裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2007-03

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法界寺(京都市伏見区) 平成19年3月24日

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醍醐寺からは南に下がった静かな住宅地に法界寺は建つ。
元は日野氏の氏寺で、通称は「日野薬師」。
日野出身の親鸞や富子ともゆかりの深い寺。
山号:東光山
寺号:法界寺
宗派:真言宗醍醐派

IMG_2027.jpg国宝:阿弥陀堂
七間四方の巨大なお堂で、中には国宝の阿弥陀如来が祀られる。天井には飛天が、柱には金剛界曼荼羅の諸尊が描かれ、往時の人はさながら極楽浄土をイメージしたのだろう。
丈六の阿弥陀像の周囲を回りながら、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」と念仏を唱える。

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重文:本堂(薬師堂)
阿弥陀堂に対して本堂の方が少し小さい。
本尊は薬師如来。伝教大師作と伝えられ、日野資業が当所に安置したのが法界寺の始まりという。

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日野薬師は乳薬師ともいわれる。
内陣と外陣を区切る格子には、安産や子供の健康を祈る
大量のよだれ掛けが奉納され、内陣の様子は分からないほどだ。

IMG_2031.jpg境内の様子
観光コースとは大きく外れた場所だが、
親鸞聖人ゆかりの地とあって
浄土真宗の門徒さんのお参りがある。

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法界寺(阿弥陀堂・薬師堂)納経朱印


IMG_2037.jpg
近くに本願寺別堂日野誕生院が建つ。
文化年間に西本願寺が親鸞生誕の地を顕彰するため、
法界寺より境内地を譲り受けて建立した。
院号:誕生院
宗派:浄土真宗本願寺派

IMG_2036.jpgIMG_2035.jpg本堂は昭和6年に建てられたもの。真宗寺院に珍しく回廊造り。
本尊は阿弥陀如来。両脇に親鸞聖人童形図と父親の日野有範像を安置する。


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門前の誕生院保育園の一角に、親鸞聖人のえな塚と産湯井戸がある。法界寺からはちょうど裏手の場所。
えな塚は土饅頭に石を置いただけの簡単なもの。えなとは出産時に排出された胎盤・卵膜などのこと
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醍醐寺三宝院(京都市伏見区) 平成19年3月24日

IMG_2023.jpg国宝:唐門
門には菊と桐の紋が施されている。
三宝院は醍醐寺座主の住房で、
桃山期には門跡となった。
現在も醍醐寺の中核となる塔頭。

山号:深雪山
寺号:醍醐寺
院号:三宝院
宗派:真言宗醍醐派(大本山)

IMG_2024.jpg式台玄関
三宝院は国宝の表書院や長谷川等泊の障壁画、庭園など見所は多いが、残念ながら堂内はすべて撮影禁止。
庭園は秀吉ゆかりらしく、ひょうたん形に植えられた苔がある。
本尊は弥勒菩薩。


IMG_2025.jpg三宝院拝観後は春の特別展ということで霊宝館が開館していた。国宝の五大尊や訶理帝母、薬師如来、文殊渡海図などを閲覧。まさに眼福、眼福といったところ。

霊宝館付近は塔頭が並び、さながら時代劇のワンシーンのようだ。

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三宝院納経朱印

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醍醐寺・下醍醐(京都市伏見区) 平成19年3月24日

IMG_2021.jpg上醍醐の参詣も無事に終えて、今度は下醍醐をお参りする。仁王門は工事中で全体がシートで覆われていた。

さて、醍醐寺といえば豊臣秀吉の花見で知られるように桜の名所。境内のいたるところには、ぼんぼりが飾られ花見の準備中。まだまだ花見を楽しむには早いが、それでも枝垂桜など、一部は開花していた。
山号:深雪山
寺号:醍醐寺
宗派:真言宗醍醐派(総本山)

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重文:清滝宮本殿

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国宝:五重塔
醍醐天皇の追善のため建立された塔で、
現存では京都最古。
雨空のため綺麗に写真が撮れなかった。

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祖師堂
弘法大師と理源大師を祀る。

IMG_2017.jpg真如三昧堂
真如苑が建立したお堂で、大日如来と涅槃釈迦如来を祀る。
真如苑教祖の伊藤真乗は、醍醐寺で修行した経歴があるため関係が深い。

IMG_2018.jpg不動堂
五大明王を祀る。有名な「五大力さん」こと仁王会(にんのうえ)は
ここで行われる。


IMG_2020.jpg国宝:金堂
醍醐天皇建立の釈迦堂を、
秀吉が移築・再建したもので和様建築。
本尊は薬師如来、脇侍は日光菩薩・月光菩薩。


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醍醐寺(金堂)納経朱印

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醍醐寺・上醍醐(京都市伏見区) 平成19年3月24日

 大学時代から長年かけて巡ってきた西国三十三観音霊場も、いよいよ最後の札所の醍醐寺。京都に移り住んで何年も経つのですが、なぜか醍醐寺へはお参りしてこなかった。市内だと「いつでも行ける」という感覚があったのかもしれないが、同時に「最後はいつまでも残していたい」という感情も同居していたのかもしれない。

 醍醐寺の伽藍は笠取山の麓(下醍醐)と山上(上醍醐)に分けられるが、第11番札所准胝堂は上醍醐に建つ。ここへは小一時間ほど山道を登っていくしか交通手段はないので、ハイキング気分半分で打ち納めの参拝とする。

IMG_1989.jpg上醍醐への表参道。
醍醐寺は当山派修験の本山でもあるので、山岳信仰の霊場らしく入り口には鳥居が立っている。“寺院に鳥居”というと奇異に感じるが、山岳信仰の霊場では多くその例が見える。これは楼閣建築の門が作られる以前の、原始的な聖俗を区切る門の名残が、鳥居として残ったのだろう。
山号:深雪山
寺号:醍醐寺
宗派:真言宗醍醐派(総本山)

IMG_1990.jpg女人堂。
かつて上醍醐は女人禁制だったので、
ここで女性は山上を遙拝した。

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上醍醐への山道

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不動の滝
ここには小さな休憩所が設けられている。

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音羽魔王大権現の祠
かつてここに「天狗杉」という杉があったが、枯れてしまったのでその跡に天狗を祀る祠を築いたという。

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さらに山道は続く。


IMG_1995.jpg国宝:清滝宮拝殿
醍醐寺の鎮守社の拝殿で懸造構造。祭神の清滝大権現は弘法大師が学んだ青龍寺の守護神という竜女。本地仏は准胝観音・如意輪観音とされる。

IMG_1996.jpg醍醐水
醍醐寺開山の聖宝(諡号:理源大師)が地主神より湧水を与えられ、醍醐水と名付けたという。醍醐とはバターのような乳製品で最上の味を意味し、そこから仏法の、特にここでは密教の教えを差している。
残念ながら醍醐水は渇水のため飲むことはできなかった。
開山縁起や清滝大権現への信仰からみても、ここは古代水神信仰の山だったのだろう。東山沿いの西国霊場には清水寺・今熊野観音寺(泉涌寺塔頭)のように、水にかかわる札所が並ぶ。水の持つ潤いの力に観音菩薩の慈悲を重ねたのだろうか。

IMG_1997.jpgIMG_1998.jpg准胝堂(西国第11番札所)
本尊は准胝観世音菩薩。観音の一つとされるが、正しくは准胝仏母と呼び、仏を生み出す智慧そのものを尊格とした。
打ち納めということもあり、何やら感慨深く参拝。読経を終えてお堂からですと雨が降り出してきた。お釈迦様が生誕された時、竜王が甘露の雨を降らせたのだから、この雨も西国巡礼を終えたことを賛嘆して、仏天が降らせた雨だろうと勝手に解釈した。

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国宝:薬師堂
上醍醐では最古の建築で、保安2年(1121)の建物

IMG_2000.jpg五大堂
本尊は不動尊・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王の五大尊。堂前には柴燈護摩壇が設けられている。
堂内は護国経典の一つ『仁王般若波羅蜜多経』の教えに基づいて、諸尊が祀られる。

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重文:如意輪堂


IMG_2004.jpgIMG_2005.jpg重文:開山堂
開山の理源大師と初代座主観賢僧正を祀る。理源大師は大峯の奥掛けを再興させたので、真言宗系の修験道では特に崇拝される。

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上醍醐陵
白河天皇皇后はか二皇女の陵墓。

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上醍醐からの眺め


IMG_2013.jpgIMG_2011.jpg山上への道には、金剛界曼荼羅三十七尊の梵字と尊名が刻まれた丁石が立っている。また常夜灯にも丁石同様に三十七尊が記されていた。

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上醍醐寺(准胝堂・五大堂)納経朱印

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津島神社(愛知県津島市) 平成19年3月19日

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駐車場に車を止めて、南門から境内にはいると、東側に楼門があった。
てっきり社殿が南面していたので南門が正面だと思っていた。
社号:津島神社

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楼門
周囲は工事中で、立ち寄れない摂末社が幾つかあった。

20070320145730.jpg祭神は建速須佐之男命。大穴牟遲命を配祀する。
津島牛頭天王と呼ばれ本地仏は薬師如来。牛頭天王は祇園精舎の守護神とされるが、元々は陰陽道での行疫神。
平安末期から御霊(怨霊)を鎮める神として祀られる。

20070320145748.jpg弥五郎殿社
楠正成に従い四条畷で戦死した堀田弥五郎が造営した社。
遠祖の武内宿禰を祀る。

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後で知ったのだが、津島神社の社殿は尾張造と呼ばれる、この地独特の構造。

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磐坐か磐境と思われる三石。
『尾張名所図会』にもこの位置で書かれているという。

20070320150130.jpg居森社
祭神は建速須佐之男命幸御魂。蘇民将来の子孫という老婆が、牛頭天王を初めこの森に祀ったという。
右側は疹社。建速須佐之男命和御魂を祀り麻疹・疱瘡にご利益がある。左は大日孁社。
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津島神社納経朱印

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甚目寺(愛知県甚目寺町) 平成19年3月19日

20070320145225.jpg
尾張四観音の一つ。
どの程度のお寺なのか、まったく前知識なしにお参りしたので、
正直その境内の広さに驚いた。
山号:鳳凰山
寺号:甚目寺(じもくじ)
宗派:真言宗智山派

20070320145258.jpg
境内は広々としているが、閑散とした雰囲気ではない。
お堂や木々が調和している雰囲気だ。
写真を撮っていたら、何かに驚いた鳩が一斉に飛びかかってきて、こっちが逆に驚かされた。

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三重塔には愛染明王が祀られる。
お願いをするときは底の抜けた、お礼参りには底の付いたひしゃくを奉納するという。

20070320145322.jpg本堂
本尊は聖観世音菩薩。敏達天皇14年に物部氏によって海に捨てられた三尊仏の一つとされ、この地の漁師龍麿が拾い上げたものという。なお残り二体は善光寺の阿弥陀如来、太宰府安楽寺の勢至菩薩だという。

20070320145336.jpg釈迦堂と八十八ヶ所霊場。
釈迦堂には御尊様(おそそさま)という女神が祀られる。女性のアザや肌荒れにご利益があるそうだ。

20070320145404.jpg甚目寺のすぐ隣、というか境内とほぼ地続きで漆部(ぬりべ)神社が建つ。
祭神は三見宿称命。尾張氏祖の天火明命の子孫で漆部氏の祖。甚目寺鎮守の八大明神も合祀。明治までは甚目寺が神宮寺か別当だったのだろう。

20070320145503.jpg塔頭の法花院。
本堂は改築されたばかりのようだ。

20070320145516.jpg20070320145525.jpg塔頭の大徳院。
本尊が左甚五郎作の恵比寿大黒天という珍しいお寺。
唐破風には大黒天を祀る寺院には、またしても珍しい因幡の白兎。厳密にいえば大黒天と大国主命は別の尊格で、音が共に「ダイコク」だから室町期ごろには同一視された。


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甚目寺納経朱印

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日泰寺(名古屋市千種区) 平成19年3月19日

 各地の寺院に仏舎利が伝わるが、それは石英や水晶で見立てられたもの。そんな中、正真正銘の仏舎利。つまり釈尊の御真骨を祀る日本で唯一の寺が日泰寺。1898年にイギリス人によって発見された仏舎利が、インドからシャムへ寄贈。そして国王から各地の仏教国へ分与されたものの一つが奉安される。“なんちゃって仏教徒”、“信仰心薄き巡礼者”とはいえ、ぜひお参りしたい、いや、しなければならない寺だ。

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山門
両脇には釈尊十大弟子のうち、阿難・迦葉両尊者が祀られる。
山号:覚王山
寺号:日泰寺
宗派:超宗派(19宗派によって維持)

境内はもの凄く広く、堂宇も伝統的建築様式ながらも、近代的な雰囲気がする。今までお参りしてきた寺院の雑然さと対照的に、整然としすぎていて、そのギャップに少しとまどいを感じる。

20070320145003.jpg銅像のチュラーロンコーン王より仏舎利は分与された。
開山当時は日暹寺だったが、国名がシャムよりタイに改められた時に日泰寺と改称された。どちらにしても両国友好を祈る寺号だ。山号の覚王は広義では仏だが、ここでは釈尊を差す。

お参りに来ていた女の子が、足元の小さな象を見ながら、「ぞうさん」の歌を歌っていた。

20070320144914.jpg20070320145017.jpg本堂
本尊は釈迦如来。本尊はチュラーロンコーン王より、タイ語で釈迦牟尼仏と書かれた勅額は、プミポン・アドゥンヤデート王から下賜されたもの。

20070320145036.jpg20070320145049.jpg仏舎利は境内からやや離れた奉安塔に祀られる。
ガンダーラ様式の塔だというが、拝殿からは足元しか見えない。しかし、遠くより拝する方がいいのかもしれない。

20070320145105.jpg20070320145118.jpg日泰寺の周囲には八十八ヶ所霊場や大小さまざまなお堂が並んでいる。21日は弘法市が並んで賑わうという。
近代的な日泰寺の雰囲気に対して、非対称的なこれらのお堂は、泥臭い、前近代的ともいえる信仰かもしれない。しかし、大乗仏教もインドで釈尊の遺骨を祀るストゥーパ(卒塔婆)の周囲に、在家信者たちが集ったことによるのだから、この姿は自然といえば自然かもしれない。
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日泰寺納経朱印

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笠寺(名古屋市南区) 平成19年3月19日

朝、目を覚ますとさわやかな晴れで、昨日のような風もない。朝食はパンやスープ、ドリンク類などの簡単なバイキング形式。バナナのマフィンがうまい。このホテルは宿泊費の割に綺麗な内装とスパ設備などもそろっていて、なかなかポイントが高い。
 チャックアウトを済ませ笠寺へと向かう。山本正之の歌『名古屋はええよ!やっとかめ』の一節に「道が広いがね」とあるが、本当に道路網が整備されていて、京都とは大違いだ。渋滞情報を聞いて「じゃあそこは避けて通らないと」と思っていたら、何のことはない、すでにその区間を走っていた。つまり京都基準の渋滞と名古屋基準が違っていたぐらいだった。

20070320144617.jpg笠寺は尾張四観音(笠寺、甚目寺、龍泉寺、荒子観音)の一つ。商店街を抜け市内環状線を渡った突き当たりに建つ。
ただし、そこは西門側でなので車を駐車場に置き、南側の山門へと向かう。門の前には小さな池があった。
山号:天林山
寺号:笠覆寺(りゅうふくじ)
宗派:真言宗智山派

20070320144657.jpg本堂
本尊は十一面観音。
寺号にふさわしく、幔幕には笠が染め抜かれている。


20070320144708.jpg玉照姫と藤原兼平を祀る玉照堂。
笠寺の由来は、元は小松寺と名乗っていたが興廃し、本尊も雨ざらしとなっていた。そこで、気の毒に思ったある娘が観音像に笠を被せた。その娘は後に藤原兼平に見初められ入洛。玉照姫と呼ばれ、寺を復興し笠覆寺と名付けたという。
笠地蔵を思わせる霊験譚だ。

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地蔵堂の六地蔵
六角形の石塔に地蔵菩薩が浮彫されている。

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多宝塔
本尊は阿弥陀如来。


20070320144738.jpg笠寺の周囲には塔頭寺院が数ヶ寺建っている。
山門側の塔頭、泉増院にも玉照姫堂(写真左側)があり、近々開帳をするようだ。右側は大日如来を祀る本堂。

20070320144748.jpg西門側の塔頭の西方院。
道路に面して烏瑟沙摩(うすさま)明王を祀る
明王堂が建つ。

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笠覆寺納経朱印

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鳳来寺山(愛知県新城市) 平成19年3月18日

20070320143534.jpg合戦で有名な長篠から鳳来寺山へと通じる道を行く。本来なら表参道から1425段の石段を上ってお参りする方がいいのだろうが、時間の都合もあるので今回はパークウェイで一気に山頂まで走る。
駐車場から本堂まではしばらく歩くが、ここからの眺めはまさに絶景。木々の緑と巨岩、そして堂宇が見事に調和した景色だ。
山号:煙巌山
寺号:鳳来寺
宗派:真言宗五智教団(本山)

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本堂への道の途中に東照宮が鎮座する。
徳川家康は鳳来寺の薬師如来に祈念して生まれたいわれ、
それを知った家光によって創建された神社。
日光、久能山とともに三大東照宮の一つという。

社号:鳳来山東照宮
祭神:源家康(東照大権現)

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拝殿、本殿は共に国の重文。
最近修復を終えたようで真新しい感じがするが、どぎつさはあまりない。

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現在の狛犬の後ろにある石は、戦前の狛犬。
弾丸よけのお守りとされたらしく、削り取られて要望がすっかり分からなくなっている。

20070320143807.jpg本堂
本尊は薬師如来。開山の利修仙人によって彫られたものという。
かつては真言、天台の二宗兼学だったので、山内には天台寺院の遺構とおぼしき跡が点在していた。
背後の巨岩は鏡岩と呼ばれる。

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表参道の石段。
昼間でも幽玄な雰囲気が漂う。

20070320143847.jpg竜の爪跡(鬼の爪跡)
弘法大師像背後の岩壁。竜が昇天した跡とも、利修仙人の眷属の鬼が付けたものだともいわれる。

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胎内くぐり
ここは巨岩信仰の山岳霊場だったのだろう。

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奥三河の山々と、麓の集落。

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鳳来寺納経朱印 ・ 鳳来山東照宮納経朱印

参拝後は麓の湯谷温泉に立ち寄る。山間の秘湯らしいムードが漂い、昨日の三谷よりも温泉地らしい。「ゆ~ゆ~ありーな」という温泉施設で少しのんびりする。露天風呂からは緑の山々を眺め、そして澄み切った青空の下で湯に入っていると、体が溶けてしまいそうな感覚になる。

 その後、名古屋のビーズホテルへと目指すが途中、高速の事故渋滞に巻き込まれてしまい、到着が大幅に遅れた。チェックイン後、榮に赴き昨日の借りを返す気持ちで、手羽先・煮込み・味噌串カツなどで晩餐。名古屋の食べ物はアナーキーなうまさがある。

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砥鹿神社(愛知県豊川市一宮町) 平成19年3月18日

20070320143251.jpg
国道151号線沿いに三河国一宮の砥鹿神社は鎮座する。
杜に包まれた境内は多くの参拝者で賑わっていた。
社号:砥鹿神社
三河国一宮

20070320143406.jpg祭神は大己貴命。中世は砥鹿大菩薩と称された。
境内は広々としているが、これといって特徴はない。
現社地は里宮で、本宮山に奥宮が鎮座している。そっちにも足を延ばせば良かったかもしれない。

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三河えびす社
二宮に事代主命、三宮に建御名方命を祀る。

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本宮山遙拝所
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砥鹿神社納経朱印

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三明寺(愛知県豊川市) 平成19年3月18日

20070320142809.jpg豊川駅を過ぎ、しばらくすると「豊川弁天」こと三明寺が建つ。
境内には壁も結界もなく境界線があやふや。しかも周囲は宅地造営のために草木一本なく整地されているため、なんだかポツンとした感がある。
参道正面は山門ではなく鳥居が立っている。
山号:龍雲山
寺号:三明寺
宗派:曹洞宗

20070320142830.jpg
三重塔(国:重文)
本尊は大日如来。
一、二層が和様で三層が唐様(禅宗様)の折衷様式。
三層の屋根が大きく反っている。

20070320142843.jpg20070320142902.jpg
妙音閣(弁天堂)
本尊の弁才天は「馬方弁天」の別称がある。

 昔、毎日この寺の門前を唄の上手な馬方が往来していた。ある日、弁天が現れて「毎日唄を聞かせてくれた、そのお礼です」と、財布を馬方に与えた。
 その財布はいくらでも使ってもお金がなくならないので、馬方は仕事を辞めて毎日酒を飲んで過ごした。
 しかし、それを不審に思った仲間たちがそれを問いただしたところ、馬方は隠しきれずに「弁天さまに財布をもらったからだ」と話してしまった。
 それ以後、その財布はただの財布となり、また三明寺の弁才天は「馬方弁天」と呼ばれるようになったという。

20070320142918.jpg20070320142927.jpg境内には、西国観音、四国霊場の石仏や鎮守の稲荷社がある。
稲荷社内には素朴な狐像が、たくさん奉納されている。

20070320142938.jpg
本堂
本尊は千手観世音菩薩。

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豊川稲荷・妙厳寺(愛知県豊川市) 平成19年3月18日

 目を覚ますと9時を回っていた。かなり寝過ごしたが、皆が元気を分けてくれたお陰か、弘法大師さまのご利益か、ともかく体調は復活。天気は良いが、相変わらず風が強い。

20070320141214.jpg総門
 豊川稲荷を参詣するのは12年ぶりだろうか。学生時代に知多四国霊場を歩き遍路した後に、ここまで足を延ばした。当時は本堂だけで奥之院などの諸堂はお参りしていなかったので、今回はじっくりと参詣する。
山号:円福山
寺号:妙厳寺
宗派:曹洞宗

20070320141249.jpg20070320141236.jpg総門から一直線上に山門。左側には大鳥居がある。
豊川稲荷は「稲荷」とあるので、神社と誤解する人が多いが、あくまでも禅寺。また、寺の境内に稲荷神社が同居していると勘違いする人もいるようだが、御本殿は妙厳寺の堂宇の一つの鎮守堂。
神道系の稲荷大神ではなく、仏教護法神の一つダキニを稲荷として祀っている。ダキニはインドでは人間の血肉を食らう鬼女だが、『大日経疏』では、大日如来が大黒天に姿を変えて調伏し、以後は死体の肝を食べるようになったとされ、一切衆生の心の垢を取り除くとされる。
日本では『古今著聞集』に、ダキニと霊狐信仰とのかかわりが見られるが、この狐を介して中世期には稲荷信仰と結びつくようになったと思われる。

20070320141301.jpg法堂
本尊は千手観世音菩薩。
妙厳寺が稲荷で有名になるのは18世紀以降と考えられている。それ以前の『和漢三才図会』などを紐解いても、豊川稲荷の名は見えない。

20070320141315.jpg荼吉尼真天を祀る御本殿への参道
明治の神仏分離では、「周囲が“稲荷”と称しているだけで、あくまでも開山の寒厳義尹禅師が宋より招来した護法神、荼吉尼真天である」としたお陰で、現状の伽藍が維持できた。そうでなけれがおそらく妙厳寺の隣に、境内を隔てて稲荷神社ができていただろう。

20070320141325.jpg御本殿
本来、ダキニは胎蔵曼荼羅にも描かれるように、手足を食らう鬼女の姿だが、日本では狐に乗る華麗な天女で表現される。これは弁才天信仰とも結びついたからであろう。ネットや低級な書籍では、「インドではダキニはジャッカルを眷属とし、このジャッカルが日本では狐とされたから稲荷信仰と結びついた」などの珍説をよく目にする。これも狐に乗るダキニが、日本で作られた尊象であることを知らない故からだろう。
堂内にはダキニ真言として「オンシラパッタニリウンソワカ」とある。ダキニ真言は『大日経』では「カリカ」、その他の密教儀軌では「オンキリカクソワカ」とある。「オンシラパッタ…」は禅宗独自の真言だろう。

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奥之院参道の千本のぼり

20070320141349.jpg万燈堂(東海三十六不動第17番)
文殊菩薩と不動尊が祀られる。

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弘法堂(三河新四国番外)
堂内右側には巨大な木魚がある。

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土蔵造りの大黒堂。


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小さな三重塔。

20070320141458.jpg
奥之院
もともとは旧御本殿の内陣を
現在地に移し、奥之院としたという。


20070320141520.jpg20070320141606.jpg霊狐塚
大小さまざまな狐象が奉納されている。
比較的新しいものばかりだった。

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妙厳寺納経朱印

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大聖寺大秘殿(愛知県蒲郡市三谷町) 平成19年3月17日

 蒲郡はB級スポットマニアには有名地らしく、その手のHPや書籍にはよく紹介される。大聖寺大秘殿はその中でも特に有名だそうだ。
 巨大ホテルの並ぶ温泉街を通り、そしてかつては温泉客を相手として商売していたのであろう、廃墟と化した店舗を通り抜けた、なんとも退廃的ムードの場所に大聖寺はある。
 「寺」と銘打っているが、どうみても一昔前の観光施設。崩れ落ちた看板が、ややもの悲しさを感じさせる。

20070320140851.jpg20070320140907.jpg入り口付近には鳥居とRC製の仏像や狸の置物などが雑多と置かれている。また、「十二支観音」と称した像は、体が観音で顔が動物そのものという意外な表現。
う~ん、恐るべし
 中に入ろうと受付を見たが誰もいない。もしかして閉鎖しているのだろうかと思ったが、奥の方から声が聞こえるし、電気もついている。自動ドアは作動しないが、手で開けることができたので中に入ると、おばちゃんが1人番をしていた。
「あぁ、おニイちゃん洞窟巡りか?」

 先ほどの鳥居からの階段を下りると、洞窟入り口のシャッターが開いた。「洞窟」といっても天然ではなく、コンクリート製の人工物。ひたすらぐにゃぐにゃと蛇行した通路を進む。いたるところに仏像や仏画、地獄の亡者や獄卒。さらには陰陽物など、この手のスポットに欠かせないものはすべてあるという感じだ。
20070320140931.jpg20070320140944.jpg

20070320140959.jpg20070320141015.jpg
巨大な陽物を過ぎると、大歓喜の壁画とあるが、どうみても地獄絵図にしか見えない。

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料理の神、磐鹿六應命の壁画
かなりの大きさで、蛤と鰹、鴨を持っている。
これらを抜けると本堂、そして寺宝コーナーだが中には髪の伸びる人形だの、どう見ても海外のお土産品でしかないようなものまで置かれている。
うぅ~ん。ポイントがかなり高い。

20070320141038.jpgチベット仏教の秘仏を祀るお堂。
ちなみにここは日蓮宗の寺院だが、もはや超越している感がする。
すべて巡り終えると先ほどのおばちゃんが、抹茶と交通安全のお守りをくれた。しかし、先の弘法山に対して、ここは誰1人とほかの観光客はいない。いったい今日一日でどれだけの人が訪れたのだろう。拝観料1,000円で維持できるのか心配になってきた。

 さて、“俗悪ともいえるそんな庶民信仰の寺の方が落ち着く”と前述したが、ではこういう寺も落ち着けるかというと否。もちろん珍スポットとしては楽しめますが、信仰の場としてはいかにも初めから狙って作りましたという作為性が、そのような感情を生む。それが自然発生的に生まれた庶民信仰の寺との違い。つまり養殖物と天延物の差というものでしょうか。
 そんな感想を懐きつつ大秘殿を後にする。しかし、風が冷たい。少し寒気もする。予定を早めて今晩の宿ホテル蒲郡へと急ぐ。チェックインを済ませて、すぐ温泉に入ろうと思ったが入浴時間は18時からとのこと。しかたなく部屋のユニットバスで入浴するが、いくら熱いお湯を入れても体が温まらない。ベットに潜り込んで入浴時間まで眠る。
 やっとその時間がきたので温泉に入ったのだが、これが少しぬるめの湯。普段ならこれでもいいのだが、今回ばかりは勘弁してほしかった。風呂上がりも当初の予定では、三河湾のおいしい魚をつまんで…と考えていたのだが、外に出る元気も食欲もなく、ホテル近くのつぼ八でお湯割り一杯とキムチ鍋というせっかくの旅の晩餐らしくない夕食。もう一度温泉に入って、ありったけの下着を着て早々に寝る。
「あぁ、みんなオラに元気を分けてくれ…」
とにかく、ここで弱気になったら確実にカゼをひきそうなので、とにかく心の中でアツイものをイメージして乗り切ることにした。
「太陽、燃えさかる炎、熱湯、溶岩、広辞苑… アツイ、アツイ」

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弘法山(愛知県蒲郡市三谷町) 平成19年3月17日

20070320122025.jpg 三谷温泉街を見下ろすかのように、弘法山山頂には巨大な子安大師像が建っている。地元では有名スポットらしく、ここに至るまでの道中、幾つもの案内板を目にした。
三谷温泉は行基が開湯したという古い温泉だそうだが、いわゆる情緒ある温泉街はなく、マリンリゾート施設と巨大ホテルのみ。せめて外湯ぐらいはあってもいいのになぁ…
山号:弘法山
寺号:金剛寺
宗派:高野山真言宗

20070320122007.jpg山道を登ると金剛寺奥之院(三河新四国第46番)に着く。境内は工事の真っ最中だった。
本尊は准胝観世音菩薩。外陣には涅槃図や地獄極楽図の掛け軸が掛けられていた。
参拝を終えて本堂から出ると、いきなりスピーカで読経の声が山内中に響いた。本堂では回向を申し込んでいた夫婦がいたが、どうやら住職の読経はマイク放送するようだ。

20070320122048.jpg奥之院から子安大師像までは少し歩く。三河湾から吹き付ける風が恐ろしく強く、そして冷たい。
大師像の周囲には八十八ヶ所の石仏や生目神社がある。
この祠は、宮崎市の生目神社でご利益をいただいた人が、感謝を込めて建立したもの。

20070320122111.jpg20070320122118.jpg子安弘法大師像
高さは地上百尺(約30m)とのこと。
通常の弘法大師像と違い、えらく彫りの深い顔立ちだ。左手には赤ん坊を抱えている。

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金剛寺大師堂(三河新四国第45番)


20070320122140.jpg大師像のすぐ近くに「ラバーズヒル(恋人達の丘)」と名付けられた、新名所があった。
子安大師に見守られながら、恋人が愛を誓って鍵を掛けるそうだ。
手すりにはそんな鍵が… ケッ('A`)

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三河湾
天気は良いのだが、とにかく風が…

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金剛寺(子安大師・奥之院)納経朱印

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大樹寺(愛知県岡崎市) 平成19年3月17日

20070320121815.jpg 大樹寺は松平氏の菩提寺で徳川家康とゆかりの深い寺。桶狭間の戦いで敗走した家康が自害しようとしたところ、この寺の山首に諭されて思いとどまったという。
 巨大な山門(県重文)に徳川家の庇護がうかがわれる。
山号:成道山
院号:松安院
寺号:大樹寺
宗派:浄土宗

20070320121841.jpg山門と道路を挟んで、市立大樹寺小学校がある。
校門、そしてグランドの一直線上に大樹寺の総門がある。
表参道の一部が小学校というのも、明治期の寺領上知の結果なのだろうか。

20070320121852.jpg本堂
本尊は阿弥陀如来。「一光千躰の阿弥陀」で後背部分に、小さな阿弥陀像が数多く表現されている。
本堂右側には三河三十三観音の第3番札所本尊の如意輪観音が、左側には三河新四国第21番・第22番の弘法大師が祀られる。

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多宝塔(国重文)
天文4年の建立で本尊は多宝如来。

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大樹寺納経朱印

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知立神社(愛知県知立市) 3月17日

20070320121438.jpg 国道1号線と155号線に東南を囲まれるような、そんな交通の要に知立神社は鎮座する。
知立は東海道五十三次では39番宿「池鯉鮒」だが、その地名の由来となったのが、この神社だ。
社号:知立神社
三河国二宮

20070320121503.jpg国重文の多宝塔(室町期)
明治の神仏分離で破棄されそうなところ、仏像を他所に移し、相輪を外して瓦葺きに変えて、「知立文庫」として危うく難を逃れたという。
当時の関係者の機転のお陰で、現在となっては貴重な神仏習合の遺産を目の当たりにできる。
このような事例も、三河の信仰観と関係があるのだろうか。

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千人灯
台座には建立にかかわったのだろう、多くの名前が刻まれている。
「献身報国」とあるように戦争遺産の一つ。

20070320121515.jpg
石橋と池
池鯉鮒(ちりふ)大明神の別称にふさわしく、
鯉の噴水がある。

20070320121557.jpg社殿
祭神は彦火火出見尊・鵜鵜草葦不合尊・玉依比賣命・神日本磐余彦尊の四柱と青海首命を配祀、聖徳太子を合祀。

20070320121616.jpg20070320121632.jpg末社の秋葉神社と、その他の摂末社

20070320121645.jpg由緒書によると、弘法大師が当社で祈念されて自像を彫ったとあり、三弘法発祥の霊社とあり、三弘法巡りには必ず参詣するようにとあった。
三河の大師信仰は宗派どころか、現代でも神道・仏教の枠を越えている。

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知立神社納経朱印

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密蔵院(愛知県刈谷市) 平成19年3月17日

 京都や奈良のように、壮大な伽藍や荘厳な仏像、華麗な障壁画、静寂なる庭園… そんな寺院に対して、三河三弘法を含めた庶民信仰の寺には、稚拙な石仏、所構わず建つ小堂や祠、そして俗悪ともいえる絵馬や祈願札の数々。しかし、なぜだか知らないが、こういう寺の方が自分は落ちつく。
 もちろん歴史と風格ある古寺の良さも分かるのだが、それは三つ星レストランや会席料理のおいしさのようなもの。庶民信仰の寺の良さはは、ラーメンやあんパン、汁掛け飯のおいしさだろう。
 人々が神仏にどっぷりと甘え、あからさまに欲望をむき出しにして願う。このような姿に「こんなもの仏教では無い」と顔をしかめる御仁もいらっしゃるが、逆にいえば、本音と建て前を使い分ける世間のしがらみから解放され、嘘いつわりない自分の姿を神仏に見せる。それでこそ「祈り」だろう。
 変に悟りすました顔をして、分かったような分からないようなご高説を垂れるセンセイたちの、格調高い「本物の仏教」とやらいう有閑層の言葉遊びよりも、このような寺の方がはるかに信仰・信心というものの息づかいを感じることができる。

20070321165340.jpg
西福寺からは1kmほどという比較的近い場所に密蔵院は建つ。ここも住宅地のお寺だが、国道1号線に近いためか、周囲の家の数も多い。
山門前には「流涕弘法大師」と書かれる。 
山号:天目山
院号:密蔵院
宗派:臨済宗永源寺派

20070320121201.jpg本堂
本尊は弥勒菩薩。禅宗寺院らしく簡素な作りだ。
先の西福寺は曹洞宗。ここは臨済宗。弘法大師信仰は宗派を越えて行われるが、三河新四国霊場や同じ愛知県の知多四国霊場は、札所の半数が真言宗以外の宗派で構成されている。
愛知県の大師信仰の篤さを物語るかのようだ。

20070320121221.jpg20070320121234.jpg大師堂(三河三弘法第3番・三河新四国第3番)
弘法大師との分かれに涙を流したので「流涕(りゅうてい)弘法大師」と呼ばれる。
ここにも西福寺で見たものと同じ、大根と蕪の絵馬が掛けられていた。

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縄で作られた大師像。
少し顔がこわい…

20070320121303.jpg20070320121316.jpg大師堂裏手には四国八十八ヶ所の石仏が祀られている。
ここにも十夜ヶ橋があった。橋の下には布団に包まれた大師像が眠っている。
新旧さまざまな石仏の間に、「仏さまを返してください」と書かれた札が立っていた。石仏を盗む罰当たりな輩がいるのだろうか。
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密蔵院納経朱印

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西福寺(愛知県刈谷市) 3月17日

20070320112540.jpg 遍照院からは車で10分ほどの、静かな住宅地に場所に西福寺は建つ。山門脇の石柱には「見送弘法大師」と書かれていた。
 それにしても天気はいいのだが風が強く、そして冷たい。先々週の浜松の方が暖かいぐらいだ。「寒の戻り」は普通の寒さよりも体にこたえる。「暑さ寒さも…」と言うが彼岸に近づくほど寒くなるのはどうしてだろう。
山号:大仙山
寺号:西福寺
宗派:曹洞宗

20070320112605.jpg20070320112619.jpg本堂
本尊は阿弥陀如来。
本堂の左側には厄除弘法大師が祀られている。
葬儀の準備のためか、多くの人がお寺に集まっていた。

20070320112641.jpg
大師堂(三河三弘法第2番・三河新四国第2番)
当地を去る弘法大師との別れを惜しんで、
見送りしたといわれる。

20070320112654.jpg
大師堂に掲げられた
大根と蕪の絵馬。
大正7年に青物商が納めたもの。

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釈迦誕生仏
いわゆる仏像型式ではなく、
普通の子供のような体型、顔立ちの尊像。


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西福寺納経朱印

20070320112727.jpgここから少し離れた場所に
「三弘法発祥之地」と銘打つ寺がある。
西福寺の奥之院で井戸弘法という。
山門はまるで竜宮城のようだ。
山号:井戸山
寺号:泉龍寺

20070320112744.jpg山門の大きさとは対照的に、
境内はこぢんまりとしている。
写真左手前が本堂。中央に井戸。右奥が大師堂。

20070320112925.jpg
本堂
本尊は弘法大師。

20070320112806.jpg
大師堂
堂内には稚児大師(弘法大師幼少の姿)が祀られる。

20070320112821.jpg大師井戸
水不足に困っていたこの地に、弘法大師が
水の出る場所を教え示したといわれる。

自由に水を汲むことができるように茶わんが置かれているが、
弘法大師に水をお供えしてから飲むようにと、注意書きの
看板が立てられていた。



20070320112943.jpg
門前の家に掛けられていた、
ライオン蚊取り線香のホーロー看板

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遍照院(愛知県知立市) 平成19年3月17日

 先々週の遠江突撃巡礼隊に続いて再び東海地方。今回は三河を突撃巡礼することにした。愛知県でも三河は知多半島と並び、大師信仰の篤い土地柄。そこで三河三弘法巡りや豊川稲荷への再訪などを目的とした。

 「三河三弘法」は知立・刈谷の両市に建つ弘法大師作の自像を奉安する寺院のこと。伝説では、当地を訪れた弘法大師が、赤目樫に3体彫ったという。毎月旧21日には多くの参拝者で賑わうとのことだ。ここは地名も弘法町なので、いかに信仰を集めているかが頷ける。

20070320111620.jpg「弘法通り」と呼ばれる静かな商店街に入ると、「名物 大あん巻」と看板を掲げた土産物屋が2軒並んで建っていた。毎月旧21日には知立駅まで歩行者天国になるという。
山門付近には「見返弘法大師霊場」と書かれた石柱が立っている。
山号:弘法山
院号:遍照院
宗派:真言宗豊山派

20070320111654.jpg

本堂(三河三弘法第1番・三河新四国番外)
本尊は弘法大師。
ここの大師像は、赤目樫の根本の部分だという。
そして、この地を去る弘法大師と別れを惜しんで、右を振り帰っているので「見返弘法大師」と呼ばれるとのことだ。

20070320111710.jpg西国三十三観音の石像
一体一体に松ぼっくりが置かれていた。
子供がお供えしたのだろうか。

20070320111725.jpg冥界十王の石像
閻魔王を含めて十王の顔立ちは
忿怒相ではなく、文官のような雰囲気。
浄玻璃鏡や罪業を量る天秤などもあった。

20070320111738.jpg

子育弘法大師


20070320112203.jpg20070320112227.jpg本堂裏には四国八十八ヶ所の石像が安置されている。
路地のものもあれば、小さなお堂に安置されるものなどさまざまだ。

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波切不動堂(東海三十六不動第18番)

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高野山奥之院大師堂

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四国八十八ヶ所には多数の番外札所があるが、地方に写し霊場が作られるとき、それらの番外札所までは写されることは少ない。
この寝転がっている大師像は、11番藤井寺と12番焼山寺の間に山中にある番外一本杉庵。
大杉の元で大師が休息したという霊跡。

20070320112356.jpgこちらは伊予の番外十夜ヶ橋。
橋の下で大師が一夜を過ごしたという霊跡に由来して、橋の形のお堂に安置さている。

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薬師堂
薬師如来のほかに、「ぽっくりさん」と信仰される
大随求菩薩も祀られている。

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写経道場前に置かれていた茶釜

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遍照院納経朱印

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井伊谷宮(静岡県浜松市引佐町) 平成19年3月5日

20070306161338.jpg20070306161353.jpg井伊谷宮は龍潭寺のすぐ隣に鎮座する。祭神は後醍醐天皇第四皇子の宗良親王。
明治初期に建立された比較的新しい神社。
社号:井伊谷宮(いいのやぐう)

20070306161413.jpg本殿。
親王は南北朝時代、建武中興で征夷大将軍として活躍し、この地で没したという。
左側は親王を補佐した井伊介道政、井伊新介高顕を祀る井伊社。

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境内にある子安観音石。

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境内の後ろには宗良親王墓があるが、
宮内庁陵墓なので立ち入り不可。

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井伊谷宮納経朱印

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龍潭寺(静岡県浜松市引佐町) 平成19年3月5日

 龍潭寺に着いたころには雨は激しくなってきた。突撃巡礼隊に出るたびに雨に当たる気がするが、まあ今回は最終日なので良しとしよう。

20070306160518.jpg20070306160539.jpg山門と仁王門。
境内は雨に濡れて、これはこれで風情がある。
禅寺らしい静かな雰囲気だ。
山号:萬松山
寺号:龍潭寺
宗派:臨済宗妙心寺派

20070306161121.jpg
本堂。
本尊は虚空蔵菩薩。この地は井伊谷といい、井伊氏発祥の地。この寺も後に彦根藩主となる井伊家の菩提寺。

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開山堂。
黙宗瑞淵を祀る楼閣造り。

20070306160601.jpg

本堂から仁王門を眺める。
前庭は観音浄土を表している。

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本堂と開山堂の間に建つ萬松稲荷堂。

20070306160829.jpg20070306160815.jpg
本堂裏側には、小堀遠州作の庭園が広がる。
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龍潭寺納経朱印

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宝林寺(静岡県浜松市細江町) 平成19年3月5日

 昨日までの好天はどこへやら。朝起きると、曇り空と強い風。天気予報でも雨が降るとのことだったので、予定を変更して、もう今日はあまりうろつかないことにした。
 いつもの突撃巡礼隊よりも遅めのチェックアウトをする。浜松に来た第1日目の通過地点であった細江町を目指し、車を北上させる。

20070306160153.jpg国道沿いに、「龍文坊大権現」と染め抜かれたのぼりが何本も立っている。今回の旅の目的の一つ。遠州の天狗巡りの締めくくりとなる、龍文坊を祀る宝林寺だ。
本尊は釈迦如来。脇侍は阿難尊者と迦葉尊者。法堂は国重文で、江戸初期の黄檗宗伝来当時の様子を伝える明様式。
山号:初山
寺号:宝林寺
宗派:黄檗宗

20070306160213.jpg

報恩堂。
黄檗宗祖の隠元隆(諡号:真空大師)を祀る。

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仏殿裏にある国重文の方丈。

20070306160250.jpg龍文堂。
伝承では、初山開祖の独湛禅師に龍文という弟子がいた。ある日突然姿を消したが、その後本山の萬福寺を火事を「初山龍文」と名乗る僧が消したという。以来、火伏せの神として祀られるという。
特に天狗と謳っていないが、天狗伝承によくある内容といい、また龍文坊の姿が火焔を背にし、葉団扇を持った雲水という、天狗をイメージしたものなので、遠州の天狗の一狗と数えていいだろう。

20070306160311.jpg

阿弥陀三尊の石仏と金鳴石。
名の如く叩くと金属音がする。

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舘山寺(静岡県浜松市舘山寺町) 平成19年3月4日

 近江国の名の由来は、“近い「あはうみ(淡海)」”つまり琵琶湖。対して遠江は“遠い「あはうみ」”。言うまでもなく浜名湖だ。そんな浜名湖の名所といえば舘山寺。歌川広重の『諸国名所図会』にも描かれている。

20070306155635.jpg温泉宿や鰻料理屋が並ぶ、そんな温泉街の突き当たりの、小高い山に舘山寺は建つ。
正面に見える鳥居は愛宕神社。その右隣に参道の石段が伸びる。看板には「浜名湖岸新四国第二十七番」と書かれていた。「弘法大師」や「秋葉大権現」と染め抜かれたのぼりが何本も続く。
山号:舘山
寺号:舘山寺
宗派:曹洞宗

20070306155702.jpg
本尊は虚空蔵菩薩。
開山は弘法大師とされ、もともとは真言宗だったが、明治の廃仏毀釈で廃寺。その後、再興された際に曹洞宗となった。

20070306155720.jpg20070306155735.jpg本堂左には可睡斎から勧請した秋葉三尺坊が祀られる。
堂内には巨大な天狗の絵馬が掛けられていた。

20070306155842.jpg
境内から眺めた浜名湖の景色。
かんざんじロープウェーや遊覧船が見える。

20070306155814.jpg
裏山の穴大師。
弘法大師が籠もったという岩穴で、眼病平癒のご利益があるという。中は畳一畳分ぐらいの狭さで、ろうそくの明かりがゆらゆらと揺れて神秘的な気分になる。

20070306155829.jpg
舘山の周囲には遊歩道があるが、その中で一番の絶景という恋の岬での風景。
ロマンチックな地名だが、かつて心中があった場所だという。

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舘山寺境内とは地続きで、愛宕神社が鎮座している。

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舘山寺納経朱印

 この日は舘山寺温泉に泊まりたかったのだが、宿が確保できなかった。そこでさらに南下して雄踏温泉にある浜名湖ロイヤルホテルに泊まる。
 部屋からは夕日に染まる浜名湖が一望できた。
20070306155918.jpg20070306155929.jpg

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事任八幡宮(静岡県掛川市) 平成19年3月4日

20070306155301.jpg
複数、一宮が存在する国は幾つかあるが、ここ遠江もその一つ。先の小國神社と今回の事任八幡宮。袋井市からバイパスを通り、掛川市内の少し外れ。旧東海道沿いに鎮座している。
社号:事任(ことのまま)八幡宮
遠江国一宮

20070306155324.jpg『延喜式』「神名帳」にある「己等乃麻知神社」とされ、『枕草子』や『海道記』などにも著述されているとう。後に八幡が合祀され「八幡宮」と称したが、戦後に現社号になったという。
「ことのまま」は「意のままに願いが叶う」ということ。小國神社も「許当麻知神社」と称していたとあったが、関係があるのだろうか。
石段を上った社殿の右奥には、高さ36.5mという巨大な杉が、また右手前にも大銀杏がある。

20070306155344.jpg本殿。
祭神は己等乃麻知媛命(ことのまちひめのみこと)、誉田別命(ほんだわけのみこと:応神天皇)、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと:神功皇后)、玉依比売命(たまよりひめひめのみこと)。
手前は五社神社。

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境内中央に生える大楠。天いっぱいに枝を伸ばし、さながら天然の日傘のようだ。
巨木に囲まれ、まるで木魂が宿っているかのような社頭だった。

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事任八幡宮納経朱印

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法多山(静岡県袋井市) 平成19年3月4日

 遠州三山巡りも最後の段、法多山尊永寺となる。火伏せの可睡斎、眼病平癒の油山寺、そしてここは厄除けだそうだ。三山それぞれご利益に独自色があるのが面白い。
 袋井市街を抜けて茶畑を通り過ぎると、広大な駐車場が数カ所あるが、いずれもほぼ満車状態という盛況ぶり。係員のおじさんに理由を聞くと「今日はお茶湯日(ちゃとうび)と日曜が重なったからね」とのこと。
 お茶頭日というのは毎月ある縁日のこと。3月4日にお参りすると百日分お参りしたと同じご利益だそうだ。ちなみに7月10日なら四万六千日分だそうだ。

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国重文の仁王門。
参拝者がひっきりなしに歩いているので、シャッターチャンスがなかなかこなかった。
山号:法多山(はったさん)
寺号:尊永寺
宗派:高野山真言宗

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本坊の黒門は、旧塔頭正法院の山門。
その名の通り、なかなか渋い風情だ。

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山の中にある寺院ではないが、参道は木々に囲まれていてる。


20070306154436.jpg石段を上りきると、その広々とした境内に少し驚く。天気の関係もあるのだろうが、もの凄くすがすがしい雰囲気だ。本堂前には祈祷を終えた人が、お札を受け取るための行列ができている。
本尊は正観世音菩薩。本堂内にはいると薄暗い内陣では護摩が修法されていた。
参拝後、本堂を出ると行列はもっと延びていた。

納経朱印をお願いすると、老僧が話し掛けてきた。
 「どちらからお越しですか」
 「京都です」
 「はぁ、いいところですね。生まれも京都ですか?」
 「いえ、兵庫県の北。但馬です」
 「但馬ですか。私も冬になると香住によく行きますよ」
 「あぁ、その香住です」
 「えぇ、香住ですか。だったら、○○さんってご存じですか。長くここに勤めてたんですが」
 「その人だったら、孫が自分と同級生ですよ」
お互いに驚いた。寺務所の受付にはたくさん人がいたのに、たまたま納経をお願いした人とこんな会話をするなんて…。縁というのはホントに異なものだ。

20070306154508.jpg名物の厄除だんご。“だんご”とあるが生地は丸いだんご状ではなく、5つにつながった円筒状。茶店の前ではお土産用に持ち帰る人で長蛇の列。
行列のできるお寺だね。

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尊永寺納経朱印

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油山寺(静岡県袋井市) 平成19年3月4日

 袋井市内には遠州三山といい先の可睡斎、そして法多山、油山寺と3ヶ寺がある。いずれも信仰の寺として多くの参詣者を集めている。ここ、油山寺は眼病平癒で名高い。可睡斎からは比較的に近くに建っている。寺号の由来は、昔この地に油が湧いていたからだという。

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国重文に指定される山門は寺院のものではなく、もともとは掛川城の大手門で、明治初めに掛川城主が眼病平癒のお礼として寄贈したもの。
山号:医王山
院号:薬王院
寺号:油山寺(ゆさんじ)
宗派:真言宗智山派

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参道に「健足の道」なる健康センターを思わせる物件。
鎮守である天狗の軍善坊権現が足腰のご利益があるからだ。

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参道正面をそのまま進むと本坊に着く。
不動尊を祀る宝生殿では住職が法話をしていた。

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宝生殿に掛けられていた絵馬。眼病平癒を祈願するものだろうか、銭で「め」と書かれている。このような絵馬は幾つもあった。
ちなみに穴あき銭は鳥目(ちょうもく)ともいう。


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書院の梁に掛けられた「世界一願い事が叶う大念珠」。
ここにも「め」の絵馬がある。


20070306153901.jpg本坊に納経帳を預けて本堂へと向かう。
参道は木々に囲まれちょっとしたハイキングコースという感じだ。
ちなみに、ここの地名は天狗谷。この森に棲むムササビは天狗の使いだという。

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国重文の三重塔は、源頼朝が寄進したもので県内最古。
大日如来を祀る。

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本堂は工事中だったが、幸いに外装だけなので堂内に入ることはできた。
手前のお堂は大師堂。


20070306153957.jpg本尊は薬師如来。行基菩薩が孝謙天皇の眼病平癒を祈願したところ、霊験が現れたという。
突撃巡礼隊では各地の寺社に足を運ぶが、寺院では一切三宝報恩謝徳。神社では大小神祇威光倍増の為に参詣し、個人的な祈願は基本としてしないが、目が悪いので「眼病平癒」と聞くと普段よりも、読経念誦に力が入る。

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本堂左側に軍善坊が祀られる。
提灯に描かれた葉団扇以外に、天狗らしさは感じられない。

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眼病平癒を祈る奉納品が堂内を埋める。

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本坊前に置かれていた天狗杉の切り株。

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境内茶店で売られていた「ごりやくまんじゅう」。
「め」と描かれた酒饅頭です。

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油山寺納経朱印

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可睡斎(静岡県袋井市) 平成19年3月4日

 日本八天狗といい、「愛宕山太郎坊(京都)、比良山次郎坊(滋賀)、鞍馬山僧正坊(京都)、飯綱三郎(長野)、大峰前鬼(奈良)、彦山豊前坊(福岡)、大山伯耆坊(鳥取)、白峰相模坊(香川)」が古くから知られているが、このうち現在でも天狗信仰としての命脈を保っているのは、鞍馬山ぐらいしかない。
 対して遠江国は全国でも珍しい天狗信仰が現代でも息づいているところである。先述した奥山半僧坊、後述する油山軍善坊、初山龍文坊。それ以外にも、春埜山太白坊、菊川火剣坊、無間山一寸坊、竜雲寺福天坊、森の大日山繁昌坊等、天竜の光明山利鋒坊、磐田三好坊、岩水寺地安坊・・・などなど、遠州の天狗に関する資料を調べただけでも、大小さまざまな天狗が伝わる。

20070306152739.jpg そんな遠州天狗の元締めともいえるのが秋葉山三尺坊だ。しかし神仏分離で別当の秋葉寺は廃寺(後に復興される)。秋葉台権現は秋葉神社と改称され、三尺坊は山上から秋葉寺の本寺であった可睡斎へと移された。そのため「秋葉総本殿」と名乗っている。
 権現信仰を守った可睡斎の功績は称えられるべきだろうが、しかし昨日登った秋葉の山並みの素晴らしさを思うと、「山の上にとどまっていたら、より天狗らしいのになぁ」と、名高き天狗三尺坊が里に祀られていることの理不尽さと、神仏分離という愚挙愚策に対する一層の腹立たしさを覚えた。
山号:萬松山
斎号:可睡齋(かすいさい)
宗派:曹洞宗

20070306153032.jpg法堂。本尊は聖観世音菩薩。この寺は珍しく寺号、院号ではなく斎号を名乗っているが、これは初めは東洋軒とあったのが、11代山主の仙麟等膳和尚が徳川家康の目の前で居眠りをしたところ、その無心な姿に快く思った家康が「和尚、寝るべし」と言った。そこから可睡斎と改称したという。居眠りをして褒められるという、のび太ならうらやむようなエピソードだろう。

20070306153334.jpg

座禅堂。

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本堂の左側にある大黒堂。
巨大な下駄が奉納されていた。

20070306153417.jpg秋葉三尺坊大権現を祀る御真殿。本地仏は聖観音。三尺坊は戸隠山出身の行者周国が、越後常安寺の三尺坊で修行し、飛行自在の法力を得たという。その後、秋葉山にとどまり神として祀られ、後世に火伏せの神、秋葉大権現として全国にその信仰は拡大した。
天狗が火伏せの神として信仰される例は多い。日本一の大天狗、太郎坊の鎮まる愛宕山も火伏せ信仰だ。『平家物語』に「太郎焼亡」、『方丈記』に「次郎焼亡」という名の大火が記されるが、中世、都では大火は天狗が引き起こすものと考えられていた。荒ぶる天狗を祀り鎮めることで火事を防ごうとしたのが、後世の防火神としての天狗信仰を形成していったのだろうか。

20070306153433.jpg20070306153446.jpg御真殿の石段、左右に置かれた天狗像。ただし、三尺坊の姿は所謂、山伏姿の鼻高天狗ではなく、顔は鳥。体は翼の生えた不動尊で白狐に乗った姿。これは長野県の飯綱山系統の信仰でよく見られる尊像。三尺坊は戸隠出身だから、飯綱信仰が秋葉山へと広まったのだろう。

20070306153503.jpg堂内の天井や梁には天狗面などが多く奉納されている。
正面には秋葉権現の真言として「オン ヒラヒラ ケンヒラケンノウ ソワカ」と書かれた札が掛けられていた。この真言は天台系修験では金毘羅権現の真言としている。いずれにせよ正式な密教経典には記されない、日本の修験者が創作した真言。つまり、「オン 毘羅毘羅 金毘羅天王 ソワカ」がなまったもので、江戸期では金毘羅も天狗信仰と結びついたので、秋葉権現の真言ともされたのだろう。

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書院玄関に飾られていた牡丹。可睡斎は牡丹の名所でもある。

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可睡斎納経朱印

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小國神社(静岡県森町) 平成19年3月3日

20070306152539.jpg 「森の石松」で知られる森町にある、小國神社に着いたのは4時過ぎだった。春野町側から南下する道順で来ると、桜並木を通りぬける。春になると花見の絶好ポイントなのだろうか、駐車場が数多く設けられていた。 表参道にも広い駐車場があり、その一角に梅林や花菖蒲園がある。それぞれの季節の花を楽しむことができるようになっているようだ。
社号:小國(おくに)神社
遠江国一宮

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巨大な杉木立に囲まれた参道。
この参道には、勅使専用の参道があったという。

20070306152701.jpg事待(ことまち)池。
この池に鯉を放すと願い事が叶うという。仏教儀式の放生会(ほうじょうえ:捕獲された虫魚鳥獣を放ち、殺生を戒める儀式)が変化したものだろうか。またこの水はイボ取りの霊験があるという。
池奥に祀られているのは八王子社。

20070306152652.jpg全国一宮等合祀殿。
各国の一宮が祀られるとあるが、祭神を見る限りでは、一宮に限らず式内式外二十二社や如法経三十番神などから取り上げたと思われる神々も合祀されている。

20070306152635.jpg社殿に着くと、そろそろ社務所を閉じようとしている最中だったので、先に納経朱印をお願いする。
祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)、本地仏は大日如来。小國(をくに)の名称は出雲の大社(おほやしろ)に対しての美称で、古くは許当麻知(ことまち)神社と称したという。「ことまち」は“願い事のままに叶う”の意味という。

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小國神社納経朱印

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秋葉総本宮秋葉神社(静岡県浜松市春野町) 平成19年3月3日

20070306152153.jpg 「アキバ」といえば「萌え~」のイメージがつきまとうが、東京の秋葉原は秋葉神社が鎮座していたことが地名の由来だ。防火のご利益だからアキバで「もえる」のは本来おかしいはずだが…。
 さて、そんな全国の秋葉信仰の中心となる秋葉山を目指して、天竜川沿いに車を走らせる
 国道152号線から雲名橋を渡りスーパー林道を上る。蛇行は多いが思ったよりも道幅があるので、走行はさほど苦労しない。辺りは杉だらけなので、花粉症の人にはとどめの一撃になりそうだ。

20070306152013.jpg20070306152047.jpg標高866mの山頂付近に秋葉神社上社は建つ。山上とは思えないほど広大な駐車場と巨大な鳥居。そして整備して真新しい境内地が広がる。
社号:秋葉総本宮秋葉神社

20070306151856.jpg祭神は火之迦具土大神。旧称は秋葉大権現といい、本地仏は聖観音。別当は秋葉寺(しょうようじ)。真言系修験の霊山で三尺坊という行者が天狗となったという。後に秋葉寺は曹洞宗可睡斎の末寺となり、さらに神仏分離で三尺坊は山上から下ろされてしまった。現在の境内地では天狗や修験にかかわる信仰の遺跡はほとんど見ることができない。

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社殿側から鳥居を眺めると、眼下に遠州の山並みが広がり壮大な気持ちにさせてくれる。金色に塗られた鳥居も、あまりいやらしさを感じない。

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納経朱印を求めて社務所に入ると巨大な凧を発見。浜松祭りで揚げるものだという。楓の図柄は秋葉神社の神紋に由来する。天狗信仰の霊山には葉団扇紋が多いが、それが楓に変わったのだろうか。

いったん山を下りて元来た道を戻り、今度は国道362号線を走って秋葉神社下社を目指す。山上の上社と南東山麓の下社、この二つで秋葉総本宮秋葉神社となる。気田川に架かる橋を渡った場所に下社は建つ。

20070306152212.jpg祭神は火之迦具土大神。現地について少し驚いたのは、たいていの上下と分かれる神社は、不便な山上に建つ上社は小さく、里に近い山麓に建つ下社は大きな社殿となるのだが、ここは逆で上社の巨大さに対して、少し古びた社殿が、そして境内地もあまり広くなかった。こういう例は珍しい。


20070306152241.jpg

火の神だから、
火にまつわる奉納品が飾られている。
これは巨大なおき火すくいと火箸。

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かつて天狗の山であった名残か、
拝殿の梁には左右中心に天狗面が掛けられていた。

20070310151926.jpg 20070310151932.jpg
秋葉神社納経朱印(上社・下社)

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方広寺・奥山半僧坊(静岡県浜松市引佐町) 平成19年3月3日

 みうらじゅん氏は季刊誌『怪』で「テングーを探せ」と銘打って、各地の天関係の面や郷土玩具、祭りなどを紹介しているが、かくいう私も
学生時代、各地の天狗伝承を調べていたことがあった。なおテングーとは天狗とピングーの合体キャラクターだ。
 その関係というわけでもないが、今般の突撃巡礼隊では、今なお天狗信仰にかかわる寺社が数多く存在する遠江へ向かうことにした。

 東名高速三ヶ日ICを下りて浜名湖沿いに北上する。今年の異常なまでの暖冬だが、初夏さながらの陽気だ。道中、目にした連翹やミモザ・アカシアの黄色い花の鮮やかさに、思わず感嘆の声が出た。
 さて、まず初めの目的地は方広寺。しかし正式な寺号よりも「奥山半僧坊」と言った方が広く知られている。しかし「奥山」と言うぐらいだから、どれほど人跡未踏の地だろうかと想像したが、実際に付いてみればのどかな山村の風情だった。
 土産物屋が数軒並ぶ仲見世を抜けると総門、そして山門へといたる。
20070306151251.jpg 20070306151308.jpg
山号:深奥山
寺号:方広萬寿禅寺
宗派:臨済宗方広寺派(大本山)

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参道の両側には岩肌が露出し、周囲には新旧さまざまな羅漢像が、いたるところに祀られている.

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参道途中にある、「奥山大権現」の扁額が掲げられた鳥居。

20070306151419.jpg椎河竜王社。
毒虫に苦しむ竜女を開山の無文禅師が救ったので、彼の竜は恩に報いるためにこの地にとどまり、水を流しているという。山岳霊場では水にかかわる霊地が、必ずといっていいほど存在する。この竜神社も、奥山が禅宗化する以前の水神信仰の名残だろうか。

20070306151433.jpg
七尊菩薩堂。
富士浅間・伊勢・春日・八幡・稲荷・梅宮・北野天神の七神を祀る鎮守社。


20070306151450.jpg本堂は珍しい二階建構造。本尊は宝冠釈迦如来。脇侍は文殊菩薩・普賢菩薩。宝冠釈迦如来は一見すると大日如来のようだが、毘盧遮那仏(法身)と釈迦如来(応身)が同体であるという『華厳経』の説に基づく尊像。

20070306151516.jpg

本堂裏庭の五百羅漢は近年のもの。


 さて、いよいよ今回の旅のテーマでもある、天狗信仰の現場へ。半僧坊を祀る半僧坊真殿は本堂から少し奥まった場所に建つ。半僧坊は開山の無文元選(後醍醐天皇皇子。諡号:聖鑑国師・円明大師)を守護したという半僧半俗の行者だという。
明治期に方広寺が火災に遭った時、不思議と真殿は被災しなかったことから一躍有名になり、火伏せのご利益が全国に喧伝された。なんだか昔話のような話だが、これがほんの120年ほど前の出来事だというのが面白い。

20070306151534.jpg

半僧坊真殿の外観。本堂堂内を拝観すると回廊を伝って、拝殿内陣で参拝ができる。祈祷用の『大般若経』などが置かれていた。

20070306151549.jpg20070306151603.jpg真殿の外観。繋虹梁(つなぎこうりょう)に相対して昇り龍、下り竜。肘木(ひじき)には珍しい麒麟が彫られている。


20070310151909.jpg
方広寺納経朱印

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Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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