裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2006-09

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御堂・本願寺別院(大阪市中央区) 平成18年9月23日

 御堂筋の名前の由来となった本願寺別院にお参りする。
 まず初めは南御堂こと真宗大谷派難波別院(久太郎町)。いわゆる“東本願寺”の別院(東本願寺は通称であって、正しくは真宗本廟)。本堂内は彼岸法会の最中だった。
 本尊は阿弥陀如来。
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南御堂

 今度は御堂筋を北に進むと、北御堂こと本願寺津村別院(本町)に到着。こちらは浄土真宗本願寺派、いわゆる“西本願寺”の別院(西本願寺も通称であって、正しくは本願寺)。本堂の外観は洋風の外観。
本尊は阿弥陀如来。
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北御堂
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御霊神社(大阪市中央区淡路町) 平成18年9月23日

 難波の産土神である御霊神社にお参りする。祭神は天照大神荒魂 (瀬織津比売神) ・津布良彦神・津布良媛神・応神天皇・源正霊神の五柱。
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拝殿

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東宮

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松之木神社と大黒社。不動明王の石仏も祭られていた。

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鳥居脇に立つ十一面観音と御詠歌の石碑。江戸期まで当社の神宮寺観音堂(本尊:十一面観音)は大坂観音巡りの三十三番札所だった。

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御霊神社納経朱印

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

坐摩神社(大阪市中央区久太郎町) 平成18年9月23日

 地下鉄御堂筋線「本町」駅を降り、南御堂(真宗大谷派難波別院)の裏手に、坐摩神社は建つ。船場のビル街に囲まれた商都らしい神社。
 坐摩と書いて「いかすり」と読むが、通称は「ざま」。祭神は生井神・福井神・綱長井神・阿須波神・波比祇神の五柱。
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正面の三つ鳥居。
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拝殿

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本殿南側には火防陶器神社が建つ。青磁の灯篭が印象的。

 当社は摂津国一宮とされるが、通常は住吉大社を一宮とする。坐摩神社を一宮とする伝承はあまり聞いたことがないが、何に基づく説なのだろうか。

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坐摩神社納経朱印

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

繁昌亭(大阪市北区天神橋) 平成18年9月23日

 繁昌亭はこの9月にオープンしたばかりの上方落語の定席。建物外観は想像よりもこぢんまりした感じで、寄席というよりも地方都市の公民館という雰囲気がする。
 本日の第1回目は11時30分から。かなりの人で混雑している。

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天満天神繁昌亭

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初代春団治にちなんだ人力車と顔はめ。
 まず初めに桂春菜が「みょうばん丁稚」を。続いて桂きん太郎、桂三馬枝が創作落語。笑福亭三喬が「花色木綿」を演じる。ここでは、オチへとつなげる部分で横山たかし・ひろしの物まねを組み合わせたが、このネタと自然に組み合わさっていた。そして桂米輔の「佐々木裁き」で中入りとなる。

 中入り後には繁昌亭こけらおとしの口上が披露され、桂きん枝が特別出演した。

 ひざは笑福亭仁智の創作落語。そしてトリは露の五郎兵衛の「浮世床」。話のところどころに艶笑を織り込まれ、客席は思わずにやりとする笑いに包まれた。

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大阪天満宮(大阪市北区天神橋) 平成18年9月23日

 天満天神繁昌亭のこけらおとし公演を見るために、大阪天満宮へと向かう。繁昌亭は天満宮のすぐ隣に建っているからだ。
 大阪天満宮へはかなり久しぶりに尋ねることになるので、地下鉄堺筋線「南森町」駅で降りた方が近いのだが、あえてJR環状線「天満」駅から天神橋筋商店街を散歩がてらに1㎞ほど歩いて向かうことにした。

 繁昌亭には10時15分ごろに到着。公演は11時30分なので初めに天満宮をお参りする。
 祭神は菅原道真(天満大自在天神)。本地仏は十一面観音
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神門
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本殿

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本殿東側にある登竜門。屋根の部分に瀧昇りをする鯉が彫られている。

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大将軍社
大将軍神は陰陽道での方位神のひとつ。大阪天満宮はこの大将軍社の森に道真を祭ったのが始まり。

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十二社
吉備真備、早良親王、橘逸勢などの御霊が祭られている。道真も御霊であり、天神信仰はこの御霊を鎮める祭りであった。御霊(ごりょう)とは「おんりょう(御霊)」であり、それは「怨霊(おんりょう)」である。

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霊符社
天之御中主神が祭られているが、おそらく元は妙見社であろう。妙見大菩薩は北極星であり、道教の鎮宅霊符尊神と同一視された。この社名もその名残と思われる。
しかし、神仏分離により妙見大菩薩やを祭る神社は、ことごとく天之御中主神に祭神が変更された。それ以前はこの神に対する信仰はほとんど無かったが、江戸期の国学者の説で宇宙の中心的神と位置づけられたからだ。

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白米稲荷神社とその奥宮

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大阪天満宮納経朱印

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寺町(三重県伊賀市上野寺町) 平成18年9月17日

 寺町には7つの寺院が軒を並べている。それぞれのお寺に足を運び礼拝。

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寺町の通り
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上行寺(日蓮宗)
上野藩主、藤堂家の菩提寺

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妙典寺(本門仏立宗)

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妙昌寺(日蓮宗)
鬼子母神堂がある

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善福寺(真言宗)

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萬福寺(真言宗)

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念仏寺(浄土宗)

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大超寺(浄土宗)

 ぶらぶら歩いているうちに雨も降り出したのと、かなりお腹が減ってきたので、昼飯にすることにした。
 寺町から東にさらに歩くと、「すき焼きの金谷」という伊賀肉屋がある。当初は少し奮発して、ここで食べることを予定していたのだが、昼飯時とあってかなりの混雑。家族連れやグループ客も多く、また外観も老舗の風格を出していて、一人旅ではこの手の店は尻込みしてしまう。人がとぎれる様子もないので予定を変更する。

 口の中はもう肉を、それもすき焼きを食べる気でいっぱいなので、ほかのものは食べる気がしない。もう一軒めどを付けていた「すき焼きの伊蔵」を目指して、反対方向の上野市駅側に向かって歩く。
 それでも少し時間をずらした方がいいだろうと、雨の中にもかかわらず、町中をぶらぶらと歩く。

その途中でこんなものを見つけた。
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最近の忍者は電動スクーターで探索するようだ

 もうそろそろいいころだろうと思い伊蔵に向かった。丁度客もとぎれた時間帯だったので、ゆったりと座敷に座る。しばらく待っていると見事な霜降り肉が登場。口の中に入れると思わず「ウ~ン」と声が出てしまう。おかげで写真を撮るのを忘れてしまった。
 いっしょに出された肉のしぐれ煮がおいしかったので、お土産に購入。1階は肉屋にもなっている。

 お腹もいっぱいになると、なんだかぼ~っとしてきた。温泉にでも入りたい気分になったので、車で「やぶっちゃの湯」に向かう。
 お湯は少し白く濁ったぬるめの湯。飲んでみると炭酸を含んでいるようだった。ゆっくり漬かっているうちに、ウトウトと居眠りを何度もしてしまった。休憩室で一眠りしてから帰ることにする。

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お土産に買った、手裏剣かたやきとしぐれ煮

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上野天神宮(三重県伊賀市上野) 平成18年9月17日

 近鉄上野市駅前から東に向かって路地をしばらく歩くと、上野天神宮へと着く。
 正式名称は菅原神社で、祭神は菅原道真(天満大自在天神)。石柱には学門と牛馬の守護神と書かれていた。
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鳥居と楼門

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松尾神社。芭蕉翁は『貝おほひ』を当社に奉納している。

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鐘楼 

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拝殿。本殿には九社神社も相殿に祭られている。

 もともとは平楽寺の鎮守であったが、天正9年に現在地に移ったという。拝殿もどことなく寺院を思わせる造り。

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上野天神宮納経朱印



関係ないが、境内に張ってあった祭りのポスター
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この世界にも「萌え」は来たか

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上野城・忍者博物館(三重県伊賀市上野) 平成18年9月17日

 せっかく伊賀まで来たのだから、忍者は避けては通れまいと思い上野城へと向かう。駐車場近くのチケット売り場で上野城・伊賀流忍術博物館。だんじり会館の共通券を購入。子ども連れの家族客が多い。

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上野城の石垣。高さ30mと日本最大級だという。
 ただし、実際は江戸期の上野城には天守は存在していなかった。天守を再建する前に武家諸法度で築城が禁止され、それ以前に天主そのものを必要としない時代になっていたからだ。
 現在の天主は昭和10年に地元政治家、川崎克が私財を投じて建てた模擬天守。当時、川崎克の銅像を建てる計画があったのを、本人が辞退しそれよりも上野城を復興すべきと立ち上げたものだという。

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上野城天主
 
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俳聖堂。昭和17年に芭蕉生誕300年を記念して公園内に建てられた。笠を被った姿をイメージした建物で、中には伊賀焼の芭蕉翁桃青像が安置されている。

 次に伊賀流忍者博物館へ向かう。入り口には行列ができていた。一定人数がそろうとガイドが屋敷内の仕掛けを説明してくれる。

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忍者屋敷外観

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どんでん返しと地下道に通じる仏壇

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隠し部屋に通じる床の間と、見張りをする忍者

 小さいころ、この忍者屋敷にすごく憧れていて、大人になったらこんな仕掛を施した家を建てるんだと考えていた。実際、建てたら使い勝手悪いだろうな。
 さらには忍者道具や衣装などを展示する資料館へと続く。手裏剣やくない、かすがい、忍者刀などが並んでいた。そこでお馴染みの水蜘蛛もあった。水を歩く道具ではないことは知っていたので、実用不可の道具だと思っていたが、泥が堆積した沼地や湿地を歩く道具であることを初めて知った。いうなれば雪上を歩く「がんじき」のようなものだ。

 さて、忍者屋敷でつくづく不思議に思っていたのは、なぜこんなにも仕掛けをする必要があるのかということだ。忍者は忍者であることがばれないようにするのが基本条件。しかし、こんなにも仕掛けがあるというのは、ばれているということが前提になっているようだ。その点が不思議だったのだが、実はこの屋敷、伊賀者が火薬を調合するための屋敷だったのだ。
 伊賀者といってもすべてが隠密活動をするわけではない。火薬などの武器開発も重要任務。当然にその製法を盗み取ろうとする者も出てくる。それを防ぐための仕掛けだったのだ。

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公園内の稲荷社

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敢国神社(三重県伊賀市) 平成18年9月17日

 大津から国道422号線を通り、甲賀・信楽を抜けて、敢国神社へ到着。伊賀国一宮で南宮山の麓に建つ。
 参道入り口には芭蕉翁の句碑がある。
「手は奈(な)かむ おと左(さ)へ梅乃(の) 尓本(にほ)ひか那(な) 波せ布(はせふ)」


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鳥居
 祭神は孝元天皇の長子で、四道将軍の一人である大彦命で、伊賀氏の祖神。さらに秦氏が南宮山より少彦名命を勧請する。そして南宮山には美濃国の南宮神社より金山媛命を勧請して祭祀していたが、その後に本社に合祀され、以上三柱の神が祭られている。
 本地仏は十一面観音

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拝殿は長床のようだ。修験の影響だろうか。

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子授けの御利益があるという桃太郎岩。いわゆる陰陽石。

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市杵島姫社

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むすび社

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大石社

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敢国神社納経朱印

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多度大社(三重県桑名市多度町) 平成18年9月4日

 東名阪の桑名東ICを下りてしばらく走ると、今回の旅の最終目的地である多度大社の、巨大な鳥居が見えてきた。
 多度大社は多度山を神体山とする神社で、『延喜式』では名神大社に列せられ、また伊勢国二宮ともされる。天平宝宇7年(763)には満願禅師により日本で3番目に古い神宮寺が建立され、「多度大菩薩」と号するなど、いち早い神仏習合の例とされる。
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境内入り口の茅葺き屋根の建物。かつての社家屋敷か?

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5月4、6日の多度祭りでは石段左側の坂を人馬共に駆け上る。

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神馬舎。多度祭りのほか、11月には流鏑馬が行われるなど、この神社は馬とのかかわりが深い。

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神楽殿。ここからしばらく山道を登る。

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本宮の多度神社。祭神は天津彦根命。その脇には川が流れている。

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別宮の一目連神社。祭神は天目一箇命。両社の間にも、水はほとんど流れていないが、滝があった。

 天目一箇命は製鉄の神とされ、また風雨をつかさどるともいう。紀伊山中には「一本だたら」という妖怪がいると伝わるが、これも一つ目とされ、たたら製鉄とのかかわりが指摘されている。山の神が一つ目という伝承は各地にもあり、いずれも鍛冶・製鉄とのつながりがあるようだが、この神とも因果関係があるのだろうか。
 また風雨をつかさどる点も、もとは荒ぶる山神だったのだろう。伊勢湾は台風が多い地域でもあり、また多度山は雨乞い信仰でもある。渦巻く風に「一つ目」をイメージしたのかもしれない。
 多度山から流れる川を見ると古代の息吹が感じ取れる。

 神社の参拝を終えて近くを歩いていると、観音堂があったので参拝する。このお堂は伊勢西国霊場の三十三番札所でもあった。多度神宮寺との関係もあるようだ。
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本尊は十一面観音と千手観音。

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多度大社納経朱印

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椿大神社(三重県鈴鹿市山本町) 平成18年9月4日

 鈴鹿市の郊外を走っていると、一面に茶畑が広がっていた。伊勢地方は茶所でもある。
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 椿大神社(つばきおおがみやしろ)は鈴鹿山系に建ち入道嶽を神体山とする神社で、猿田彦大神の総本宮とされる。伊勢国の一宮。
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木立に囲まれた参道。

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御船磐座は猿田彦大神、天津彦火瓊瓊杵尊、栲幡千千比賣尊が降臨した場所とされる。

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土公神陵。後方の古墳は猿田彦大神の御陵。

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本殿では神職が声高々に祝詞を唱えていた。祭神は猿田彦大神で、相殿に天津彦火瓊瓊杵尊、栲幡千千比賣尊を祭る。猿田彦大神は天孫降臨では先導を担った神で、鼻の高い異形の神とされる。各地の祭礼で、天狗が行列の先陣を進むことがよくあるが、あれは厳密には天狗ではなく猿田彦大神。

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別宮の椿岸神社。祭神の天之宇受女命は猿田彦大神の妻神であり、天の岩戸では裸踊りを披露した神。お多福のモデルでもある。

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行満堂。猿田彦大神の末裔で、役行者を導いたという行満大明神を祭る。また旧神宮寺に縁のある大日如来・十一面観音・薬師如来・阿弥陀如来・不動尊・聖徳太子の尊像や関係物故者の霊璽も祭られている。神具とともに磬子や香炉、経典が置かれていた。

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延命地蔵堂。その隣に石塔群が祭られていたが、これも旧神宮寺と関係があるのだろうか。

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椿大神社納経朱印

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都波岐奈加等神社(三重県鈴鹿市一ノ宮町) 平成18年9月4日

 都波岐奈加等(つばきなかと)神社という名前だがは、伊勢国一宮とされるのは都波岐神社で、後世に奈加等神社と合祀したので、このような社名となった。
 一宮とはいうものの、町中にある普通の神社という雰囲気が漂う。
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鳥居の横には大きな木が立っていた。

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拝殿は鉄筋コンクリート製。
祭神は都波岐神社は猿田彦大神、
奈加等神社は中筒之男命、天椹野命。

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都波岐神社納経朱印

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専修寺(三重県津市一身田町) 平成18年9月4日

 旅の最終日。まずは朝風呂を浴びて体調を整える… つもりが、ついつい気持ちよくて長湯をしてしまった。このことが後から堪えることになる。

 一身田町の由来は、奈良・平安期に功績のあった者に一代限りの田を与えたという「別勅賜田(べっちょくしでん)」のうちの「一身田」に依るという。後に下野国高田の専修寺の別院がこの地に建立され、高田門徒といわれる真宗教団が誕生する。
 現在でこそ浄土真宗といえば東西本願寺だが、蓮如以前は高田門徒の系統が真宗の中心勢力でもあった。

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門前の寺町
専修寺は真宗高田派の本山で、親鸞聖人が善光寺より迎えた一光三尊阿弥陀如来を下野国(栃木県)高田の安置し専修寺と号して、高弟の真仏上人が堂守となった。後に北陸・東海地方での布教の拠点として、第10世真慧上人が無量寿院を当地に建立し、その後に高田門徒の中心的寺院となったので、高田派の本山となった。

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唐門

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山門

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見真大師(親鸞聖人)を祭る御影堂は、725畳の巨大なお堂だが残念ながら工事中だった。

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如来堂には阿弥陀如来が祭られる。御影堂よりも一回りほど小さい。堂内は金箔で飾られていた。

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御廟。後方に分骨された親鸞聖人の墓が建つ。

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専修寺納経朱印



 参拝中、もの凄くのどが渇いて何度も水を飲む。初めは気温のせいかと思ったが、考えてみれば長湯をしたの原因だろう。旅先では後のことを考えた行動を執らねばならないと、しきりに反省する。

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神宮・皇大神宮:内宮(三重県伊勢市宇治館町) 平成18年9月3日

 内宮前の道路はかなり渋滞していた。多くの参詣者は外宮にはお参りせず、内宮のみで済ませるのだろうが、片参りにも程があるだろう。この半分の参詣者が外宮にも足を伸ばせばと思いつつ、静かな雰囲気が崩れるのもどうしたものかと思う。
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宇治橋と五十鈴川

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五十鈴川の御手洗場。この日は水量がかなり多かった。かつてはこの川で実際に禊ぎを行ってから参詣していた。

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神宮の境内。人は多いが森に包まれていて、静かな空気が漂う。

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正宮は正面からの撮影が禁止されているので、石段下から撮る。祭神は天照坐皇大御神。何度お参りに来ても、背筋が伸びる思いがする。

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別宮の荒祭宮(あらまつりのみや)は天照大御神荒御魂を祭る。

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別宮の風日祈宮(かざひのみや)は級長津彦命、級長戸辺命を祭る。


 ことさら多く語るよりも、神宮の雰囲気は足を運ぶのに限る。それは西行法師の歌が端的に示しているだろう。

「何ごとのおはしますかは知らねども かたじかなさに涙こぼるる」

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境内を遊ぶ鶏

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内宮納経朱印



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神宮門前は多くの人で賑わい、「お伊勢参り」の雰囲気が大いに感じられる。おかげ横丁でお土産に伊勢たくあんを購入。

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赤福本店前で夏季限定の赤福氷を食べる。
店内はたくさんの人でごった返していた。定番の赤福もお土産に購入する。

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この氷の中に赤福が隠されている。

 太閤出世餅の本店でもお茶をする。せっかくのダイエットが無駄になりそうな勢いだ。久しぶりに食べたがやっぱりうまい。赤福に比べたら知名度は低いが、もっと全国に名が知れ渡ってもいいのにと思う。当然、お土産に購入。
 お茶屋で伊勢の抹茶も購入した。


本日の宿は津市郊外の磨洞温泉涼風荘。
温泉はぬるめのお湯なのでゆっくりと一時間近く漬かり、疲れを取る。
夕食はこの旅館名物の洞窟料理。この土地はかつて磨き砂の採掘場で、その採掘抗跡を利用している。
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神宮・豊受大神宮:外宮(三重県伊勢市豊川町) 平成18年9月3日

 普通、伊勢神宮と呼ぶが、正式名称は「神宮」。そのうち豊受大神宮を外宮。皇大神宮を内宮と呼ぶ。
 外宮は内宮の御饌神(食べ物の神)として祭られた社。
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一の鳥居

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正宮。祭神は豊受大御神。

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三つ石。式年遷宮の際にのみ、この石に祓いの祭具を置くという。

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別宮の多賀宮は豊受大御神荒御魂を祭る。

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土宮は大土御祖神が祭神。

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級長津彦命、級長戸辺命を祭る風宮は工事中だった。

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神馬舎

 内宮の御饌神という立場であったため、外宮は内宮に対して地位が低かったが、内宮を胎蔵曼荼羅、外宮を金剛界曼荼羅とする両部神道の教義は、外宮側は歓迎すべき内容だった。この思想が中世期に形成され、内宮・外宮を同格とする考えが生まれる。伊勢信仰と仏教とのかかわりは、意外にも根が深い。


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外宮納経朱印

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欣浄寺(三重県伊勢市一之木)平成18年9月3日

 近鉄伊勢市駅の近くに建つ浄土宗のお寺で、山号は厭離山で本尊は阿弥陀如来。法然上人二十五番霊場の第十二番でもある。
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 このお寺には、「日輪の名号」と「法然上人満月の像」が祭られている。
 法然上人が念仏弘通のために伊勢神宮に参籠したところ、「南無阿弥陀仏」と書かれた日輪が現れ、神仏不二の姿として写し取り外宮へ奉納したという。後に外宮が兵火に焼かれたが、幸いにも無事だったため欣浄寺に納めたという。
 また、法然上人が讃岐流罪の折に伊勢参宮を願い、代わりに自身の像を伊勢へ納めようとしたが、故あって大坂にとどまっていた。400年後に霊夢により当寺に納められ、またその日に月光が差したという。

 ご住職の奥さんの話によると、元は外宮と内宮の間の山上に建っていたが、廃仏毀釈で破壊されたので現在地に再建されたという。神宮を見下ろすような位置にあったことも、破壊された原因ではと語られた。

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欣浄寺納経朱印

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天の岩戸(志摩市磯部町恵利原) 平成18年9月3日

 県道伊勢磯部線を通り伊勢市を目指す。途中、神路ダムの脇を車を走らせると「天の岩戸」の看板が見えるので立ち寄ることにする。ここの湧き水は、「恵利原の水穴」として名水百選にも指定されている。
 ダム湖に沿って細い道を走ると広い駐車場に着く。小川に沿った杉木立に囲まれた歩道を歩くと、涼しい風が気持ちいい。ここにいたる道は御木本幸吉が整備したという。

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小さな滝のそばには、不動尊などの祠が点在する。滝行を修する人もいるのだろうか。

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水穴からは止めどなく水が湧き出ている。穴の大きさは大人がやっと入り込めるほどの大きさ。水神を礼拝後に水を頂く。この地は『日本書紀』でお馴染みの天の岩戸伝承があるようだが、神さびた雰囲気と水の音に心が落ちつく。

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水穴の上段にある祠

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伊雑宮(三重県志摩市磯部町) 平成18年9月2日

 伊雑宮(いざわのみや)は皇大神宮(内宮)の別宮であり、神宮の遙宮(とおのみや)でもある。志摩国一宮。
 田畑と宅地という典型的な郊外の景色に、こんもりと森に包まれた空間があるという雰囲気の社頭だった。

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“鎮守の森”の空気が漂う。

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樹齢約400年の根上がりの楠。

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正宮。祭神は天照大御神御魂。

 一宮が複数存在する国があるが、そもそも「一宮」とは律令体制の時代に国司が赴任した際に巡拝した神社の順番に基づく。だから、明確な制度ではなく、その時々の神社の勢力に依るなど自然発生的なものであるのが大きな理由。
 また『延喜式』などに記載される神社が、大半が国郡と社名しか記載されていない。そのため、記録にのこる一宮と称する神社が、『延喜式』記載の神社に該当することは分かっても、その神社が実際にはどこを差しているのか分からない場合がある。志摩や伊勢の一宮はその例である。

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伊雑宮納経朱印



 今夜の宿は志摩和荘。料理は少し奮発して伊勢エビとアワビをリクエストした。
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桧扇貝の蒸し焼きに伊勢エビの具足煮。アワビのステーキ。
小さなアワビしか採れなかったからと、2つにサービスしてくれた。

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伊射波神社(三重県鳥羽市安楽島町) 平成18年9月2日

 伊射波(いざわ)神社は志摩国一宮だが、建立地はかなり辺鄙なところにある。近くまでは車では行くことができないので、1.5㎞程歩くことになる。
 公民館近くの満留山神社前に車を止める。ここからは歩きになるが、まず初めに満留山神社に参拝する。

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満留山神社

 海水浴場近くの民宿の前を抜けて道を歩く。途中で二人連れの女性と挨拶をしたが、伊射波神社からの帰りのようだ。

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参道と言うよりも農道と言った方がふさわしい道。しばらくすると海が見える。

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一旦、道を下って、海に面した一の鳥居からお参りする。

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山道の参道

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神社には20分ほどで到着した。祭神は多紀理比売命、伊佐波登美命、玉柱屋姫命、狭依姫命。
初めはこの神社にお参りしようかしまいか迷ったが、やっぱり参拝して良かった。見知らぬ土地の山道や農道を歩いて寺社に参詣すると、四国遍路をした当時を思い出す。
森に囲まれた何もない神社だが、神奈備とはこのような土地をいうのだろう。

 参拝後、町内の宮司宅に寄って納経朱印を求めたが、残念ながらお留守だった。朱印料や郵送代などを添えて郵便受けにメモを残した。後日、一枚紙し押された朱印が由来書きとともに送付された。
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伊射波神社納経朱印

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二見興玉神社(三重県伊勢市二見町) 平成18年9月2日

 定番かもしれないがやっぱり鳥羽に来れば二見浦に立ち寄らないことはないだろう。10年前は夕方に参詣し、その夕日の美しさに感動したが、今回は澄み切った青空の下でのお参りとなった。
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海沿いの参道。あちこちに蛙の像が置いてある。蛙は神の使いだとされる。

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手水舎にあった願掛け蛙。

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祭神は猿田彦大神、宇迦御魂大神。元々は大江寺の鎮守社であり、伊勢参宮の前には当地で潮垢離をするのが習わしという。

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有名な夫婦岩。しかしこの岩は神体ではなく、この沖合に海中にあるという「輿玉神石」を拝むための神門とされる。
よく、初日の出がこの岩の間から昇るシーンを想像するが、実際は岩の間から日の出があるのは夏至の前後。

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竜宮社

 伊勢の地は皇祖神としての「天照大神」のイメージが先行するが、二見浦に立つと、それ以前の太陽神、農耕神としての「アマテラスオオミカミ」を見ることができる。
 海の彼方は幸いをもたらす「常世の国」であり、祖霊の集う「他界」でもある。海の彼方より昇る太陽が人々に恵みをもたらし、そして再び他界へと帰る。まさに生命の循環であり、この紀伊半島はもう一つの他界である、山の信仰も盛んである。

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二見興玉神社納経朱印

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金剛証寺(三重県伊勢市朝熊町) 平成18年9月2日

「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片まいり」と歌われた、朝熊(あさま)山金剛証寺。神宮の奥之院とも、日本三大虚空蔵菩薩とも呼ばれるお寺。
 伊勢志摩スカイラインを登ってお参りする。
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仁王門

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大師堂(左)と観音堂。弘法大師が中興したと伝えられ、元は真言宗だったが現在は臨済宗。

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睡蓮池の向こうに建つ書院。

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雨宝童子社。雨宝童子は弘法大師が感得した天照大神16歳の姿といわれる神で、中世に隆盛した。宝棒と宝珠を持ち、頭頂に五輪塔を載せた姿をしている。

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本堂。拝観料を納めて内陣へ参拝。池田輝政の再建で、金箔で飾られた豪華な飾り。本尊は虚空蔵菩薩で両脇には雨宝童子と明星天子を配する。本尊厨子裏には天照大神を祭る。

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明星天子堂。眼病への御利益がある。


 ここから奥之院へと向かう。この地方では死者の遺骨の一部を朝熊山に納める風習があった。現在、奥之院へ至る参道には大量の卒塔婆が林立し、祖霊の集う山を実感させる。
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卒塔婆に遺品を掛けないように注意書きがあるものの、バックや人形などが掛けられていた。

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通常の板卒塔婆もある。

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奥之院の呑海院。本尊は地蔵菩薩。

 胃腸薬の万金丹を購入する。朝熊山の万金丹意外にも立山の反魂丹、大峰や当麻寺、高野山、石鎚山の陀羅尼助、木曽御岳の神薬など、山岳仏教や修験の山々では医薬品とのかかわりが深い。

 この後、国宝の経筒などを有する宝物館を拝見。

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スカイライン山頂の展望台からの風景。
なお、虚空蔵菩薩の真言「ノウ ボゥ アキャシャ キャラバヤ オン アリキャ マリボリ ソワカ」を百万遍唱えるという「虚空蔵求聞持法」がある。若き空海が出家を決意するきっかけともなった修法だが、虚空蔵菩薩は明星を尊格化した仏でもあるので、周囲が開けた場所で行うことが要求される。朝熊山もそんな修行地だったのだろう。

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関の地蔵院(三重県亀山市関町) 平成18年9月2日

 国道1号線を走り東海道関宿に通りかかった。そこで関の地蔵院に立ち寄ることにする。

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門前は宿場町が再現されている。
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山号は九関山で真言宗御室派。本尊は地蔵菩薩で優しいまなざしの座像。堂内は格天井に絵が描かれていた。
 
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優婆(うば)堂。堂内には三途の川の奪衣婆が祭られている。
鹿の像に何か意味があるのか尋ねてみたが、よく分からないとのことだった。

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地蔵院納経朱印

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Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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