裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2006-10

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白浜温泉(和歌山県白浜町) 平成18年10月29日

 日も開けない3時に目が覚めた。普段ならしばらくすれば再び夢の中だが、この日はなぜだか知らないが寝付けない。寝ようとすればするほど目がさえてくる。そこでかなり早いが朝風呂に入ることにした。お湯の中でゆったりとすると段々眠たくなってくる。それからもう一度布団に入ると、そのまま意識を失う。結局、朝食を知らせる電話が鳴った8時まで寝てしまった。
 宿を出るとバスに乗って三段壁に向かう。昨日の雨が嘘のようで汗ばむぐらいの天気となった。到着してみると観光客は結構多い。さすがに絶景だとは思うがスピーカーから流れる音楽がうるさい。養老の滝でも同じような経験をしたが、観光地で安っぽい音楽を流すことに、どれほどの意味があるのだろうか。それとも「音楽を流せ!」と毎日100件を超える要求でもあるのか。まぁ無いだろう。どうもスピーカーから音楽を流す観光施設を見ると、時代から取り残されている感がいなめないのだが。
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三段壁

 さて、何はともあれ洞窟の見学とエレベーターに乗って地下36mまで下りる。押し寄せる波は迫力があり、この波の力によってこれだけの洞窟が作られたのだから、やっぱり自然の力は凄いものだ。もっとも、ここは鉛鉱脈があったのでその鉱坑跡でもある。とはいえ、こんな場所に坑を掘った昔の人もエライ。
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洞内に祀られる弁才天。十六童子と大黒天、毘沙門天が併せ祀られている。縁起書を見ると海上安全と自殺者の慰霊のために、「五条の本山」より勧請した弁才天とあった。「五条の本山」というの弁天宗のことだろう。そういえば幟に書かれた桔梗紋も弁天宗のものだ。

 小学校の時、この洞窟は怖い思い出しかなかった。というのは当時、「あなたの知らない世界」だったか怪奇特集番組でここが取り上げられ、自殺者の亡霊が招く地と紹介されたからだ。その番組を見た後でここに来たものだから、押し寄せる波が死者の招きのように思えガクブルしたものだ。そんな無邪気な時代もあったのに…時の流れは無情だなぁ。
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自殺防止の看板も立つ絶壁。自分が崖際に立つのはさほど怖くなかったが、ほかの人が崖に近づく姿を見ると足がすくむのはナゼだろう。

 次に千畳敷へ向かうが、ちょうどいいバスの時間はなかったが、距離それほどたいしたことないので歩いて行くことにした。
 千畳敷の岩の質は砂を押し固めたような軟らかいもの。そのためか至る所に落書きが彫られていた。ハートマークや「○○君、愛してる」などのたぐいも多い。こんな事をするバカップルは今ごろ破局しているだろう 。ケケケケケ(念のために言いますが、やっかみではありませんから。念のため…)

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 その次の目的地はの湯だが、そこへ向かうバスも時間がずれている。やっぱり歩くことにした。のんびりと旅するつもりが、なんだかいつものパターンになりつつある気がしてきた。
 の湯は白浜でも一番古い温泉だという。小さな脱衣所と男女をしきる囲いがあるだけで、あとは何もない露天風呂と目の前、というか海のすぐ際に湯船があるので、時折波しぶきが掛かる。温泉に入っているのか海水浴に来たのか、そんな錯覚を覚える雄大なロケーションで、こんなに感動した露天風呂は岡山県の湯原温泉に入ったとき以来だった。
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近くで売っていた温泉玉子

 円月島へ向かおうと思ったが、これまたバスがない。結局、バスセンターまで歩いたら、やっとバスに乗れた。あらためて気付いたのだが白浜は見所が離れている。有馬、城崎はその点で温泉街に見所が集中しているので、歩いて散策するのに向いているが、ここは自動車がないといささか不便だったのだ。「温泉街を散策しながらのんびりと過ごす」という当初の目的だったが、白浜を選択した時点でミスしていた。出鼻のつまずきはそれを象徴する出来事だったのだ。
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白良浜

 円月島を眺めた後に昼食。その後、南方熊楠記念館を見学。周囲は木々で覆われ記念券への道というより、悪の秘密結社のアジトへと向かうようだ。
 館内には熊楠の遺品や遺稿、幼少期に書き写した『和漢三才図会』や『本草綱目』、植物採集帳などのほか、男性器そっくりなキノコの標本などまで展示してある。入り口には熊楠関係の書籍も販売していたが、その中には水木しげる御大による伝記『猫楠』も置いてあった(未読の方は一度お読み下さい)。
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円月島と南方熊楠記念館

 次に再び歩いて白浜美術館と寛喜神社へ。ここは白浜の珍スポットとしてもその筋では有名な場所だが、館内にはチベットやネパールなどの男女結合像を中心とした宗教美術館となっている。
 隣接する歓喜神社は伊邪那岐命・伊邪那美命を祭神とし、夫婦和合や子授けの御利益があるという。岩肌には男女の性器が彫られているが、女性に比べ男性の方は形がはっきりしない。
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白浜美術館と歓喜神社

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本殿の陰陽岩と境内にあった陽物

 やっとのことでタクシーを拾いお土産を買いにとれとれ市場に向かう。その名の通り魚介類を中心とした物産センターで、ごぼう巻きなどを購入。

 さて、何はともあれ出鼻ではくじかれたが、それでも白浜では(当初の「のんびり」とは大きく異なったが)なんとか無事に過ごせたので良しとしよう。そう思いつつ高速バスで帰ることとしたのだが、これまた失敗。渋滞に巻き込まれてしまい50分ほど遅れて梅田に到着。今回の旅は「白浜オクレ旅」と名付けることにした。古人曰く「二度あることは三度ある」とはよくいったものだ…とここで終わるべきなのでしょうが、京都へ向かう快速電車でつい寝過ごししまい、目が覚めたら大津。
 まさに今回の旅を締めくくるオチでした。

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45万円のクエ
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白浜温泉(和歌山県白浜町) 平成18年10月28日

 考えてみれば「突撃巡礼隊」といえば、限られた時間内にどれだけたくさんの目的地を巡ることができるかといった慌ただしい行程ばかり。たまには一ヶ所に腰を据えて、それも温泉地でのんびりとする旅もいいのではないかと思い、先週加賀温泉に行ってきたばかりなのですが今週末も1泊2日の温泉旅行を思い立ちました。
 とはいっても28日土曜日は午前中出勤なので午後からの出発。であれば京都からあまり遠くには行けない。そうなると候補となるのは有馬、城崎、白浜ぐらい。有馬は5月に行ったばかりだし、城崎は地元に近いからいまいち興味がわかない。そうなると残るは白浜。白浜は20年ほど前に行ったきりでもあるから目的地に決定。早速に宿を手配し、その上仕事が終わっても急げば京都駅12:33発の「オーシャンアロー」に乗ることができると分かり、職場から即駅に向かえるように準備を整えました…と、ここまでは良かったのですが。

 さて、仕事も終わり自転車に乗って大急ぎで駅に向かいました。駅に着いたのは京都行きの普通電車の到着する3分前。なんとか間に合ったと安堵してホームに立ったが、待てども暮らせども電車は来ない。それもそのはず。先行していた特急列車の故障のためダイヤが大幅に狂っていた。やっと来た電車も信号待ちなどで結局、20分遅れで京都駅に到着。当然、乗る予定だったオーシャンアローは出た後。しかし天災や事故でならともかく、故障が原因の遅れならば乗客に対してもっとそれなりのサポートがあるべきでは。車内放送も謝罪の言葉ばかりで、肝心な乗り換えの情報はほとんど流さなかったように思える(もっとも、放送音が不明瞭だったので聞き取れなかったのかもしれないが、それも問題だ)。出鼻がくじかれたことで少しイライラしつつ、新快速で新大阪に向かう。しかし、今回の旅の遅れはこれだけでは済まなかった。

 新大阪駅構内で1時間ほど待って14:03発の「くろしお」に乗る。売店で買ったカツサンドと缶ビールで車内昼食。当初の予定では京都から車窓を眺めつつ駅弁の予定だったのだが…。くろしおを運行する381系は振り子式電車なので車内は大きく揺れる。そのためか酔いもよく回るので、いつのまにかウトウトした。ふと目が覚めると電車は雨空の下、紀ノ川に架かる橋で停車していた。信号待ちかなと思っていたが、これまた走り出さない。すると「踏切で異常が発生したため安全確認を行っています」と放送が流れたものだから、なんだか嫌な予感がした。こういう出だしにケチが付いた旅はこのままだと、ろくな事にならない。験直しを兼ねて心の中で般若心経や観音経をお唱えし、神仏の加護を祈ることにした。

 10分ほどの遅れで白浜に到着。雨は幾分かやんできた。タクシーに乗って本日の宿ホテルシラハマに向かう。その宿だがホテルと冠しているが昔ながらの国民宿舎で、さながら田舎の公民館という雰囲気の古びた宿。もっとも設備は古いが掃除も行き届いているのでさほど気にならないし、宿泊代も安いので文句は言えない。早速に着替えて温泉に入る。浴室は少し狭いが源泉掛け流しなのがうれしい。お湯は少し濁っていてほんのり塩味がする。温度はぬるめなのでゆっくりと漬かる。

 夕食後は外湯へと向かう。まずは白良浜沿いにある白良湯。内装はレトロっぽい雰囲気で、湯船からは海が眺める。こちらはけっこう熱めの湯なので体がしゃきっとする。湯上がり後に浜辺で浴びる潮風が気持ちいい。
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白良湯
 次に向かったのは松乃湯。こちらは昭和40~50年代の古びた銭湯といった雰囲気で、観光客向けというより地元向けの外湯。かなり熱めのお湯だが、こういう熱い湯で長風呂をするという、一番体に悪い入り方が好きなのでうれしいかぎりだ。
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松乃湯
 その後、軽く一杯飲みたいと思い銀座通りへ。大晏という小さな寿司屋でビールと盛り合わせ、締めにエビの踊りを食う。値段も安い。もう少しブラブラしていたいが、国民宿舎の門限が10時までと決められている。宿に戻って布団でゴロゴロしているといつのまにか睡魔に襲われた。途中で目を覚まし、あらためて寝る体制に入る。
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銀座通りにあった足湯。飲み食いもできるようになっている。

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芦原温泉(福井県あわら市) 平成18年10月23日

 今回の旅の目的もすべて終わり、後は帰るだけとなったのだが、時間はまだ1時過ぎ。このまま直帰するのも惜しい気がする。
 そこで芦原温泉にも立ち寄って疲れを取ることにした。車を走らせていると雨が降り出してきた。

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セントピアあわら
芦原の湯は無色透明なお湯で少し熱め。
風呂上がりに施設内の展示を見ていると、明治時代に潅漑井戸を掘っている最中に、お湯が沸いたという。

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地図を見ると、近くの公園に薬師神社があるというので参拝する。行ってみると、確かに神社風の造りだったが、名称は薬師堂とあった。
 もともとは薬師如来を祀る王子堂があったが、神社合祀令により、薬師神社と改称して近くの春日神社に移されたが、温泉発掘後に守護尊として新たに薬師如来を勧請したお堂とあった。

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別の場所にある薬師神社。祭神は少名彦尊。


 この後、少し早めの晩飯として福井市内でカツ丼を食べる。普通のカツ丼ではなく、ウスターソースに漬けた、薄切りのトンカツ3枚が載ったソースカツ丼。いかにもB級な味でウマイ。白米とウスターソースってどうしてこんなに相性がいいのだろう。

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東尋坊(福井県坂井市) 平成18年10月23日

 東尋坊の名は先にも記したが、平泉寺東尋坊にいた荒法師が投げ込まれたことによる。
 ここも有名な観光地なので、あれこれ書く必要もないだろう。
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近づくたびに足がすくみそうになる。

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安島方面

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自殺をとどめる立て札がもの悲しい


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お昼に食べた海鮮丼。
人間、自殺したらこんなうまいものも食えなくなる。

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吉崎御坊(福井県あわら市) 平成18年10月23日

 北陸門徒といわれ、また一向一揆の例など、この北陸地方は浄土真宗が篤く信仰されている。この北陸において信仰を拡大したのが蓮如(諡号:慧灯大師)布教の中心地であったのが吉崎。小高い丘の周囲には東西本願寺別院などが甍を並べている。

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吉崎御坊跡へと続く参道。
 東西別院に挟まれた細い石段を登っていくと、「嫁脅しの肉付き面」で有名な願慶寺に着く。ごく小さなお寺だが、次々と団参者が訪れ面の縁起に耳を傾け、堂内には笑い声が響いていた。

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山門と本堂
吉崎では現存最古の寺で真宗大谷派、本尊は阿弥陀如来。

 ここからさらに丘を登ると、吉崎御坊跡へとたどり着く。現在は寺はなく、松林と苔むした広い公園になっている。
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御坊跡と高村光雲作蓮如上人像、蓮如上人腰掛け石

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北潟湖を望む


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東別院の山門と本堂
真宗大谷派の別院で、本尊は阿弥陀如来。本堂横の会館には御影道中(東本願寺から蓮如御影を輿に乗せて、吉崎まで練り歩く行事)の写真や、蓮如伝説の解説などが置かれていた。

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太鼓楼
御影が到着すると太鼓を鳴らすという。中は宝物館にもなっている。


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西別院の本堂と蓮如を祀る中宗堂、念力門
浄土真宗本願寺派(西本願寺)の別院で、本尊は阿弥陀如来。宝物館には嫁脅しの等身大ジオラマや吉崎の七不思議などが展示されていた。

 この吉崎に来て感じたことは、現在の浄土真宗では無縁とされがちな土臭い民俗信仰的な蓮如信仰だった。嫁脅しの面なども一種の奇跡譚であり、北陸だから蓮如だけれども、これが四国なら弘法大師の伝説になるだろうなと思わせる、そんな素朴な信仰だ。

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願慶寺・東別院・西別院、それぞれの納経朱印
浄土真宗では納経朱印を行わない寺院がほとんどだが、吉崎では行っていた。これも吉崎という信仰の地ならではなのだろうか。


丘の下に祀られていた観音菩薩と石仏群
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伝承では付近の漁師が海上安全を願って観音を建立しようとしたところ、夢に蓮如の母が現れ「石山寺の観音を祀れ」とお告げがあった。蓮如の母は石山寺の如意輪観音の化身でもあるので、吉崎にはふさわしいとして祀られたという。

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北潟湖

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菅生石部神社(石川県加賀市)平成18年10月23日

 考えてみれば今回は「白山信仰」を巡る旅でもあった。にもかかわらず、白山そのもののお姿は直接拝することはできなかった。
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遙か向こうの主峰御前峰を幻視しつつ、別れを告げる。

 さて、次の目的地である菅生石部(すごういそべ)神社は、用明天皇によって建立された古社で、加賀国二宮とされる。
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正面鳥居
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随神門と拝殿
 祭神は菅生石部神(日子穂穂出見尊・豊玉毘賣尊・鵜葺草葺不含尊)。拝殿には「御願神事(竹割まつり)」の写真が飾られていた。
 この神事は天武天皇により平時でも乱世を忘れないようにと始まったとされ、氏子が2m近い竹を地面にたたきつけ、大蛇に模した縄を引きずり大聖寺川に投げ込むという。
 鞍馬寺にも竹伐り会式といい、大蛇に見立てた竹を切る、その速さを競う法会があるが、仏教民俗学者の五来重先生は修験者の験力比べ、つまりどれほどの修行をしてきたかを人々に知らしめるための儀式でないかと指摘していた。
 白山修験の影響を考えると、この竹割まつりにも同様の意味があるのだろうか。

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菅生石部神社納経朱印


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神社の近くの民家になにやら、いわくありげな祠があった。少し字が消えかかった看板に「富樫の馬塚」とあった。

『足利時代、遠征帰りの富樫三郎成衡は吹雪によって遭難したが、どこからか餅をくわえて来た愛馬により、飢えをしのぎ一命を取り留めた。
 しかし翌日、当地に来ると馬は一歩も進まなくなったので、腹を立てて切り殺したが、なぜ動かなくなったのか調べてみると、近くの藁屋の主人が馬にかみ殺され、そこには餅が散乱していた。
 成衡は、馬は主人を助けるためとはいえ、人を殺したことに罪を感じて動かなくなったと悟り、塚を築き馬を供養したという』

 なんだか理不尽な話だなぁ

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山中温泉(石川県加賀市) 10月22日

 金沢で俵屋の飴、フグの卵巣のぬか漬けなどあれやこれやと土産物を購入し、今晩の宿である山中温泉へと向かう。
今夜の宿は温泉街から少し離れた所に、神社の横に立つ建つ白雲閣。素朴な民宿風の宿で、気さくで人ばかり。
 宿のすぐ隣には白山神社が建つ。
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そこからしばらく歩くと薬師如来を祀る医王寺が建つ。
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医王寺は高野山真言宗のお寺。参拝後、境内を歩いていると、「あなたはどこから来たのだ」と話しかけてくるおばさんがいた。さらには「私は霊能力があるからここにくるのだ」、「弘法大師様やイエス・キリスト様の声が聞こえる」などと話し掛けてくる。しばらくは「そうですか」と相づちを打ったが、いつまでも話が終わりそうもないので、そこそこで別れの言葉を述べて足早に立ち去った。本当に旅先ではいろいろな人に出会う。


温泉街を抜けてこおろぎ橋へと向かう。

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橋の近くに建つ不動堂。

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こおろぎ橋と鶴仙峡

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総湯。中はとても広い湯船だった。

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夕食後、夕涼みがてらにブラブラ歩いていたら、ぬこたんが足元に寄ってきた。あまりにもかわいかったのでちょっかいを出したら、思いっきり引っかかれた。

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尾山神社(金沢市) 平成18年10月22日

 加賀藩主、前田利家などを祀る尾山神社は金沢城のすぐ近くに建つ。ギヤマンで飾られた異国情緒あふれる神門が特徴的な神社。
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拝殿

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歴代藩主などを祀る金谷神社。

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尾山神社納経朱印

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兼六園・金沢城(金沢市) 平成18年10月22日

 金沢に来て兼六園に立ち寄らない理由もないだろう。また今さらあれこれ書く必要もない場所だろう。

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徽軫灯籠(ことじどうろう)
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当地の噴水は日本最古と伝わる。

 その足で金沢城跡にも進む。最近復興された五十間長屋や菱楼などを見る。
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五十間長屋と菱楼

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大乗寺(金沢市) 平成18年10月22日

 大乗寺の山号は東香山。開山は永平寺三世、徹通義介和尚。この方は四世の瑩山紹瑾(諡号:常済大師)の師匠に当たる。
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大乗寺山門。
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仏殿(本尊;釈迦如来)と法堂(本尊:観世音菩薩)
法堂では信者向けの説法が行われていた。

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大乗寺納経朱印

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白山比神社(石川県白山市) 平成18年10月22日

 白山比(しらやまひめ)神社は加賀国一宮で、加賀側の白山修験の拠点、全国の白山神社の総本宮である。元々は白山山頂の御前峰が本社だが(現在は奥宮)、今の社地は白山七社の内、三宮社に相当する。
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拝殿。祭神は菊理姫神(くくりひめのかみ:白山比神)、伊弉諾尊、伊弉冉尊の三柱。読経を行うが、現在の社地ではかつての修験の臭いはほとんど感じることはない。

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奥宮遙拝所。白山三所、つまり御前峰(妙理大菩薩)、大汝峰(大汝大明神)、別山(別山大行事)の三峰の神々を拝する名所。
ちなみに白山それぞれの祭神と本地仏は次の通り。ただし祭神については現在の説なので、別説もあり

三所大権現…妙理大菩薩(菊理姫神:十一面観音)、大汝大明神(大己貴命:阿弥陀如来)、別山大行事(大山祇命:聖観音)

白山七社
本宮…十一面観音
金剣…倶利伽羅不動
三宮…千手観音
岩根(岩本)…地蔵菩薩
笥笠中宮…如意輪観音
佐羅宮…不動尊
別宮…十一面観音・阿弥陀如来・聖観音

駐車場の近くに河濯尊大権現堂という小さなお堂があった。地元では「カハスソンサマ」と呼ばれる神で、下の病に御利益があるという。
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石像は妙理大菩薩を思わせる姿だが、カハスソンサマという名前にふと気が付いた。私の故郷但馬では、カワスソサマ(川下様)という神が祀られ、特に下の病に御利益があるという。このカハスソンサマも同じ流れを汲む信仰ではないだろうか。 

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白山比神社納経朱印

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少し離れた所に建つ、金剣宮にも参拝する。雪よけのためなのか、拝殿はすっぽりとガラスの覆いに囲まれていた。
祭神は天津彦火瓊瓊杵尊など、本地仏は倶利伽羅不動。この社が当地の地名「鶴来(つるぎ=剣)」の由来となった。

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粟津温泉(石川県小松市) 平成18年10月21日

 粟津温泉に到着したのは5時過ぎ。温泉街を散策しようと思ったが、すっかり暗くなったので先に宿に入ることにする。

 今晩の宿はかたやま緑華苑。この手の温泉地にありながら、一人でも気軽に泊まることができるのがうれしい。
 早速に温泉に入る。無色透明な湯だが、源泉は自家掘りなので、給湯口から直接飲むことができる、新鮮なお湯。ゆっくりと漬かり体中の筋肉をほぐす。
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夕食後、今度は外湯に向かう。外はすっかり肌寒く、お湯とお酒で少しほてった体には幾分か気持ちいい。宿のすぐ隣には、1300年前から開業しているという、ギネス認定の世界最古の宿屋「法師」が建つ。

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総湯。宿のお風呂も良いが、地元の人の集まる外湯もまた違った魅力がある。風呂上がりに温泉卵を一つ買った。

 再び宿に帰り、寝っ転がって文庫本などを読んでいると、少しウトウトとしてきた。このまま寝てしまうのも惜しいので、また風呂に入る。とはいっても、サッと浴びるだけだが。

 翌朝は早く目が覚めたので、まず目覚めに朝風呂の後、昨日果たせなかった散策を行う。まずは温泉守護の大王寺、白山神社への参拝。

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大王寺は高野山真言宗で、本尊は薬師如来。

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大王寺のすぐ隣に建つ白山神社。

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さらに「祈りの小道」と名付けられた遊歩道を歩く。周囲には西国観音の石仏が並び、さらには、粟津温泉を開いた泰澄禅師の銅像へと続く。1300年前に禅師がこの温泉を開いたといい、加賀温泉郷では一番古いのがここだという。般若心経をお唱えした後、振り返ると小松市を望むことができた。

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右に見えるのは小松ドーム

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道の真ん中に立つ黄門杉。加賀藩主で中納言前田利常のお手植えという。ちなみに黄門とは中納言のこと。

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那谷寺(石川県小松市) 10月21日

 来た道を再び戻り、今度は国道364号線を通って小松方面へと進む。晴れ渡った空と、山に囲まれた道は車を走らせていても気持ちいい。
 途中、山中温泉を抜けるが、ここも後日立ち寄る予定の場所だ。

 那谷寺の山号は自生山で高野山真言宗。本尊は千手観世音菩薩。古くは白山の神々の宿るこの地に、泰澄禅師が寺を築いたという。寺号の由来は花山法皇が“西国三十三ヶ所が集っている”として、第一番那智山と第三十三番谷汲山それぞれの山号の頭文字を取り、那谷寺と名付けたという。

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山門と金堂。
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境内にある巨大な岩「奇岩遊仙境」。古代の神々が宿る岩藏を幻視させる。こういう場所はたいてい安全措置のため、柵が張り巡らされるが、ここには全くない。観光地でなく、あくまでも行場なのだろう。

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岩壁に寄り添って建てられた本堂。堂内の一部は岩窟に覆われ、本尊も岩の中に祀られている。その周囲を巡る胎内くぐりも行われる。

まだまだ時期が早かったが、紅葉の季節はさぞ奇麗な境内だろう。

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平泉寺白山神社(福井県勝山市) 平成18年10月21日

 永平寺から小一時間ほど車を走らせて勝山市へと向かう。市内には恐竜の看板が幾つも目につくが、当地は日本一の恐竜発掘現場でもある。
 さて、あの越前大仏の外観だけを眺めながら、目的地の平泉寺白山神社へ車を進める。その田園から、いきなり杉木立に囲まれた小道へと大きく景色は変わる。

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越前大仏外観

 当地は泰澄禅師が白山へ登ろうとした起点であり、白山修験の越前側の拠点がここ平泉寺であった。しかし、神仏分離により寺は廃され白山神社となった。参道にはかつての僧坊跡と思われる遺跡がある。

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東尋坊跡。この坊にいた荒法師が投げ込まれたのが、越前海岸の「東尋坊」。

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現存する平泉寺旧塔頭の顕海寺。
天台宗で本尊は阿弥陀如来。

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一の鳥居から続く参道。杉木立に囲まれ、自然石を利用した緩やかな石段を歩く。周囲は苔むしていて、低地ながらも山の霊気を感じさせる。
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泰澄禅師の廟所。泰澄は「越の大徳」・「鎮護国家法師」とも呼ばれ、白山の主神である妙理大菩薩を感得した行者。元正天皇の治病を祈り「神融禅師」の勅号を賜った。

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泰澄が妙理大菩薩を感得した御手洗池。平泉寺の名の由来の地でもある。

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寺院風の拝殿。

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妙理大権現(伊弉冉尊)を祀る本殿。その左右には越南知(おおなむち)権現(大己貴尊)と別山権現(忍穂耳尊)の祠が建つ。この三神が白山三所大権現。

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泰澄禅師を祀る開山社。

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境内一面は苔に覆い尽くされている。

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平泉寺本坊跡に建つ社務所と、その庭(旧玄徳院庭園)。室町期のもので北陸では現存最古の庭園。

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白山神社納経朱印

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永平寺(福井県永平寺町) 平成18年10月21日

 北陸への旅は先月から予定していたのだが、あれやこれやと雑用が重なり、やっと念願かなっての北陸旅行となった。
 さて、第一の目的地は曹洞宗の大本山永平寺。北陸自動車道福井ICを下りて、山を目指すかのように車を進める。
 しばらくすると土産物屋が建ち並ぶ門前町に着く。いずれも名物のゴマ豆腐や越前そばの字が目に入る。
 そうそう、福井はそば処。麺中毒の私としては気持ちが、やや昼食へと傾き始めていた。

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永平寺正門
 永平寺の山号は吉祥山で、開山は希玄道元(諡号:承陽大師)。物静かな禅寺のイメージをしていたが、観光シーズンとあって拝観者が多く(自分もその一人だが…)、けっこうにぎやかだった。

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 拝観受付を済ますと、まず初めに巨大な会館の一室に集められ、そこで僧侶より永平寺の歴史と参拝の注意事項をなどを受ける。
「寺内には近代的なものもあり、俗っぽく感じるところもあるかもしれません。しかし、ここはあくまでも修行道場です。境内建物はご自由に撮影されても結構ですが、修行僧へは決してカメラを向けないでください」
 確かにその通りだ。

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天上絵が見事な傘松閣。

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修行僧の生活の場である僧堂には、文殊菩薩が祀られる。

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僧堂から仏殿、法堂へと続く回廊。五来重先生の著作に、”最高なものという意味で「高野の料理、禅の掃除」という”とあったが、ニスを塗ったかのごとくピカピカに磨かれた床だった。

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道元和尚を祀る承陽殿。

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阿弥陀仏・釈迦牟尼仏・弥勒仏を祀る仏殿。それぞれ過去・現在・未来の三世を表す。昼時の勤行の最中で、堂内には仏頂尊勝陀羅尼の声が響いていた。
仏殿のさらに上には観世音菩薩を祀る法堂(はっとう)が建つ。堂内では若い修行僧が、法会での所作の練習を繰り返していた。

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仏殿側から山門を眺める。

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永平寺納経朱印



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お昼に食べた名物のおろしそば。

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勝尾寺(大阪府箕面市) 平成18年10月9日

 箕面の滝へと向かう車の列で大渋滞に巻き込まれた。行楽シーズンである程度は覚悟していたが、ここまでとも思わなかった。考えてみれば(考えなくてもそうだけど)3連休の最終日だったんだな。昨日、一昨日と仕事だったのですっかり忘れていた。

 勝尾寺へは10年ぶりになる。改修工事を行っているようで、山門や本堂の朱が真新しい雰囲気がする。境内はそんなに大きく変わってはないはずだが、なんだか昔と変わったような気がするのはなぜだろう。
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仁王門
 勝尾寺(かつおうじ)は山号は応頂山。宗派は高野山真言宗。西国霊場の札所として信仰される。寺号の由来は第6代・行巡座主が玉躰安穏を祈るとその霊験が高く、清和天皇が「王に勝る」として勝王寺と命名したが、寺側が畏れおおいとして「王」を「尾」に差し替えたという。

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表参道と、その脇の池に建つ弁天社

 しばらく石段を登ると達磨が納められた小屋がある。寺号にちなんで必勝祈願がされたもの。また、境内の至る所に小さな達磨が置かれていた。
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祈願達磨

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厄払い荒神堂。
日本最古の三宝荒神とされる。

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奥之院薬師堂

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開山堂。開山は光仁天皇の皇子である
開成法師。当初は弥勒寺と号した。

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弘法大師を祀る大師堂。
お堂の周囲には四国八十八カ所の御砂踏みがある。

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西国二十三番札所の本堂。
本尊は十一面千手観世音菩薩。
御詠歌「重くとも罪には法(のり)の勝尾寺 ほとけを頼む身こそやすけれ」

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不動堂

 本堂から少し歩くと二階堂が建つ。讃岐に流された法然上人(円光大師)が再び京都に戻ることを許されたが、入洛までの4年間は当地で過ごされたという。また念仏三昧のおり、夢に善導大師(支那浄土宗の中興)が現れたという。
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善導大師と法然上人を祀る二階堂。
円光大師二十五番霊場の五番霊場でもある。
御詠歌「柴の戸に明け暮れ掛かる白雲を いつ紫の色に見なさん」

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多宝塔

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勝尾寺納経朱印(本堂・二階堂)

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多田神社(兵庫県川西市) 平成18年10月9日

 多田神社は清和源氏の流れを汲む多田源氏(摂津源氏)ゆかりの地。古くは天台宗寺院で多田院であったが、明治になり多田神社と改称した。
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一の鳥居から猪名川に架かる橋。
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正面南大門とそこに掛けられた「多田大権現」の扁額。
元々は仁王門だった。

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随神門

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拝殿と本殿。
祭神は清和天皇の曾孫である源満仲と頼光、頼信、頼義、義家の五柱。
満仲は多田銀山の開発、多田院開基などにより摂津武士団を堅固なものとし、その後出家した。没後にその霊廟が崇拝されるようになると、多田院と霊廟が同一視され多田大権現として信仰された。そこから当社では「清和源氏発祥の地」と称していた。
 祭神の一つ、源頼光は酒呑童子退治でも有名。立ち入りはできないが、本殿近くには鬼の首洗い池がある。境内には童謡「大江山」の看板が立っていた。

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田尻稲荷神社と厳島神社(弁天社)

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多田院の鎮守社であった六社宮。

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多田神社納経朱印

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花山院菩提寺(兵庫県三田市) 平成18年10月9日

 少し急な山道を登ると花山院菩提寺へと着く。ここは西国観音霊場中興とされる花山法皇が隠遁された地。そのため、西国の番外札所とされる。山号は東光山。宗派は真言宗花山院派。
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本堂の花山法皇殿は西国番外札所である。本尊は十一面観世音菩薩。
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薬師如来を祀る薬師堂。
西国薬師霊場の二十一番札所でもある。山号から考えると元々の本尊は薬師如来だろう。

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花山法皇御廟所。
玉垣に囲まれた石塔と、それを見守るかのように大木が立っている。
ただし宮内庁陵墓ではないので、遺骨や歯・爪などは納められていない供養塔なのだろう。

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鎮守の荒神社

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有馬冨士
御詠歌「有馬富士ふもとの霧は海に似て 波かときけば小野の松風」

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花山院納経朱印(本堂と薬師堂)

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Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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