま)明王を祀る
明王堂が建つ。

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笠覆寺納経朱印

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鳳来寺山(愛知県新城市) 平成19年3月18日

20070320143534.jpg合戦で有名な長篠から鳳来寺山へと通じる道を行く。本来なら表参道から1425段の石段を上ってお参りする方がいいのだろうが、時間の都合もあるので今回はパークウェイで一気に山頂まで走る。
駐車場から本堂まではしばらく歩くが、ここからの眺めはまさに絶景。木々の緑と巨岩、そして堂宇が見事に調和した景色だ。
山号:煙巌山
寺号:鳳来寺
宗派:真言宗五智教団(本山)

20070320143613.jpg

本堂への道の途中に東照宮が鎮座する。
徳川家康は鳳来寺の薬師如来に祈念して生まれたいわれ、
それを知った家光によって創建された神社。
日光、久能山とともに三大東照宮の一つという。

社号:鳳来山東照宮
祭神:源家康(東照大権現)

20070320143626.jpg20070320143749.jpg
拝殿、本殿は共に国の重文。
最近修復を終えたようで真新しい感じがするが、どぎつさはあまりない。

20070320143738.jpg
現在の狛犬の後ろにある石は、戦前の狛犬。
弾丸よけのお守りとされたらしく、削り取られて要望がすっかり分からなくなっている。

20070320143807.jpg本堂
本尊は薬師如来。開山の利修仙人によって彫られたものという。
かつては真言、天台の二宗兼学だったので、山内には天台寺院の遺構とおぼしき跡が点在していた。
背後の巨岩は鏡岩と呼ばれる。

20070320143820.jpg
表参道の石段。
昼間でも幽玄な雰囲気が漂う。

20070320143847.jpg竜の爪跡(鬼の爪跡)
弘法大師像背後の岩壁。竜が昇天した跡とも、利修仙人の眷属の鬼が付けたものだともいわれる。

20070320143832.jpg
胎内くぐり
ここは巨岩信仰の山岳霊場だったのだろう。

20070320143900.jpg20070320143910.jpg
奥三河の山々と、麓の集落。

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鳳来寺納経朱印 ・ 鳳来山東照宮納経朱印

参拝後は麓の湯谷温泉に立ち寄る。山間の秘湯らしいムードが漂い、昨日の三谷よりも温泉地らしい。「ゆ~ゆ~ありーな」という温泉施設で少しのんびりする。露天風呂からは緑の山々を眺め、そして澄み切った青空の下で湯に入っていると、体が溶けてしまいそうな感覚になる。

 その後、名古屋のビーズホテルへと目指すが途中、高速の事故渋滞に巻き込まれてしまい、到着が大幅に遅れた。チェックイン後、榮に赴き昨日の借りを返す気持ちで、手羽先・煮込み・味噌串カツなどで晩餐。名古屋の食べ物はアナーキーなうまさがある。

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砥鹿神社(愛知県豊川市一宮町) 平成19年3月18日

20070320143251.jpg
国道151号線沿いに三河国一宮の砥鹿神社は鎮座する。
杜に包まれた境内は多くの参拝者で賑わっていた。
社号:砥鹿神社
三河国一宮

20070320143406.jpg祭神は大己貴命。中世は砥鹿大菩薩と称された。
境内は広々としているが、これといって特徴はない。
現社地は里宮で、本宮山に奥宮が鎮座している。そっちにも足を延ばせば良かったかもしれない。

20070320143423.jpg
三河えびす社
二宮に事代主命、三宮に建御名方命を祀る。

20070320143436.jpg
本宮山遙拝所
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砥鹿神社納経朱印

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三明寺(愛知県豊川市) 平成19年3月18日

20070320142809.jpg豊川駅を過ぎ、しばらくすると「豊川弁天」こと三明寺が建つ。
境内には壁も結界もなく境界線があやふや。しかも周囲は宅地造営のために草木一本なく整地されているため、なんだかポツンとした感がある。
参道正面は山門ではなく鳥居が立っている。
山号:龍雲山
寺号:三明寺
宗派:曹洞宗

20070320142830.jpg
三重塔(国:重文)
本尊は大日如来。
一、二層が和様で三層が唐様(禅宗様)の折衷様式。
三層の屋根が大きく反っている。

20070320142843.jpg20070320142902.jpg
妙音閣(弁天堂)
本尊の弁才天は「馬方弁天」の別称がある。

 昔、毎日この寺の門前を唄の上手な馬方が往来していた。ある日、弁天が現れて「毎日唄を聞かせてくれた、そのお礼です」と、財布を馬方に与えた。
 その財布はいくらでも使ってもお金がなくならないので、馬方は仕事を辞めて毎日酒を飲んで過ごした。
 しかし、それを不審に思った仲間たちがそれを問いただしたところ、馬方は隠しきれずに「弁天さまに財布をもらったからだ」と話してしまった。
 それ以後、その財布はただの財布となり、また三明寺の弁才天は「馬方弁天」と呼ばれるようになったという。

20070320142918.jpg20070320142927.jpg境内には、西国観音、四国霊場の石仏や鎮守の稲荷社がある。
稲荷社内には素朴な狐像が、たくさん奉納されている。

20070320142938.jpg
本堂
本尊は千手観世音菩薩。

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豊川稲荷・妙厳寺(愛知県豊川市) 平成19年3月18日

 目を覚ますと9時を回っていた。かなり寝過ごしたが、皆が元気を分けてくれたお陰か、弘法大師さまのご利益か、ともかく体調は復活。天気は良いが、相変わらず風が強い。

20070320141214.jpg総門
 豊川稲荷を参詣するのは12年ぶりだろうか。学生時代に知多四国霊場を歩き遍路した後に、ここまで足を延ばした。当時は本堂だけで奥之院などの諸堂はお参りしていなかったので、今回はじっくりと参詣する。
山号:円福山
寺号:妙厳寺
宗派:曹洞宗

20070320141249.jpg20070320141236.jpg総門から一直線上に山門。左側には大鳥居がある。
豊川稲荷は「稲荷」とあるので、神社と誤解する人が多いが、あくまでも禅寺。また、寺の境内に稲荷神社が同居していると勘違いする人もいるようだが、御本殿は妙厳寺の堂宇の一つの鎮守堂。
神道系の稲荷大神ではなく、仏教護法神の一つダキニを稲荷として祀っている。ダキニはインドでは人間の血肉を食らう鬼女だが、『大日経疏』では、大日如来が大黒天に姿を変えて調伏し、以後は死体の肝を食べるようになったとされ、一切衆生の心の垢を取り除くとされる。
日本では『古今著聞集』に、ダキニと霊狐信仰とのかかわりが見られるが、この狐を介して中世期には稲荷信仰と結びつくようになったと思われる。

20070320141301.jpg法堂
本尊は千手観世音菩薩。
妙厳寺が稲荷で有名になるのは18世紀以降と考えられている。それ以前の『和漢三才図会』などを紐解いても、豊川稲荷の名は見えない。

20070320141315.jpg荼吉尼真天を祀る御本殿への参道
明治の神仏分離では、「周囲が“稲荷”と称しているだけで、あくまでも開山の寒厳義尹禅師が宋より招来した護法神、荼吉尼真天である」としたお陰で、現状の伽藍が維持できた。そうでなけれがおそらく妙厳寺の隣に、境内を隔てて稲荷神社ができていただろう。

20070320141325.jpg御本殿
本来、ダキニは胎蔵曼荼羅にも描かれるように、手足を食らう鬼女の姿だが、日本では狐に乗る華麗な天女で表現される。これは弁才天信仰とも結びついたからであろう。ネットや低級な書籍では、「インドではダキニはジャッカルを眷属とし、このジャッカルが日本では狐とされたから稲荷信仰と結びついた」などの珍説をよく目にする。これも狐に乗るダキニが、日本で作られた尊象であることを知らない故からだろう。
堂内にはダキニ真言として「オンシラパッタニリウンソワカ」とある。ダキニ真言は『大日経』では「カリカ」、その他の密教儀軌では「オンキリカクソワカ」とある。「オンシラパッタ…」は禅宗独自の真言だろう。

20070320141339.jpg
奥之院参道の千本のぼり

20070320141349.jpg万燈堂(東海三十六不動第17番)
文殊菩薩と不動尊が祀られる。

20070320141403.jpg
弘法堂(三河新四国番外)
堂内右側には巨大な木魚がある。

20070320141421.jpg
土蔵造りの大黒堂。


20070320141432.jpg
小さな三重塔。

20070320141458.jpg
奥之院
もともとは旧御本殿の内陣を
現在地に移し、奥之院としたという。


20070320141520.jpg20070320141606.jpg霊狐塚
大小さまざまな狐象が奉納されている。
比較的新しいものばかりだった。

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妙厳寺納経朱印

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大聖寺大秘殿(愛知県蒲郡市三谷町) 平成19年3月17日

 蒲郡はB級スポットマニアには有名地らしく、その手のHPや書籍にはよく紹介される。大聖寺大秘殿はその中でも特に有名だそうだ。
 巨大ホテルの並ぶ温泉街を通り、そしてかつては温泉客を相手として商売していたのであろう、廃墟と化した店舗を通り抜けた、なんとも退廃的ムードの場所に大聖寺はある。
 「寺」と銘打っているが、どうみても一昔前の観光施設。崩れ落ちた看板が、ややもの悲しさを感じさせる。

20070320140851.jpg20070320140907.jpg入り口付近には鳥居とRC製の仏像や狸の置物などが雑多と置かれている。また、「十二支観音」と称した像は、体が観音で顔が動物そのものという意外な表現。
う~ん、恐るべし
 中に入ろうと受付を見たが誰もいない。もしかして閉鎖しているのだろうかと思ったが、奥の方から声が聞こえるし、電気もついている。自動ドアは作動しないが、手で開けることができたので中に入ると、おばちゃんが1人番をしていた。
「あぁ、おニイちゃん洞窟巡りか?」

 先ほどの鳥居からの階段を下りると、洞窟入り口のシャッターが開いた。「洞窟」といっても天然ではなく、コンクリート製の人工物。ひたすらぐにゃぐにゃと蛇行した通路を進む。いたるところに仏像や仏画、地獄の亡者や獄卒。さらには陰陽物など、この手のスポットに欠かせないものはすべてあるという感じだ。
20070320140931.jpg20070320140944.jpg

20070320140959.jpg20070320141015.jpg
巨大な陽物を過ぎると、大歓喜の壁画とあるが、どうみても地獄絵図にしか見えない。

20070320141026.jpg
料理の神、磐鹿六應命の壁画
かなりの大きさで、蛤と鰹、鴨を持っている。
これらを抜けると本堂、そして寺宝コーナーだが中には髪の伸びる人形だの、どう見ても海外のお土産品でしかないようなものまで置かれている。
うぅ~ん。ポイントがかなり高い。

20070320141038.jpgチベット仏教の秘仏を祀るお堂。
ちなみにここは日蓮宗の寺院だが、もはや超越している感がする。
すべて巡り終えると先ほどのおばちゃんが、抹茶と交通安全のお守りをくれた。しかし、先の弘法山に対して、ここは誰1人とほかの観光客はいない。いったい今日一日でどれだけの人が訪れたのだろう。拝観料1,000円で維持できるのか心配になってきた。

 さて、“俗悪ともいえるそんな庶民信仰の寺の方が落ち着く”と前述したが、ではこういう寺も落ち着けるかというと否。もちろん珍スポットとしては楽しめますが、信仰の場としてはいかにも初めから狙って作りましたという作為性が、そのような感情を生む。それが自然発生的に生まれた庶民信仰の寺との違い。つまり養殖物と天延物の差というものでしょうか。
 そんな感想を懐きつつ大秘殿を後にする。しかし、風が冷たい。少し寒気もする。予定を早めて今晩の宿ホテル蒲郡へと急ぐ。チェックインを済ませて、すぐ温泉に入ろうと思ったが入浴時間は18時からとのこと。しかたなく部屋のユニットバスで入浴するが、いくら熱いお湯を入れても体が温まらない。ベットに潜り込んで入浴時間まで眠る。
 やっとその時間がきたので温泉に入ったのだが、これが少しぬるめの湯。普段ならこれでもいいのだが、今回ばかりは勘弁してほしかった。風呂上がりも当初の予定では、三河湾のおいしい魚をつまんで…と考えていたのだが、外に出る元気も食欲もなく、ホテル近くのつぼ八でお湯割り一杯とキムチ鍋というせっかくの旅の晩餐らしくない夕食。もう一度温泉に入って、ありったけの下着を着て早々に寝る。
「あぁ、みんなオラに元気を分けてくれ…」
とにかく、ここで弱気になったら確実にカゼをひきそうなので、とにかく心の中でアツイものをイメージして乗り切ることにした。
「太陽、燃えさかる炎、熱湯、溶岩、広辞苑… アツイ、アツイ」

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行

弘法山(愛知県蒲郡市三谷町) 平成19年3月17日

20070320122025.jpg 三谷温泉街を見下ろすかのように、弘法山山頂には巨大な子安大師像が建っている。地元では有名スポットらしく、ここに至るまでの道中、幾つもの案内板を目にした。
三谷温泉は行基が開湯したという古い温泉だそうだが、いわゆる情緒ある温泉街はなく、マリンリゾート施設と巨大ホテルのみ。せめて外湯ぐらいはあってもいいのになぁ…
山号:弘法山
寺号:金剛寺
宗派:高野山真言宗

20070320122007.jpg山道を登ると金剛寺奥之院(三河新四国第46番)に着く。境内は工事の真っ最中だった。
本尊は准胝観世音菩薩。外陣には涅槃図や地獄極楽図の掛け軸が掛けられていた。
参拝を終えて本堂から出ると、いきなりスピーカで読経の声が山内中に響いた。本堂では回向を申し込んでいた夫婦がいたが、どうやら住職の読経はマイク放送するようだ。

20070320122048.jpg奥之院から子安大師像までは少し歩く。三河湾から吹き付ける風が恐ろしく強く、そして冷たい。
大師像の周囲には八十八ヶ所の石仏や生目神社がある。
この祠は、宮崎市の生目神社でご利益をいただいた人が、感謝を込めて建立したもの。

20070320122111.jpg20070320122118.jpg子安弘法大師像
高さは地上百尺(約30m)とのこと。
通常の弘法大師像と違い、えらく彫りの深い顔立ちだ。左手には赤ん坊を抱えている。

20070320122101.jpg
金剛寺大師堂(三河新四国第45番)


20070320122140.jpg大師像のすぐ近くに「ラバーズヒル(恋人達の丘)」と名付けられた、新名所があった。
子安大師に見守られながら、恋人が愛を誓って鍵を掛けるそうだ。
手すりにはそんな鍵が… ケッ('A`)

20070320122129.jpg
三河湾
天気は良いのだが、とにかく風が…

20070324211430.jpg 20070324211438.jpg
金剛寺(子安大師・奥之院)納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

大樹寺(愛知県岡崎市) 平成19年3月17日

20070320121815.jpg 大樹寺は松平氏の菩提寺で徳川家康とゆかりの深い寺。桶狭間の戦いで敗走した家康が自害しようとしたところ、この寺の山首に諭されて思いとどまったという。
 巨大な山門(県重文)に徳川家の庇護がうかがわれる。
山号:成道山
院号:松安院
寺号:大樹寺
宗派:浄土宗

20070320121841.jpg山門と道路を挟んで、市立大樹寺小学校がある。
校門、そしてグランドの一直線上に大樹寺の総門がある。
表参道の一部が小学校というのも、明治期の寺領上知の結果なのだろうか。

20070320121852.jpg本堂
本尊は阿弥陀如来。「一光千躰の阿弥陀」で後背部分に、小さな阿弥陀像が数多く表現されている。
本堂右側には三河三十三観音の第3番札所本尊の如意輪観音が、左側には三河新四国第21番・第22番の弘法大師が祀られる。

20070320121900.jpg

多宝塔(国重文)
天文4年の建立で本尊は多宝如来。

20070324211327.jpg
大樹寺納経朱印

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西福寺(愛知県刈谷市) 3月17日

20070320112540.jpg 遍照院からは車で10分ほどの、静かな住宅地に場所に西福寺は建つ。山門脇の石柱には「見送弘法大師」と書かれていた。
 それにしても天気はいいのだが風が強く、そして冷たい。先々週の浜松の方が暖かいぐらいだ。「寒の戻り」は普通の寒さよりも体にこたえる。「暑さ寒さも…」と言うが彼岸に近づくほど寒くなるのはどうしてだろう。
山号:大仙山
寺号:西福寺
宗派:曹洞宗

20070320112605.jpg20070320112619.jpg本堂
本尊は阿弥陀如来。
本堂の左側には厄除弘法大師が祀られている。
葬儀の準備のためか、多くの人がお寺に集まっていた。

20070320112641.jpg
大師堂(三河三弘法第2番・三河新四国第2番)
当地を去る弘法大師との別れを惜しんで、
見送りしたといわれる。

20070320112654.jpg
大師堂に掲げられた
大根と蕪の絵馬。
大正7年に青物商が納めたもの。

20070320112706.jpg
釈迦誕生仏
いわゆる仏像型式ではなく、
普通の子供のような体型、顔立ちの尊像。


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西福寺納経朱印

20070320112727.jpgここから少し離れた場所に
「三弘法発祥之地」と銘打つ寺がある。
西福寺の奥之院で井戸弘法という。
山門はまるで竜宮城のようだ。
山号:井戸山
寺号:泉龍寺

20070320112744.jpg山門の大きさとは対照的に、
境内はこぢんまりとしている。
写真左手前が本堂。中央に井戸。右奥が大師堂。

20070320112925.jpg
本堂
本尊は弘法大師。

20070320112806.jpg
大師堂
堂内には稚児大師(弘法大師幼少の姿)が祀られる。

20070320112821.jpg大師井戸
水不足に困っていたこの地に、弘法大師が
水の出る場所を教え示したといわれる。

自由に水を汲むことができるように茶わんが置かれているが、
弘法大師に水をお供えしてから飲むようにと、注意書きの
看板が立てられていた。



20070320112943.jpg
門前の家に掛けられていた、
ライオン蚊取り線香のホーロー看板

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遍照院(愛知県知立市) 平成19年3月17日

 先々週の遠江突撃巡礼隊に続いて再び東海地方。今回は三河を突撃巡礼することにした。愛知県でも三河は知多半島と並び、大師信仰の篤い土地柄。そこで三河三弘法巡りや豊川稲荷への再訪などを目的とした。

 「三河三弘法」は知立・刈谷の両市に建つ弘法大師作の自像を奉安する寺院のこと。伝説では、当地を訪れた弘法大師が、赤目樫に3体彫ったという。毎月旧21日には多くの参拝者で賑わうとのことだ。ここは地名も弘法町なので、いかに信仰を集めているかが頷ける。

20070320111620.jpg「弘法通り」と呼ばれる静かな商店街に入ると、「名物 大あん巻」と看板を掲げた土産物屋が2軒並んで建っていた。毎月旧21日には知立駅まで歩行者天国になるという。
山門付近には「見返弘法大師霊場」と書かれた石柱が立っている。
山号:弘法山
院号:遍照院
宗派:真言宗豊山派

20070320111654.jpg

本堂(三河三弘法第1番・三河新四国番外)
本尊は弘法大師。
ここの大師像は、赤目樫の根本の部分だという。
そして、この地を去る弘法大師と別れを惜しんで、右を振り帰っているので「見返弘法大師」と呼ばれるとのことだ。

20070320111710.jpg西国三十三観音の石像
一体一体に松ぼっくりが置かれていた。
子供がお供えしたのだろうか。

20070320111725.jpg冥界十王の石像
閻魔王を含めて十王の顔立ちは
忿怒相ではなく、文官のような雰囲気。
浄玻璃鏡や罪業を量る天秤などもあった。

20070320111738.jpg

子育弘法大師


20070320112203.jpg20070320112227.jpg本堂裏には四国八十八ヶ所の石像が安置されている。
路地のものもあれば、小さなお堂に安置されるものなどさまざまだ。

20070320112301.jpg

波切不動堂(東海三十六不動第18番)

20070320112325.jpg

高野山奥之院大師堂

20070320112340.jpg
四国八十八ヶ所には多数の番外札所があるが、地方に写し霊場が作られるとき、それらの番外札所までは写されることは少ない。
この寝転がっている大師像は、11番藤井寺と12番焼山寺の間に山中にある番外一本杉庵。
大杉の元で大師が休息したという霊跡。

20070320112356.jpgこちらは伊予の番外十夜ヶ橋。
橋の下で大師が一夜を過ごしたという霊跡に由来して、橋の形のお堂に安置さている。

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薬師堂
薬師如来のほかに、「ぽっくりさん」と信仰される
大随求菩薩も祀られている。

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写経道場前に置かれていた茶釜

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遍照院納経朱印

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熱田神宮(名古屋市) 平成18年11月20日

 熱田神宮は、都会とは思えないほど森に包まれた境内。ゆっくりと散策をする。
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正面鳥居

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摂社上知我麻神社は、知恵の神として信仰される。祭神は乎止與命。

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別宮八剣宮は本社に並ぶ社格を有する。祭神は熱田大神。

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境内

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弘法大師お手植えという楠。

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拝殿
 祭神の熱田大神は、日本武尊より預けられた三種の神器の一つ「草薙剣」であり、格式は伊勢の神宮に次ぐという。また天照皇大神・建速素盞嗚尊・日本武尊・宮簀媛命・建稲種命も配祀される。尾張国三宮で本地は大日如来。

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本殿

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熱田神宮納経朱印

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秋葉山(名古屋市) 平成18年11月20日

 再び名古屋に戻り、ここでも途中下車。熱田神宮へお参りする。その前に腹ごしらえとあんかけスパゲティと小倉トーストを食う。スパゲティは昔懐かしいトマトソース味といったところだが、小倉トーストはビックリするほどの小倉あんと、さらにソフトクリームにポテトチップまでが一緒に付いてきた。こりゃあ、糖尿患者にはとどめの一撃だな。

 JR熱田駅を降りると熱田神宮はすぐだが、脇参道からでなく正面からお参りしたいと思い、南に向かって歩くと「秋葉山三尺坊大権現」ののぼりが林立する寺院があった。「日本最古の秋葉権現」ともあったのでお参りする。
20061120215555.jpg

 秋葉山は通称で、正式には補陀山円通寺で本尊は十一面観音。弘法大師創建と伝えられ熱田神宮の神宮寺であった。現在は曹洞宗で、鎮守の秋葉権現は日本最古という。
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本堂

20061120215603.jpg 20061120215623.jpg
権現堂。秋葉権現は、戦国期に信濃の修験者三尺坊が遠江秋葉山の天狗として祀られ火除け信仰で有名だが、当寺では権現が後世修験者三尺坊として現れたとしている。故に日本最古の秋葉権現とする。

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本堂裏手の奥之院毘沙門堂。

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円通寺納経朱印

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裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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