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大聖寺大秘殿(愛知県蒲郡市三谷町) 平成19年3月17日
蒲郡はB級スポットマニアには有名地らしく、その手のHPや書籍にはよく紹介される。大聖寺大秘殿はその中でも特に有名だそうだ。
巨大ホテルの並ぶ温泉街を通り、そしてかつては温泉客を相手として商売していたのであろう、廃墟と化した店舗を通り抜けた、なんとも退廃的ムードの場所に大聖寺はある。
「寺」と銘打っているが、どうみても一昔前の観光施設。崩れ落ちた看板が、ややもの悲しさを感じさせる。

入り口付近には鳥居とRC製の仏像や狸の置物などが雑多と置かれている。また、「十二支観音」と称した像は、体が観音で顔が動物そのものという意外な表現。
う〜ん、恐るべし
中に入ろうと受付を見たが誰もいない。もしかして閉鎖しているのだろうかと思ったが、奥の方から声が聞こえるし、電気もついている。自動ドアは作動しないが、手で開けることができたので中に入ると、おばちゃんが1人番をしていた。
「あぁ、おニイちゃん洞窟巡りか?」
先ほどの鳥居からの階段を下りると、洞窟入り口のシャッターが開いた。「洞窟」といっても天然ではなく、コンクリート製の人工物。ひたすらぐにゃぐにゃと蛇行した通路を進む。いたるところに仏像や仏画、地獄の亡者や獄卒。さらには陰陽物など、この手のスポットに欠かせないものはすべてあるという感じだ。




巨大な陽物を過ぎると、大歓喜の壁画とあるが、どうみても地獄絵図にしか見えない。

料理の神、磐鹿六應命の壁画
かなりの大きさで、蛤と鰹、鴨を持っている。
これらを抜けると本堂、そして寺宝コーナーだが中には髪の伸びる人形だの、どう見ても海外のお土産品でしかないようなものまで置かれている。
うぅ〜ん。ポイントがかなり高い。
チベット仏教の秘仏を祀るお堂。
ちなみにここは日蓮宗の寺院だが、もはや超越している感がする。
すべて巡り終えると先ほどのおばちゃんが、抹茶と交通安全のお守りをくれた。しかし、先の弘法山に対して、ここは誰1人とほかの観光客はいない。いったい今日一日でどれだけの人が訪れたのだろう。拝観料1,000円で維持できるのか心配になってきた。
さて、“俗悪ともいえるそんな庶民信仰の寺の方が落ち着く”と前述したが、ではこういう寺も落ち着けるかというと否。もちろん珍スポットとしては楽しめますが、信仰の場としてはいかにも初めから狙って作りましたという作為性が、そのような感情を生む。それが自然発生的に生まれた庶民信仰の寺との違い。つまり養殖物と天延物の差というものでしょうか。
そんな感想を懐きつつ大秘殿を後にする。しかし、風が冷たい。少し寒気もする。予定を早めて今晩の宿ホテル蒲郡へと急ぐ。チェックインを済ませて、すぐ温泉に入ろうと思ったが入浴時間は18時からとのこと。しかたなく部屋のユニットバスで入浴するが、いくら熱いお湯を入れても体が温まらない。ベットに潜り込んで入浴時間まで眠る。
やっとその時間がきたので温泉に入ったのだが、これが少しぬるめの湯。普段ならこれでもいいのだが、今回ばかりは勘弁してほしかった。風呂上がりも当初の予定では、三河湾のおいしい魚をつまんで…と考えていたのだが、外に出る元気も食欲もなく、ホテル近くのつぼ八でお湯割り一杯とキムチ鍋というせっかくの旅の晩餐らしくない夕食。もう一度温泉に入って、ありったけの下着を着て早々に寝る。
「あぁ、みんなオラに元気を分けてくれ…」
とにかく、ここで弱気になったら確実にカゼをひきそうなので、とにかく心の中でアツイものをイメージして乗り切ることにした。
「太陽、燃えさかる炎、熱湯、溶岩、広辞苑… アツイ、アツイ」
巨大ホテルの並ぶ温泉街を通り、そしてかつては温泉客を相手として商売していたのであろう、廃墟と化した店舗を通り抜けた、なんとも退廃的ムードの場所に大聖寺はある。
「寺」と銘打っているが、どうみても一昔前の観光施設。崩れ落ちた看板が、ややもの悲しさを感じさせる。

入り口付近には鳥居とRC製の仏像や狸の置物などが雑多と置かれている。また、「十二支観音」と称した像は、体が観音で顔が動物そのものという意外な表現。う〜ん、恐るべし
中に入ろうと受付を見たが誰もいない。もしかして閉鎖しているのだろうかと思ったが、奥の方から声が聞こえるし、電気もついている。自動ドアは作動しないが、手で開けることができたので中に入ると、おばちゃんが1人番をしていた。
「あぁ、おニイちゃん洞窟巡りか?」
先ほどの鳥居からの階段を下りると、洞窟入り口のシャッターが開いた。「洞窟」といっても天然ではなく、コンクリート製の人工物。ひたすらぐにゃぐにゃと蛇行した通路を進む。いたるところに仏像や仏画、地獄の亡者や獄卒。さらには陰陽物など、この手のスポットに欠かせないものはすべてあるという感じだ。




巨大な陽物を過ぎると、大歓喜の壁画とあるが、どうみても地獄絵図にしか見えない。

料理の神、磐鹿六應命の壁画
かなりの大きさで、蛤と鰹、鴨を持っている。
これらを抜けると本堂、そして寺宝コーナーだが中には髪の伸びる人形だの、どう見ても海外のお土産品でしかないようなものまで置かれている。
うぅ〜ん。ポイントがかなり高い。
チベット仏教の秘仏を祀るお堂。ちなみにここは日蓮宗の寺院だが、もはや超越している感がする。
すべて巡り終えると先ほどのおばちゃんが、抹茶と交通安全のお守りをくれた。しかし、先の弘法山に対して、ここは誰1人とほかの観光客はいない。いったい今日一日でどれだけの人が訪れたのだろう。拝観料1,000円で維持できるのか心配になってきた。
さて、“俗悪ともいえるそんな庶民信仰の寺の方が落ち着く”と前述したが、ではこういう寺も落ち着けるかというと否。もちろん珍スポットとしては楽しめますが、信仰の場としてはいかにも初めから狙って作りましたという作為性が、そのような感情を生む。それが自然発生的に生まれた庶民信仰の寺との違い。つまり養殖物と天延物の差というものでしょうか。
そんな感想を懐きつつ大秘殿を後にする。しかし、風が冷たい。少し寒気もする。予定を早めて今晩の宿ホテル蒲郡へと急ぐ。チェックインを済ませて、すぐ温泉に入ろうと思ったが入浴時間は18時からとのこと。しかたなく部屋のユニットバスで入浴するが、いくら熱いお湯を入れても体が温まらない。ベットに潜り込んで入浴時間まで眠る。
やっとその時間がきたので温泉に入ったのだが、これが少しぬるめの湯。普段ならこれでもいいのだが、今回ばかりは勘弁してほしかった。風呂上がりも当初の予定では、三河湾のおいしい魚をつまんで…と考えていたのだが、外に出る元気も食欲もなく、ホテル近くのつぼ八でお湯割り一杯とキムチ鍋というせっかくの旅の晩餐らしくない夕食。もう一度温泉に入って、ありったけの下着を着て早々に寝る。
「あぁ、みんなオラに元気を分けてくれ…」
とにかく、ここで弱気になったら確実にカゼをひきそうなので、とにかく心の中でアツイものをイメージして乗り切ることにした。
「太陽、燃えさかる炎、熱湯、溶岩、広辞苑… アツイ、アツイ」
弘法山(愛知県蒲郡市三谷町) 平成19年3月17日
三谷温泉街を見下ろすかのように、弘法山山頂には巨大な子安大師像が建っている。地元では有名スポットらしく、ここに至るまでの道中、幾つもの案内板を目にした。三谷温泉は行基が開湯したという古い温泉だそうだが、いわゆる情緒ある温泉街はなく、マリンリゾート施設と巨大ホテルのみ。せめて外湯ぐらいはあってもいいのになぁ…
山号:弘法山
寺号:金剛寺
宗派:高野山真言宗
山道を登ると金剛寺奥之院(三河新四国第46番)に着く。境内は工事の真っ最中だった。本尊は准胝観世音菩薩。外陣には涅槃図や地獄極楽図の掛け軸が掛けられていた。
参拝を終えて本堂から出ると、いきなりスピーカで読経の声が山内中に響いた。本堂では回向を申し込んでいた夫婦がいたが、どうやら住職の読経はマイク放送するようだ。
奥之院から子安大師像までは少し歩く。三河湾から吹き付ける風が恐ろしく強く、そして冷たい。大師像の周囲には八十八ヶ所の石仏や生目神社がある。
この祠は、宮崎市の生目神社でご利益をいただいた人が、感謝を込めて建立したもの。

子安弘法大師像高さは地上百尺(約30m)とのこと。
通常の弘法大師像と違い、えらく彫りの深い顔立ちだ。左手には赤ん坊を抱えている。

金剛寺大師堂(三河新四国第45番)
大師像のすぐ近くに「ラバーズヒル(恋人達の丘)」と名付けられた、新名所があった。子安大師に見守られながら、恋人が愛を誓って鍵を掛けるそうだ。
手すりにはそんな鍵が… ケッ('A`)

三河湾
天気は良いのだが、とにかく風が…

金剛寺(子安大師・奥之院)納経朱印
大樹寺(愛知県岡崎市) 平成19年3月17日
大樹寺は松平氏の菩提寺で徳川家康とゆかりの深い寺。桶狭間の戦いで敗走した家康が自害しようとしたところ、この寺の山首に諭されて思いとどまったという。巨大な山門(県重文)に徳川家の庇護がうかがわれる。
山号:成道山
院号:松安院
寺号:大樹寺
宗派:浄土宗
山門と道路を挟んで、市立大樹寺小学校がある。校門、そしてグランドの一直線上に大樹寺の総門がある。
表参道の一部が小学校というのも、明治期の寺領上知の結果なのだろうか。
本堂本尊は阿弥陀如来。「一光千躰の阿弥陀」で後背部分に、小さな阿弥陀像が数多く表現されている。
本堂右側には三河三十三観音の第3番札所本尊の如意輪観音が、左側には三河新四国第21番・第22番の弘法大師が祀られる。

多宝塔(国重文)
天文4年の建立で本尊は多宝如来。

大樹寺納経朱印
知立神社(愛知県知立市) 3月17日
国道1号線と155号線に東南を囲まれるような、そんな交通の要に知立神社は鎮座する。知立は東海道五十三次では39番宿「池鯉鮒」だが、その地名の由来となったのが、この神社だ。
社号:知立神社
三河国二宮
国重文の多宝塔(室町期)明治の神仏分離で破棄されそうなところ、仏像を他所に移し、相輪を外して瓦葺きに変えて、「知立文庫」として危うく難を逃れたという。
当時の関係者の機転のお陰で、現在となっては貴重な神仏習合の遺産を目の当たりにできる。
このような事例も、三河の信仰観と関係があるのだろうか。

千人灯
台座には建立にかかわったのだろう、多くの名前が刻まれている。
「献身報国」とあるように戦争遺産の一つ。

石橋と池
池鯉鮒(ちりふ)大明神の別称にふさわしく、
鯉の噴水がある。
社殿祭神は彦火火出見尊・鵜鵜草葦不合尊・玉依比賣命・神日本磐余彦尊の四柱と青海首命を配祀、聖徳太子を合祀。

末社の秋葉神社と、その他の摂末社
由緒書によると、弘法大師が当社で祈念されて自像を彫ったとあり、三弘法発祥の霊社とあり、三弘法巡りには必ず参詣するようにとあった。三河の大師信仰は宗派どころか、現代でも神道・仏教の枠を越えている。

知立神社納経朱印
密蔵院(愛知県刈谷市) 平成19年3月17日
京都や奈良のように、壮大な伽藍や荘厳な仏像、華麗な障壁画、静寂なる庭園… そんな寺院に対して、三河三弘法を含めた庶民信仰の寺には、稚拙な石仏、所構わず建つ小堂や祠、そして俗悪ともいえる絵馬や祈願札の数々。しかし、なぜだか知らないが、こういう寺の方が自分は落ちつく。
もちろん歴史と風格ある古寺の良さも分かるのだが、それは三つ星レストランや会席料理のおいしさのようなもの。庶民信仰の寺の良さはは、ラーメンやあんパン、汁掛け飯のおいしさだろう。
人々が神仏にどっぷりと甘え、あからさまに欲望をむき出しにして願う。このような姿に「こんなもの仏教では無い」と顔をしかめる御仁もいらっしゃるが、逆にいえば、本音と建て前を使い分ける世間のしがらみから解放され、嘘いつわりない自分の姿を神仏に見せる。それでこそ「祈り」だろう。
変に悟りすました顔をして、分かったような分からないようなご高説を垂れるセンセイたちの、格調高い「本物の仏教」とやらいう有閑層の言葉遊びよりも、このような寺の方がはるかに信仰・信心というものの息づかいを感じることができる。

西福寺からは1kmほどという比較的近い場所に密蔵院は建つ。ここも住宅地のお寺だが、国道1号線に近いためか、周囲の家の数も多い。
山門前には「流涕弘法大師」と書かれる。
山号:天目山
院号:密蔵院
宗派:臨済宗永源寺派
本堂
本尊は弥勒菩薩。禅宗寺院らしく簡素な作りだ。
先の西福寺は曹洞宗。ここは臨済宗。弘法大師信仰は宗派を越えて行われるが、三河新四国霊場や同じ愛知県の知多四国霊場は、札所の半数が真言宗以外の宗派で構成されている。
愛知県の大師信仰の篤さを物語るかのようだ。

大師堂(三河三弘法第3番・三河新四国第3番)
弘法大師との分かれに涙を流したので「流涕(りゅうてい)弘法大師」と呼ばれる。
ここにも西福寺で見たものと同じ、大根と蕪の絵馬が掛けられていた。

縄で作られた大師像。
少し顔がこわい…

大師堂裏手には四国八十八ヶ所の石仏が祀られている。
ここにも十夜ヶ橋があった。橋の下には布団に包まれた大師像が眠っている。
新旧さまざまな石仏の間に、「仏さまを返してください」と書かれた札が立っていた。石仏を盗む罰当たりな輩がいるのだろうか。

密蔵院納経朱印
もちろん歴史と風格ある古寺の良さも分かるのだが、それは三つ星レストランや会席料理のおいしさのようなもの。庶民信仰の寺の良さはは、ラーメンやあんパン、汁掛け飯のおいしさだろう。
人々が神仏にどっぷりと甘え、あからさまに欲望をむき出しにして願う。このような姿に「こんなもの仏教では無い」と顔をしかめる御仁もいらっしゃるが、逆にいえば、本音と建て前を使い分ける世間のしがらみから解放され、嘘いつわりない自分の姿を神仏に見せる。それでこそ「祈り」だろう。
変に悟りすました顔をして、分かったような分からないようなご高説を垂れるセンセイたちの、格調高い「本物の仏教」とやらいう有閑層の言葉遊びよりも、このような寺の方がはるかに信仰・信心というものの息づかいを感じることができる。

西福寺からは1kmほどという比較的近い場所に密蔵院は建つ。ここも住宅地のお寺だが、国道1号線に近いためか、周囲の家の数も多い。
山門前には「流涕弘法大師」と書かれる。
山号:天目山
院号:密蔵院
宗派:臨済宗永源寺派
本堂本尊は弥勒菩薩。禅宗寺院らしく簡素な作りだ。
先の西福寺は曹洞宗。ここは臨済宗。弘法大師信仰は宗派を越えて行われるが、三河新四国霊場や同じ愛知県の知多四国霊場は、札所の半数が真言宗以外の宗派で構成されている。
愛知県の大師信仰の篤さを物語るかのようだ。

大師堂(三河三弘法第3番・三河新四国第3番)弘法大師との分かれに涙を流したので「流涕(りゅうてい)弘法大師」と呼ばれる。
ここにも西福寺で見たものと同じ、大根と蕪の絵馬が掛けられていた。

縄で作られた大師像。
少し顔がこわい…

大師堂裏手には四国八十八ヶ所の石仏が祀られている。ここにも十夜ヶ橋があった。橋の下には布団に包まれた大師像が眠っている。
新旧さまざまな石仏の間に、「仏さまを返してください」と書かれた札が立っていた。石仏を盗む罰当たりな輩がいるのだろうか。

密蔵院納経朱印
西福寺(愛知県刈谷市) 3月17日
遍照院からは車で10分ほどの、静かな住宅地に場所に西福寺は建つ。山門脇の石柱には「見送弘法大師」と書かれていた。それにしても天気はいいのだが風が強く、そして冷たい。先々週の浜松の方が暖かいぐらいだ。「寒の戻り」は普通の寒さよりも体にこたえる。「暑さ寒さも…」と言うが彼岸に近づくほど寒くなるのはどうしてだろう。
山号:大仙山
寺号:西福寺
宗派:曹洞宗

本堂本尊は阿弥陀如来。
本堂の左側には厄除弘法大師が祀られている。
葬儀の準備のためか、多くの人がお寺に集まっていた。

大師堂(三河三弘法第2番・三河新四国第2番)
当地を去る弘法大師との別れを惜しんで、
見送りしたといわれる。

大師堂に掲げられた
大根と蕪の絵馬。
大正7年に青物商が納めたもの。

釈迦誕生仏
いわゆる仏像型式ではなく、
普通の子供のような体型、顔立ちの尊像。

西福寺納経朱印
ここから少し離れた場所に「三弘法発祥之地」と銘打つ寺がある。
西福寺の奥之院で井戸弘法という。
山門はまるで竜宮城のようだ。
山号:井戸山
寺号:泉龍寺
山門の大きさとは対照的に、境内はこぢんまりとしている。
写真左手前が本堂。中央に井戸。右奥が大師堂。

本堂
本尊は弘法大師。

大師堂
堂内には稚児大師(弘法大師幼少の姿)が祀られる。
大師井戸水不足に困っていたこの地に、弘法大師が
水の出る場所を教え示したといわれる。
自由に水を汲むことができるように茶わんが置かれているが、
弘法大師に水をお供えしてから飲むようにと、注意書きの
看板が立てられていた。

門前の家に掛けられていた、
ライオン蚊取り線香のホーロー看板
遍照院(愛知県知立市) 平成19年3月17日
先々週の遠江突撃巡礼隊に続いて再び東海地方。今回は三河を突撃巡礼することにした。愛知県でも三河は知多半島と並び、大師信仰の篤い土地柄。そこで三河三弘法巡りや豊川稲荷への再訪などを目的とした。
「三河三弘法」は知立・刈谷の両市に建つ弘法大師作の自像を奉安する寺院のこと。伝説では、当地を訪れた弘法大師が、赤目樫に3体彫ったという。毎月旧21日には多くの参拝者で賑わうとのことだ。ここは地名も弘法町なので、いかに信仰を集めているかが頷ける。
「弘法通り」と呼ばれる静かな商店街に入ると、「名物 大あん巻」と看板を掲げた土産物屋が2軒並んで建っていた。毎月旧21日には知立駅まで歩行者天国になるという。
山門付近には「見返弘法大師霊場」と書かれた石柱が立っている。
山号:弘法山
院号:遍照院
宗派:真言宗豊山派

本堂(三河三弘法第1番・三河新四国番外)
本尊は弘法大師。
ここの大師像は、赤目樫の根本の部分だという。
そして、この地を去る弘法大師と別れを惜しんで、右を振り帰っているので「見返弘法大師」と呼ばれるとのことだ。
西国三十三観音の石像
一体一体に松ぼっくりが置かれていた。
子供がお供えしたのだろうか。
冥界十王の石像
閻魔王を含めて十王の顔立ちは
忿怒相ではなく、文官のような雰囲気。
浄玻璃鏡や罪業を量る天秤などもあった。

子育弘法大師

本堂裏には四国八十八ヶ所の石像が安置されている。
路地のものもあれば、小さなお堂に安置されるものなどさまざまだ。

波切不動堂(東海三十六不動第18番)

高野山奥之院大師堂

四国八十八ヶ所には多数の番外札所があるが、地方に写し霊場が作られるとき、それらの番外札所までは写されることは少ない。
この寝転がっている大師像は、11番藤井寺と12番焼山寺の間に山中にある番外一本杉庵。
大杉の元で大師が休息したという霊跡。
こちらは伊予の番外十夜ヶ橋。
橋の下で大師が一夜を過ごしたという霊跡に由来して、橋の形のお堂に安置さている。

薬師堂
薬師如来のほかに、「ぽっくりさん」と信仰される
大随求菩薩も祀られている。

写経道場前に置かれていた茶釜

遍照院納経朱印
「三河三弘法」は知立・刈谷の両市に建つ弘法大師作の自像を奉安する寺院のこと。伝説では、当地を訪れた弘法大師が、赤目樫に3体彫ったという。毎月旧21日には多くの参拝者で賑わうとのことだ。ここは地名も弘法町なので、いかに信仰を集めているかが頷ける。
「弘法通り」と呼ばれる静かな商店街に入ると、「名物 大あん巻」と看板を掲げた土産物屋が2軒並んで建っていた。毎月旧21日には知立駅まで歩行者天国になるという。山門付近には「見返弘法大師霊場」と書かれた石柱が立っている。
山号:弘法山
院号:遍照院
宗派:真言宗豊山派

本堂(三河三弘法第1番・三河新四国番外)
本尊は弘法大師。
ここの大師像は、赤目樫の根本の部分だという。
そして、この地を去る弘法大師と別れを惜しんで、右を振り帰っているので「見返弘法大師」と呼ばれるとのことだ。
西国三十三観音の石像一体一体に松ぼっくりが置かれていた。
子供がお供えしたのだろうか。
冥界十王の石像閻魔王を含めて十王の顔立ちは
忿怒相ではなく、文官のような雰囲気。
浄玻璃鏡や罪業を量る天秤などもあった。

子育弘法大師

本堂裏には四国八十八ヶ所の石像が安置されている。路地のものもあれば、小さなお堂に安置されるものなどさまざまだ。

波切不動堂(東海三十六不動第18番)

高野山奥之院大師堂

四国八十八ヶ所には多数の番外札所があるが、地方に写し霊場が作られるとき、それらの番外札所までは写されることは少ない。
この寝転がっている大師像は、11番藤井寺と12番焼山寺の間に山中にある番外一本杉庵。
大杉の元で大師が休息したという霊跡。
こちらは伊予の番外十夜ヶ橋。橋の下で大師が一夜を過ごしたという霊跡に由来して、橋の形のお堂に安置さている。

薬師堂
薬師如来のほかに、「ぽっくりさん」と信仰される
大随求菩薩も祀られている。

写経道場前に置かれていた茶釜

遍照院納経朱印

