裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2006-08

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造り物・成松愛宕祭(兵庫県丹波市氷上町) 平成18年8月23日

 丹波市氷上町の成松地区。ここでは8月23、24の両日「愛宕祭」が行われる。盆踊りや花火大会などもあるが、特に面白い行事が、地区の各組で展示される「造り物」。生活用品一式によって世相などを表現した作品を作りあげる。
 成松の愛宕祭は、江戸中期に相次ぐ飢饉や大火を除けるため、京都の愛宕神社から分霊を当地に迎え、五穀豊穣・鎮火防災の祭りを行ったことに起因する。

 愛宕神社は甲賀山麓に建つ大護(おおもり)神社境内に建つ小さな社。23日午後は神職による神事と、高山寺による柴燈護摩が修される。

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大護神社鳥居。石段を昇ると大護神社で、右に曲がると愛宕神社がある。

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大護神社の拝殿と本殿。祭神は天之御中主神。本殿には繊細な彫刻が施されている。

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愛宕神社。ごく小さな祠。23日は宵祭りで本祭りは24日。24日は地蔵菩薩の縁日でもあるが、愛宕大権現は本地垂迹思想では勝軍地蔵菩薩(騎馬甲冑姿の地蔵尊)と同体とされたので、この日が縁日となる。

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稲荷神社と蛭子神社が並んで建つ。


 いよいよ各組の造り物を見学する。なお使用する日用品は瀬戸物・祝儀物などと決めたら、それ一種類のみで作るのが特徴で、当日まで内容は秘密とされる。

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・愛宕神社(瀬戸物)

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・イージス艦(ガス器具)

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・コウノトリは三組出品(いずれも祝儀物)

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・のじぎく兵庫国体のマスコット「はばタン」(ガラス器)

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・水戸黄門(祝儀物)

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・高知城(瀬戸物)

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・宇宙基地(アルミ製品)

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・西遊記(祝儀物)

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・白川郷(竹)


思わずワロタ↓
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・ジダンの頭突き(祝儀物)


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道を歩いていると、地区内各所に小さな愛宕社が設けらている。
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大明寺(兵庫県朝来市生野町) 平成18年8月15日

 臨済宗妙心寺派の禅刹で、正平22年(1367)に月庵宗光和尚によって開山。但馬の守護職、山名時熙によって諸堂が整備されたという。
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山門と松の大木

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茅葺き屋根の法堂(はっとう)。本尊は釈迦如来

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庫裏と方丈


大明寺のすぐ近くには黒川温泉がある。入浴料は600円。
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少しぬるめのお湯で、ゆっくりつかると疲れも取れる。

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黒川ダム(兵庫県朝来市生野町) 平成18年8月15日

 黒川ダムには関西電力の揚水式水力発電所が設けられていて、この方式の発電所では日本最大だという。揚水式というのは、電力を消費する昼間に上部ダム(黒川)から下部ダム(多々良木)に放水して発電し、消費の少ない夜間に下部ダムの水を再び上部ダムにくみ上げる方式のこと。
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巨大な石垣のような外観。ロックファイルダムという

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ダム湖と風力発電所

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ダム湖の反対側。下に見えるのは黒川温泉

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青倉神社(兵庫県朝来市生野町) 平成18年8月15日

 青垣町から生野町へ向かうには国道429号線を通るのだが、この道はまさに「酷道」というにふさわしい。というのも、国道の標識を途中で見るまではてっきり林道だとばかり思っていた。なにしろ普通乗用車1台がやっと通れるほどの道幅しかなく、対向車が来たときは交互運行しかできない(しかもご丁寧に429<死に苦>だ)。

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これでもまだ道が広い箇所

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青垣峠
 峠を越えると幾分マシな道となる。黒川ダム湖沿いの山道へと入る。
 青倉神社は青倉山上に建つ岩藏信仰の神社で、眼病平癒で知られている。特に山から湧き出る水にその力があるとされる。

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参道入り口の不動堂。中には不動尊と地蔵菩薩が祭られている

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参道入り口

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左手は社務所。かつては参籠所として利用されていた

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本社は2階建て構造

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手水舎

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稲荷神社

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本社1階。神体の岩藏を包む込むように建てられている。拝殿・本殿は2階で左右にある階段を昇ってお参りする。祭神は和久産巣日神とも稲倉魂尊ともされる。

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本社右手の山上から神水が湧いているが、今日は水量が少なかった(3年前の春にお参りしたときは、もっとたくさん水が流れていた)。一節にはウドで目を突いた老爺が、神のお告げでここの水で目を洗うと、目が治ったという。だから氏子はウドを食べないという。実際、ここの水にはホウ酸が含まれているようだ。

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裏側から岩藏を拝する。付近には地蔵や不動尊などの石仏が祭られていて、神仏習合の色彩が強い。

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奥之院の観音堂。正面背後は崖になっているので側面から撮影。堂内には十一面観音が祭れらていて、完全な仏堂形式。

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青倉山から多々良木ダムを眺める

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祖父祖父堂(兵庫県丹波市青垣町) 平成18年8月15日

 所用のため、丹波市の青垣町へと赴く。用事を済ませ久しぶりに青倉神社へと参拝しようと思い、車を生野町方面に走らせたが、そこで奇妙な前の看板を見つけたので、立ち寄ってみた。
 「首塚 宝林寺 祖父祖父堂」とのみ看板が立っているだけで、詳細は何も記されていない。背後にある建物が宝林寺と思われるが、無住のようであり、地区の集会場を兼ねているようなお寺。

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首塚に立つ「南無阿弥陀仏」の六字名号石柱

 後で調べてみたら、宝林寺は天正7年の明智光秀による丹波攻めの犠牲者の供養のために建立され、祖父を祭っているところから「祖父祖父堂」と名付けられたという。

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北向地蔵尊(大阪市北区芝田) 平成18年8月9日

 阪急梅田駅ビルにある紀伊国屋書店の西側に「地蔵横丁」という一角がある。
 その横丁の最南端に「北向地蔵尊」は鎮座されている。駅ビルの中に静かにたたずむお地蔵様は、道行く人々を見守っておられるようだ。
 この地蔵尊は、明治24年に仲谷弥三兵衛が畑仕事の最中に掘り出し、2年後に弥三兵衛によって、北向きに祭られたという。

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 ビルの中にお祭りされる北向地蔵尊

 「北向」と称する地蔵尊は各地にお祭りされるが、なぜ北なのだろうか? 
 支那では「王者南面」といい、皇帝や王侯は北を背にして南を、家臣は北を向く形で王宮が作られる。日本も、この様式を受け継いでいるので御所は南向きに作られる(「北面の武士」はここからきている)。だから、京都では東が右京、西が左京になる。
 北を向く仏壇を良しとしないのも、仏や先祖を下座に置くのは無礼だからという、気遣いから生まれた考えだが、この由来を知らないととんでもない迷信に堕してしまう。
 であれば、地蔵尊は上座に座られず、あえて人間の下座に位置されて、衆生済度のために奔走されているのではないだろうか?

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お初天神(大阪市北区曽根崎) 平成18年8月9日

 久しぶりに「お初天神」をお参りする。正しくは「露天神社」で、祭神は少彦名大神、菅原道真など。
 もともと、曾根崎は曽根州と呼ばれる大阪湾の小島であり、この地に「住吉須牟地曽根ノ神」を祭ったのが始まりと伝わる。
 社名の由来には道真が太宰府配流の際、当地に立ち寄り「露と散る涙に袖は朽ちにけり 都のことを思い出ずれば」と歌を詠んだことからだとされる。

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本殿

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社名の由来ともされる露之井。現在は飲用不可。

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金比羅宮と水天宮

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稲荷社

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牛は天神のお使い。道真の神号「天満大自在天神」の名は、仏教守護神のひとつ「大自在天」にも由来する。大自在天(シヴァ)は水牛を眷属とする。天神はまた雷神でもあるので、農耕神でもあり、この面でも牛とはかかわり深い。

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お初天神は『曽根崎心中』の舞台。「お初徳兵衛」の銅像が建てられる。

 さて、お初徳兵衛に限らず、お染久松・お千代半兵衛・小春治兵衛など心中ものの題名は女性が先だが、これは人間なら男女の順だが、心中は“畜生の行為”の故に女男の順とするという倫理観から。特に幕府は心中の字が「忠」に通じるとして、「相対死(あいたいじに)」と呼び、死後の埋葬の禁止などの措置を執った。

 お初天神参拝後は、お気に入りのそば屋「瓢亭」に立ち寄るのが定番コース。
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まず初めにビールとだだ茶豆の塩ゆでを頼む。
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さらに銚子も追加。ちょっといい気持ちになったころに、名物「夕霧そば」が出される。
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柚子を練り込んだ、さっぱりとした風味。お酒でちょっとほてったところに、冷たいそばをすすりこむのは気持ちがいい。

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ごて地蔵(大阪市北区曽根崎) 平成18年8月9日

 旭屋書店にて『異界談義』、『修験と念仏―中世信仰世界の実像』を購入。店を出た後、路地裏をぶらりと歩くと、「ごて地蔵」の祠がある。
 奇妙な名前の地蔵尊だが由来書きを見ると、昭和の初めに梅田界隈で病気が流行し、託宣をすると「地蔵尊が埋まっているので、掘り起こして祭るとよい」との結果だった。そこで託宣通りに行うと病が治まり、以降は地域の守り本尊となったという。
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ごて地蔵。「ごて」は「ごねる」の意味だろうか

 民俗学者・折口信夫は「たたり」とは、本来“神がこの世に顕現すること”を意味するという。そして時代がたつにつれ、その霊威による災禍や警告という現象が「祟り」とされた。いずれにせよ、「たたり」は「しずめ」と一帯である。鎮まらない祟りは祟りでなく単なる災いである。鎮まることによって、その災いが神霊からの警告と認識され、生者は日々の生活をあらためる契機となる。
 そしてそれは、国家や村落などの共同体すべてが共通して認識される一種の「うしろめたさ」があってこそ、人間の傲慢な行為が制御される。

 「たたり」の根源を訪ねれば、昨今のオカルト番組で取り上げられる、“個人に対しての祟り”などなんとも安っぽい物か。
(自称“妖怪研究家”として、マスコミで取り上げられる“心霊現象”は大嫌いです)

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プロフィール

Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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