裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2007-02

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石屋神社(兵庫県淡路市淡路町) 平成19年2月18日

 車をさらに北上させ、明石海峡大蓮のすぐそばの港町、岩屋町へと向かう。もう後は帰る段だが、温泉があることに気付き立ち寄ることにした。

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 国道沿いに長屋のような長い神門のある神社へ参拝する。石屋(いわや)神社といい、この地の産土神だ。神門全体を写そうと思ったが、反対側の海水浴場は工事中で立ち入り禁止なので、不可能だった。
社号:石屋神社


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 祭神は国常立尊・伊弉諾尊・伊弉冉尊の三柱。扁額には「天地大明神」と書かれていたが、これは「てんち」だろうか、「あめつち」と読むのだろうか?

 さて、石屋神社のすぐ近くに「絵島」という侵食岩があるが、そのすぐそばに町立の「岩屋温泉会館」がある。3階建ての建物だがお世辞にもキレイとは言えない。しかし、自分自身としてはこういう温泉の方が味があって好きだ。入り口は2階で入浴料は560円。浴室は3階にある。
 中にはいるとまず普通のお湯の風呂があるが、ここで体を洗ってから入浴となる。なぜならラドン泉なので、温泉浴室は開放厳禁。窓を開けることもできない。しかし、景色は海を眺めることができるので狭苦しさはない。これで海岸が工事中でなければ最高だったろうに。
 風呂上がりは2階の休憩室でしばらく休む。地元の漁師さんがお酒を飲みながら、楽しそうに話をしていた。
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テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

八浄寺(兵庫県淡路市津名町) 平成19年2月18日

 再び洲本市へと戻り、そこから海岸沿いの国道28号線を北上する。淡路市に近づくと、それを知らせる道路標識に金塊のイラスト。それはそうかもしれないが、ほかに名所はないのかいな。

20070220141634.jpg 八浄寺は淡路七福神の大黒天霊場。観光バスが何台も止まり、参拝者でにぎわっている。境内はさほど広くないながらも、朱塗りの瑜祇(ゆぎ)塔がひときわ目立つ。
山号:蓮台山
寺号:八浄寺
宗派:高野山真言宗


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七福神の手から水が流れる手水場
20070220141659.jpg 本尊は阿弥陀如来。堂内には巨大な巾着袋型の賽銭箱が置かれていた。本尊壇の隣には大黒天が祀られている。七福神巡りの団体に面白おかしく法話がなされ、福神の寺らしく笑いが絶えない。
 境内には四国八十八ヶ所のお砂踏みができるお堂もあった。堂内には大石順教尼の生涯を伝えるパネル展示がある。順教尼は舞妓であった17歳当時に両腕を養父によって切断。その後、旅芸人、そして口で筆をくわえて書画を描く。そして出家され、障害者福祉につとめた尼僧。ここの堂内の天井絵は順教尼の意志を継ぐ、身障者によって描かれたものだそうだ。

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花畑から眺めた瑜祇塔。

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八浄寺納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

立川水仙郷(兵庫県洲本市由良町) 平成19年2月18日

 朝日放送の『探偵!ナイトスクープ』には「パラダイスもの」ともいえるシリーズがある。そこで紹介された淡路島のパラダイスが、次に行く立川水仙郷だ。淡路島は水仙の名所だが、それだけにはとどまらない異様な場所だという。

20070220140914.jpg さて再び洲本市に戻り目的地を目指すが、その間に昼食。洲本港近くにある「淡路ごちそう館・御食国(みけつくに)」に入る。大正時代のレンガ工場を利用したレストランだ。淡路牛の陶板焼きセットをオーダー。肉の味も結構だったが、付け合せの玉ねぎが甘くて美味。物産館が併設されているので、玉ねぎ8個入り一袋を購入した。450円なので実に安い。


 食事を済まして再び水仙郷へ。昨日同様、洲本温泉街を抜けて海沿いの県道76号線どんどん南下する。すると…
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いやが上でも高まる怪しい期待。自ら「ナゾのパラダイス」と明言するところがイイ。


 さて、しばらく蛇行した山道を進むと、ナゾのパラダイス「立川水仙郷」に到着。
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 正面ゲートで入園料500円を払うと、チケットとともに水仙まんじゅうをサービスでくれた。ゲート裏側を見ると、妙に乙女チックな絵が描かれている。ここから車1台が通行可能な急坂を下りて、駐車場へと向かうのだが…

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駐車場に立っていた巨大看板。堂々と「チンチン音頭発祥の地」と書かれているw さて、チンチン音頭とは何か!


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 『探偵!ナイトスクープ』・『たけし・さんま世紀末特別番組 世界超偉人500万人伝説』放送記念の石碑が立てられていた。その隣にはもう一つ立っていたのだが、こちらは壊れていた。地震で倒壊したのだろうか? さて「チンチン音頭」とは、もともと「らくがきソング」というのだが、たけしとさんまが番組中で何度も取り上げたので、今の題名になったとか。バージョンは3種類あるようだ。ある親子3人はこの看板を見てお父さんは大笑い。小学生の女の子は「お母さん、これ歌ってみて」と言い、お母さんは「こんなん、歌えへんわ」と言う始末。恐るべし。
 石碑の間にあるのは日本唯一のUFO神社。祭神は不明です。

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背後のトーテムポールも怪しさ全開。

 もちろん、純粋に水仙郷としても楽しめます。今年は気候も暖かいためか、花の少し盛りは過ぎた模様。とはいえ天気も晴れてくれて、海風がさわやかで気持ちいい。
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パラダイスのクライマックスが「おしべとめしべのことを学ぶところ」。その入り口にあるのが、アーチェリー場w


20070220141433.jpg はい、内部はそのものずばり秘宝館です。明治・大正期の春画やひと昔前のエロ本。各種工芸や人形が展示されています。老人や女子大生の団体は笑いながら見学していましたが、何の前知識もなかったお母さん、怪訝な顔をしながら「何これ?」と足早に過ぎ去ります。そりゃあそうだ。いちおう、18歳未満は入館禁止です。

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 各種メディアに紹介されるさきがけとなった『探偵!ナイトスクープ』。それを記念してか看板が掲げられているが…
なぜか「スプーク」。
お土産コーナーにはチンチン音頭のカセットテープが2個500円で販売されていた。買おうか買うまいか悩んだが、考えてみればカセットデッキを持ってないので断念。CDかMDなら違っていたかも。寄せ書きを見ると、全国各地から暇な人間がわざわざ見に来るようだ。まったく困ったもんだw

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淡路人形浄瑠璃館(兵庫県南あわじ市福良) 平成19年2月18日

 先月、文楽を見て以来すっかり人形浄瑠璃ファンになりました。そこで調べてみると、大鳴門橋記念館にある淡路人形浄瑠璃館では、毎日公演をしているとのこと。そこで今回の島巡りの目的地の一つとしました。

20070220140708.jpg 淡路島南ICを下りて大鳴門橋記念館へ。大鳴門橋は目の前に架かっています。ここについたのは10時過ぎなので、ちょうど第1回公演に間に合いました。中に入ると人形の操り方の説明などをしています。それが終わると開演。演目は当地ともゆかりの深い『傾城阿波の鳴門』「巡礼唄の段」。


20070220140725.jpg「してかかさんの名は」
「あーいーお弓と申します」
「してととさんの名は」
「十郎兵衛と申します」
 全編は知らなくとも、ここのくだりは有名。大阪の文楽座では主となる人形遣いは顔を出していたが、ここでは人形遣い三人とも黒子姿だった。館内には頭や衣装、小道具などが展示されている。観光客のおばちゃんが「この頭、○○さんにそっくり」などと言っては大笑いしていた。いずれにしろ、こういう古典芸能が気楽に楽しめる場所があるのはうれしいことだ。
 その後、うずしお科学館で渦潮のメカニズムを学んだりしたが、なんだかいつもの突撃巡礼と違い、普通の観光旅行に来ているようだ。

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大鳴門橋

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自凝島神社(兵庫県南あわじ市榎列下幡多) 平成19年2月18日

 朝、起きると曇り空とはいえ、雨はなんとか治まってくれた。朝風呂に入って目を覚まし、朝食を取る。目玉焼きに薄切りのたこが付いていた。さて、宿を出てのどかな田舎道を走る。いたるところに「淡路○○霊場札所」の案内板が目につく。四国に近い土地柄の故、真言宗寺院が多く、信仰心が篤いようだ。
20070220140241.jpg 県道66号線を走り旧三原町に入りしばらくすると、自凝島(おのころじま)神社の大鳥居が目に付く。駐車場に車を止めて鳥居を撮影するが、手前の駐在所でどうしても全体像が撮れなかった。昭和57年に建立されたもので、高さ21.7m、幅31.2m。当時としては日本最大級のものだという。
社号:自凝島神社

20070220140313.jpg 鳥居の大きさに圧倒されるが、境内そのものはこぢんまりとしている。杜に包まれた小高い丘に社殿は建っている。女性の宮司が手水場の掃除をされていた。どうやら先日の春一番で、砂が手水鉢にたまってしまったとのことだった。

 祭神は伊弉諾命・伊弉冉命の二柱。菊理媛命(くくりひめのみこと)を合祀する。『日本書紀』には、諾冉二神が鉾で海をかき混ぜ、その潮のしだたりが「凝(こ)りて一(ひとつ)の嶋(しま)に成(な)れり。名けて磤馭慮嶋(おのごろしま)と曰(い)ふ」とある。オノは「自ず」ゴロは「凝る」の意味。ここでは、そのオノゴロ島がこの丘だとしている。いずれにしても古代の祭祀跡か古墳を思わせる形だ。
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正面拝殿と本殿裏側。

 納経朱印を求めて社務所に行くと、祭神にあやかってか、良縁や安産祈願のお守りが多い。また、辺見えみりのサインが置かれていた。ここのお守りを買った後に結婚したので、すっかり有名になったようだ。どうりで朝早くから若い女性の参拝者が目に付くわけだ。
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摂社:八百萬神社と安産のお砂所。
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自凝島神社納経朱印

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洲本城(兵庫県洲本市小路谷) 平成19年2月17日

 洲本温泉街と大浜公園を抜けて三熊山ドライブウェイへと車を走らせる。洲本城は江戸期の行政の中心であった平城と、室町期に安宅氏が築城した山城に分けられるが、今回行くのは山城の方。特に古城ファンというわけではないが、自称“妖怪研究家”としてはどうしても行きたい場所だからだ。
20070220134426.jpg 山頂近くの駐車場に車を止め、天守跡を目指してしばらく歩く。幸いに雨は小降りとなってくれた。山の斜面を利用した石垣などが残っていて、山上によくもこれほどのものを作ったなと、昔の人の技術と努力に感心する。いったい、これだけの石をどこから運んできたのだろう。


20070220135401.jpg 天守跡には昭和3年に作られた摸擬天守が建っている。展望台を兼ねているが、お世辞にも立派というものではない。城だから天守閣が欲しいという気持ちは分からないでもないが、歴史的価値は下げているだろうな… とはいえ、少し離れて石垣から見上げる風景は、それなりに立派に見える。

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天守跡から大浜海岸や洲本市街を眺める。

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 わざわざ洲本城に足を伸ばしたのは、淡路一の化け狸「柴右衛門」の祠にお参りするためだ。
 柴右衛門は三熊山に住む狸で人間に化けては芝居見物をしていた。ある日、武士に化けて大坂にまで芝居見物に出掛け、道頓堀中座に千秋楽まで通い続けたが、運悪く犬に見つかって正体を現し打ち殺されてしまった。しかし中座ではそれ以降、客足が遠のいたので柴右衛門の霊を鎮めるため、舞台下に祀ったという。天保年間に著された竹原春泉の『絵本百物語』にも「芝右衛門狸」として紹介しているし、最近では京極夏彦が『巷説百物語』でこの昔話をモチーフとした短編を書いている。
 現在の祠は、昭和37年に中座にゆかりの深い片岡仁左衛門や藤山寛美らによって作られたもの。3体の狸像が置かれ、中央の像は寛美寄進という。しかし、松竹新喜劇の衰退や中座閉鎖の影響もあるのだろうか、少し荒れた雰囲気だった。ちなみに中座の芝右衛門明神は、跡地に建てられたセラヴィスクエア中座に今も祀られている。
 洲本には柴右衛門以外にも、息子の柴助、女房のお増など八匹の化け狸がいる。徳島には金長や六右衛門、讃岐には八島の禿、伊予には八百八狸総帥の隠神行部など名だたる狸がいて、各地に狸伝説が点在する。洲本の狸信仰も四国の影響を受けているのだろうか。
洲本八狸物語

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 天守から下り奥まった場所に八王子神社が建つ。正面鳥居をくぐって山道を少し下りると小さな祠が並んでいる。伊勢・大原・平野・松尾など十二社が祀られていて、それぞれ干支の額が掛けられていた。さらに道を下りると芝右衛門の祠を発見。こっちの方が古いようだが、信楽焼の小狸が置かれていた。その近くに八王子の祠が建っている。巨大な岩に挟まれた形で、磐座を思わせるようだ。



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 さて、この日の宿泊は高田屋嘉兵衛ゆかりの地、五色町の川長旅館。都志川河口付近に建つ旅館で、独特の外観をしている。さらに室内に入ればへんてこな壁画に、古道具屋を思わせるような古民具の数々。
 つげ義春の作品に『枯野の宿』という短編がある。雨に降られた男が安宿に逗留すると、部屋一面に稚拙な絵が描かれていた。そしていつの間にかその絵の世界に吸い込まれていく…。部屋に入った途端そのシーンを連想させた。
 お風呂は小さい沸かし湯ではあるが温泉で、湯に漬かると体がヌルヌル・スベスベする。風呂から上がって楽しみの夕食。たこしゃぶにたこ刺し、酢だこ、たこ飯とたこ尽くし。かぶと焼きやふろふき大根などもついて大満足。ついつい飲み過ぎてしまい、ふとんで横になり本を読んでいたら、いつの間にか寝てしまった。
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千光寺(兵庫県洲本市上内膳) 2月17日

 淡路三山巡りもいよいよ最後となる千光寺へと向かう。洲本市郊外の先山は「淡路富士」の異名を持つ標高448mの山。幅は狭いながらもそれなりに整備された道なので難儀はしないが、それでも山深いことには変わりない。標高だけでいえば、一番初めの常隆寺山の方が高いのだが、感覚的には先山の方が高いように感じる。

20070220134400.jpg 車から降りて小さな茶店を抜けると、参道入り口に寺号碑と大木が立つ。ここからさらに石段を上る。
山号:先山
寺号:千光寺
宗派:高野山真言宗


20070220134247.jpg 石段を上ると山寺とは思えないほどの、大きなお堂が建っている。ただし本堂ではなく大師堂で、淡路四国八十八ケ所の第1番札所になる。本堂はさらに石段を上ったところに建つ。大師堂隣の庫裏は改修工事を行っていた。
 雨はかなりきつくなり、山上とあって周囲は靄に包まれ、吐く息も白くなる。庫裏のエアコンの室外機を見ると、2匹のぬこたんがお団子のように固まっていた。あまりにもかわいいのでカメラを向けたら、その途端に逃げ出した。せっかく暖を取っていたのに悪いことをしたなぁ(´・ω・`)

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 石段を上った先には展望台がある。晴れていたら眺めが良かっただろうに さらに石段を上るとそこが本堂。赤く塗られた大きな仁王門が建つ。

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本堂と、本堂側から眺めた境内。三重塔や鐘楼堂など、淡路三山中で最も大きな境内だ。とはいえ、今でも不便な場所に建っているのに、昔はここでこれだけの境内を維持するのは大変だっただろう。
20070220133352.jpg 狛犬ならぬ狛猪。千光寺開山伝承にかかわるもので、延喜元年、忠太という漁師が播磨山中で背中に笹の生えた為篠王(猪笹王:いざさおう)という大猪をいった。猪は海を越えて先山まで逃げたので、それを追いかけると猪ではなく千手観音だった。そこで忠太は出家し寂忍と名を改めて観音を祀ったという。
 山岳霊場の開山伝承には猟師がかかわるものが多く、立石寺、立山、熊野、高野山、伯耆大山などが知られている。これは猟師は古の神を祀る民であり、仏教化する以前から信仰の地であったことがうかがわれる。


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 本尊は行基作の千手観世音菩薩で、常隆寺、東山寺の本尊と同木という。脇士は不動尊と毘沙門天。淡路西国霊場の第1番札所。堂内には大提灯が下げられ、霊場寺院の雰囲気が色濃い。


20070220133415.jpg 本堂裏には千体地蔵堂、六角堂などが建つ。淡路の風習で「団子ころばし」といい五七忌日に遺族は先山に登り、背を向けて山頂から谷底に団子(握り飯)を投げ、そして六角堂の閻魔王と地蔵尊に参拝するという。この団子は死者の行く手を邪魔する餓鬼に供えるものだという。これは仏教の施餓鬼(せがき)作法が習俗化したものだろう。後ろ向きというのも、仏典では餓鬼は姿を見られることを恐れるとあるので、それに由来すると思われる。
 団子ころばしに見られるように、ここは祖霊の集う山なのだろう。そう考えるとこの雨や靄も霊気が漂っているように感じることもできる。


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 三重塔内部には大日如来が安置た。塔の扉には綾子の牛を彫った安産祈願の絵馬が奉納されていた。大日如来は牛馬の守り本尊として信仰されるので、酪農家が牛の安産を願って納めたのだろうか。

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千光寺納経朱印

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伊弉諾神宮(兵庫県淡路市多賀) 平成19年2月17日

 伊弉諾(いざなき)神宮へ近づくにつれ県道の両端には、奉納された常夜灯が幾つも並んでいる。一宮に対する島民の信仰が、いかに篤いかがうかがわれる。

20070220132913.jpg 正面の大鳥居をくぐり、拝殿へと延びる参道は、小雨模様とはいえ木々に囲まれてすがすがしい。参道を進むと、随神門前には小さな石橋が架かっていた。
 当社は国生みを終えた伊弉諾尊が鎮まったという幽宮(かくりのみや)であり、『日本書紀』にも「伊弉諾尊(いざなきのみこと)、神功既(かみことすで)に畢(を)へたまひて、霊運當遷(あつし)れたまふ。是(ここ)を以て、幽宮(かくれみや)を淡路(あはぢ)の洲(くに)に構(つく)りて、寂然(しづか)に長(なが)く隠(かく)れましき」とある。
社名:伊弉諾(いざなき)神宮
淡路国一宮

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随神門に掛けられた扁額には「一宮皇太神」と書かれていた。

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拝殿と本殿。境内は広々としていている。拝殿では宮参りだろうか、神楽が舞われていた。
 祭神は伊弉諾大神・伊弉冉大神。淡路は国造りで一番初めに生まれた島。『日本書紀』では、「先ず淡路洲(あはぢのしま)を以(も)て胞(え)とす」とある。その後、本州、四国、九州、隠岐・佐渡、北陸、大島、児島の大八洲を生んだとある。隠岐と佐渡は双子なので1と数える。聖数8にするためか?。大島は所在地不明)

20070220133021.jpg 縁結びのご利益があるという夫婦楠。根本の社は岩楠神社で蛭子大神を祀る。蛭子は諾冉二神が初めて生んだ子だが、不具であったため葦船で流された。そこから後世、エビス(異界から寄り来る神の総称)として蛭子を祀るようにもなる。
 ただし『日本書紀』の「一書に曰く」では「日月(ひつき)既に生れたまひぬ。次に蛭児(ひるこ)を生(う)む。此(こ)の児(みこ)、年三歳(としみとせ)に満(な)なりぬれど、脚尚(あしなほ)し立たず」との別説も記載する。


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境内西側の道路を挟んで本寿寺という法華宗の寺院が建つ。伊弉諾神宮のかつての神宮寺は妙京寺(法華宗)なので、この寺も何か関係があるのだろうか?


参考:日本古典文学大系『日本書紀』(岩波書店)

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伊弉諾神宮納経朱印

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東山寺(兵庫県淡路市長沢) 平成19年2月17日

 常隆寺から次の目的地、東山寺へと車を走らせる。ところどころに咲く菜の花がきれいだ。しばらくすると播磨灘に沿った県道に合流する。北淡ICから下りたところは大阪湾沿いだったから、ちょうど淡路島を東から西へと横断したことになる。
 東山寺は”東の山寺”と銘打っても、建っている山も低く、木々もうっそうとしていないためか、先の常隆寺に比べ明るい雰囲気。秋はモミジの名所として賑わうそうだ。

20070220132731.jpgこのお寺も震災ではかなりの被害を受けたようだ。境内には復興支援の呼びかけと、支援者への感謝の辞を述べる碑が立っていた。
山号:平生山
寺号:東山寺
宗派:高野山真言宗


20070220132748.jpg 右奥に建つのが本堂で、本尊は十一面千手観世音菩薩。行基作と伝わり、常隆寺の本尊とは同木という。ここは淡路三山の一つで淡路西国霊場の26番札所。
本堂で読経していると、小太りの少し年を召した尼さんが、お堂の掃除をするためか、パタパタと足早に境内を歩いていた。

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 重文の薬師如来、十二神将を安置する薬師堂はコンクリート製。元々は石清水八幡宮の別当寺に祀られていたものが、廃仏毀釈の際に当地に逃れてきたものという。

 納経をお願いすると、今度は痩せた中年の尼さんが対応してくれた。先の尼さんが黒の作務衣に対し、こちらは花柄の作務衣。見事なまでに対照的。ここは尼寺三十六ヶ所霊場の25番札所でもある。「よくお参りくださいました」と言ってペットボトルのお茶を接待してくれた。

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 東山寺に向かう途中に建つ辻地蔵堂。地蔵尊の足元や蓮台には、救いを求める人々が彫られている。右には不動尊、左には不思議な形の石が祀られていた。背後の礎石に「弘法明神」と赤字で書かれていたが、この石のことだろうか?

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東山寺納経朱印

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常隆寺(兵庫県淡路市久野々) 平成19年2月17日

 昨日まではいい天気だったのに、この日になって雨模様とはつくづく日ごろの行いの悪さを悔やむ。と、反省するフリをして淡路島へ向かう。明石海峡大橋を渡り北淡ICを下りてしばらく田舎道を進む。すると「常隆寺」への小さな案内板が細い脇道を差していた。
 車1台がなんとか走ることができる山道なので、「対向車が来ませんように」と願いつつハンドルを握る。

20070220132603.jpg 山頂近くに常隆寺は建つ。桓武天皇勅願、早良親王(崇道天皇)霊安寺。淡路三山の一つ。
山号:栗村山
寺号:常隆寺
宗派:高野山真言宗
釣り鐘の下がった山門。

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 左奥に建つのが本堂で、本尊は十一面千手観世音菩薩。行基が当地で光を放つ栗の大木を刻んで安置したという。淡路西国霊場の31番札所。


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 護摩堂は本堂の左側に建つ。曇り空のせいかもしれないが、古い石塔などが立ち幽玄な雰囲気がする。


20070220132712.jpg 本堂と護摩堂の間に石鳥井が立ち、さらに山上へと続く小道がある。この付近は椎や杉などの原生林で県の天延記念物に指定されている。しばらく歩くと鈴木重胤(幕末期の国学者)が天神地祇が拝んだ場所という石碑が立っている。
 さらに歩むと小さな社に到着。ここは伊勢の森と呼ばれ、常隆寺山の山頂になるが、展望はあまり良くない。標高は515.3m。伊勢から大和、淡路に連なる緯度34度32分を「太陽の道」と称するが、ここも太陽信仰、天道信仰の場所だったのだろう。栗の木が光明を放ったという開山伝承も、クリは「来る」の転訛と考えれば古代の太陽信仰が仏教化したものだろうか。

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常隆寺納経朱印

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伏見稲荷大社(京都市伏見区) 平成19年2月3日

20070210155405.jpg 節分なので久しぶりに伏見稲荷へお参りに行く。普段から日曜日は参拝者は多いが、今日はそれにも増して多い気がする。天気もいいので神門や社殿の朱色がよく映えていた。

20070210155834.jpg 稲荷五社大明神の現在の祭神と、かつての本地仏は次の通り。
下社(中央座):宇迦之御魂大神(如意輪観音)
中社(北座):佐田彦大神(千手観音)
上社(南座):大宮能売大神(十一面観音)
田中社(最北座):田中大神(不動尊)
四大神社(最南座):四大神(毘沙門天)


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 本殿の参拝を済ませ次に奥社へと向かう。その間あるのが有名な千本鳥居。小振りな鳥居がトンネルは幻想的な世界だ。宗教施設はこのような演出によって、非日常の空間へと誘ってくれるのだろう。鳥居を抜けると一般に「奥社」と呼ばれる社に着くが、厳密には奥社遙拝所。稲荷山の峯々を拝む場所だ。ここは命婦谷と呼ばれる。

20070210155456.jpg 命婦(みょうぶ)とは四位、五位以上の女官のことだが、稲荷社では眷属の狐のこと。特に次の三狐は鎌倉期の文献にも登場する。
三ノ峯:命婦・阿小町(文殊菩薩)
二ノ峯:黒尾(弥勒菩薩)
一ノ峯:小薄(普賢菩薩)
 狐が稲理の眷属とされるのは、“きつね”はケツネの転訛で、ケは食べ物を意味する古語。ツは接続詞の「の」。ネは根と同意。だからケツネとは「食べ物の根源」を意味する言葉であり、稲荷神は食をつかさどる神であるからこそ、その音から動物のキツネと結びついたのだろう。

20070210155511.jpg ここから稲荷山へ向かう道の途中に伏見神宝神社へ通じるわき道がある。そこからさらに奥へと進むと「弘法ノ滝」に着く。稲荷山は各所に滝があり、それぞれが行場となっているが、ここは弘法大師を祀った“社”が建つ。鳥居の扁額に弘法大師と記されるなど、神仏分離の姿に慣れきった人なら異様に感じるかもしれない。
 弘法大師と稲荷明神は縁が深く、東寺造営のために稲荷山の木を切ったことで淳和天皇が病にかかったと託宣が下り、従三位下の神階を授けた。これが稲荷が地域神から国家神へと変貌する一因となる。鎌倉期には弘法大師が稲荷をこの地に祀ったという伝説まで生まれ、東寺の鎮守、真言宗の守護神という性格も誕生する。現在でも稲荷祭では御輿が東寺門前に集い、僧侶による供養が行われる。

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 再びお山巡りの参堂へと戻り、三つ辻、そして四つ辻を目指す。奥社への千本鳥居とは異なり、ここからの鳥居はそれなりの大きさで、たまに石鳥居も混ざっている。

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 四つ辻から少し高台の荒神峯に、田中社神蹟「権太夫大神」の社が建つ。神蹟とは稲荷大神が降臨した場所とされる。

20070210155534.jpg 四つ辻から一ノ峯へと向かう左回りのコースを進む。ここからはいったん、ゆるやかな下り坂となる。
 途中にある口から水が流れ出る狐像に出会う。ここは「眼力大神」の社で、名の通り眼病平癒のご利益がある。稲荷山には数え切れないほどの「お塚」と呼ばれる、小さな神々が祀られている。それぞれ信者が自分たちの信仰する何某稲荷などを祀ったものだが、その中にはこのように特に大きく祀られるお塚もある。

 ここから御膳谷を過ぎるとやや上り坂となり、さらに薬力社、おせき社、御剣社などを過ぎるころには石段も急になってくる。そうすれば一ノ峯ももうすぐだ。

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一之峯は上社神蹟「末廣大神」の社が建つ。石碑の周囲には奉納された小さな鳥居が山積みされている。いずれの神蹟も特にお塚の数が多い。

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 一ノ峯から石段を下りてしばらくすると二ノ峯に着く。ここは中社神蹟「青木大神」が祀られる。


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 三ノ峯には下社神蹟「白菊大神」が祀られる。ここから石段を下りると四つ辻へと再びもどる。


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 かわぐちかいじが奉納した鳥居を発見。さまざまな人の稲荷に対する信仰の篤さをうかがわせる。
 四つ辻から三つ辻へもどり、今度は八嶋ノ池を目指すコースをたどる。


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 毎日新聞社が建立した「毎日大神」と「広告(ひろつげ)大神」の社。この参道にはいろいろと個性的なお塚や稲荷社が並ぶ。

20070210155715.jpg 奥は「豊川大神」の社。愛知県豊川市の豊川稲荷(妙厳寺)の陀枳尼真天を祀る。ダキニ天は仏教守護神であり、同時に血肉を食らう荒ぶる鬼神であるが、中世より稲荷として信仰されるようにもなった。豊川稲荷はその一つで神道系ではなく仏教系だが、ここでは神道方式で祀られる。その隣の「五社大神」の社にも豊川陀枳尼真天と岡山の最上稲荷(妙教寺)こと最上位経王菩薩も合祀されている。また弘法大師や不動尊、地蔵尊などの社も並び、仏が何の違和感なく神道式に祀られている。


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 「阿佐田哲也大神」はあの『麻雀放浪記』の作者、阿佐田哲也を新日本麻雀連盟によって神として祀ったもの。参道から少し外れた場所にあるから分かりにくいかもしれないが、麻雀好きはぜひお参りしよう。

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大日本大道教本部は中国風の外観で、正面には道教の神像が祀られている。その隣には鬼法教総神苑。ここは鬼子母神を祀る仏教系教団のようだ。ここ以外にも伏見稲荷大社とは異なる宗教法人の施設が参道には存在する。別に伏見稲荷と対立しているわけではなく、自分たちの教団、教義を掲げながらも同時にお塚を祀り稲荷山と溶け込んでいるようだ。
 この付近に来るとお山というよりも、民家の路地になるが、家と家の間にもお塚は点在する。

20070210155816.jpg 八島ケ池の隣に四大神神蹟「大八嶋社」がある。ここは他の神蹟と異なり社殿も石碑もなく、禁足地に生える木々を拝む形になる。
 ここまでくると本殿へはもうすぐだ。奥社遥拝所からここまでの所要時間は約1時間30分。日も傾き始め社殿の白壁が少しだけ赤く染まってきた。

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

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Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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