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鳳来寺山(愛知県新城市) 平成19年3月18日
合戦で有名な長篠から鳳来寺山へと通じる道を行く。本来なら表参道から1425段の石段を上ってお参りする方がいいのだろうが、時間の都合もあるので今回はパークウェイで一気に山頂まで走る。駐車場から本堂まではしばらく歩くが、ここからの眺めはまさに絶景。木々の緑と巨岩、そして堂宇が見事に調和した景色だ。
山号:煙巌山
寺号:鳳来寺
宗派:真言宗五智教団(本山)

本堂への道の途中に東照宮が鎮座する。
徳川家康は鳳来寺の薬師如来に祈念して生まれたいわれ、
それを知った家光によって創建された神社。
日光、久能山とともに三大東照宮の一つという。
社号:鳳来山東照宮
祭神:源家康(東照大権現)


拝殿、本殿は共に国の重文。
最近修復を終えたようで真新しい感じがするが、どぎつさはあまりない。

現在の狛犬の後ろにある石は、戦前の狛犬。
弾丸よけのお守りとされたらしく、削り取られて要望がすっかり分からなくなっている。
本堂本尊は薬師如来。開山の利修仙人によって彫られたものという。
かつては真言、天台の二宗兼学だったので、山内には天台寺院の遺構とおぼしき跡が点在していた。
背後の巨岩は鏡岩と呼ばれる。

表参道の石段。
昼間でも幽玄な雰囲気が漂う。
竜の爪跡(鬼の爪跡)弘法大師像背後の岩壁。竜が昇天した跡とも、利修仙人の眷属の鬼が付けたものだともいわれる。

胎内くぐり
ここは巨岩信仰の山岳霊場だったのだろう。


奥三河の山々と、麓の集落。

鳳来寺納経朱印 ・ 鳳来山東照宮納経朱印
参拝後は麓の湯谷温泉に立ち寄る。山間の秘湯らしいムードが漂い、昨日の三谷よりも温泉地らしい。「ゆ〜ゆ〜ありーな」という温泉施設で少しのんびりする。露天風呂からは緑の山々を眺め、そして澄み切った青空の下で湯に入っていると、体が溶けてしまいそうな感覚になる。
その後、名古屋のビーズホテルへと目指すが途中、高速の事故渋滞に巻き込まれてしまい、到着が大幅に遅れた。チェックイン後、榮に赴き昨日の借りを返す気持ちで、手羽先・煮込み・味噌串カツなどで晩餐。名古屋の食べ物はアナーキーなうまさがある。
三明寺(愛知県豊川市) 平成19年3月18日
豊川駅を過ぎ、しばらくすると「豊川弁天」こと三明寺が建つ。境内には壁も結界もなく境界線があやふや。しかも周囲は宅地造営のために草木一本なく整地されているため、なんだかポツンとした感がある。
参道正面は山門ではなく鳥居が立っている。
山号:龍雲山
寺号:三明寺
宗派:曹洞宗

三重塔(国:重文)
本尊は大日如来。
一、二層が和様で三層が唐様(禅宗様)の折衷様式。
三層の屋根が大きく反っている。


妙音閣(弁天堂)
本尊の弁才天は「馬方弁天」の別称がある。
昔、毎日この寺の門前を唄の上手な馬方が往来していた。ある日、弁天が現れて「毎日唄を聞かせてくれた、そのお礼です」と、財布を馬方に与えた。
その財布はいくらでも使ってもお金がなくならないので、馬方は仕事を辞めて毎日酒を飲んで過ごした。
しかし、それを不審に思った仲間たちがそれを問いただしたところ、馬方は隠しきれずに「弁天さまに財布をもらったからだ」と話してしまった。
それ以後、その財布はただの財布となり、また三明寺の弁才天は「馬方弁天」と呼ばれるようになったという。

境内には、西国観音、四国霊場の石仏や鎮守の稲荷社がある。稲荷社内には素朴な狐像が、たくさん奉納されている。

本堂
本尊は千手観世音菩薩。
豊川稲荷・妙厳寺(愛知県豊川市) 平成19年3月18日
目を覚ますと9時を回っていた。かなり寝過ごしたが、皆が元気を分けてくれたお陰か、弘法大師さまのご利益か、ともかく体調は復活。天気は良いが、相変わらず風が強い。
総門
豊川稲荷を参詣するのは12年ぶりだろうか。学生時代に知多四国霊場を歩き遍路した後に、ここまで足を延ばした。当時は本堂だけで奥之院などの諸堂はお参りしていなかったので、今回はじっくりと参詣する。
山号:円福山
寺号:妙厳寺
宗派:曹洞宗

総門から一直線上に山門。左側には大鳥居がある。
豊川稲荷は「稲荷」とあるので、神社と誤解する人が多いが、あくまでも禅寺。また、寺の境内に稲荷神社が同居していると勘違いする人もいるようだが、御本殿は妙厳寺の堂宇の一つの鎮守堂。
神道系の稲荷大神ではなく、仏教護法神の一つダキニを稲荷として祀っている。ダキニはインドでは人間の血肉を食らう鬼女だが、『大日経疏』では、大日如来が大黒天に姿を変えて調伏し、以後は死体の肝を食べるようになったとされ、一切衆生の心の垢を取り除くとされる。
日本では『古今著聞集』に、ダキニと霊狐信仰とのかかわりが見られるが、この狐を介して中世期には稲荷信仰と結びつくようになったと思われる。
法堂
本尊は千手観世音菩薩。
妙厳寺が稲荷で有名になるのは18世紀以降と考えられている。それ以前の『和漢三才図会』などを紐解いても、豊川稲荷の名は見えない。
荼吉尼真天を祀る御本殿への参道
明治の神仏分離では、「周囲が“稲荷”と称しているだけで、あくまでも開山の寒厳義尹禅師が宋より招来した護法神、荼吉尼真天である」としたお陰で、現状の伽藍が維持できた。そうでなけれがおそらく妙厳寺の隣に、境内を隔てて稲荷神社ができていただろう。
御本殿
本来、ダキニは胎蔵曼荼羅にも描かれるように、手足を食らう鬼女の姿だが、日本では狐に乗る華麗な天女で表現される。これは弁才天信仰とも結びついたからであろう。ネットや低級な書籍では、「インドではダキニはジャッカルを眷属とし、このジャッカルが日本では狐とされたから稲荷信仰と結びついた」などの珍説をよく目にする。これも狐に乗るダキニが、日本で作られた尊象であることを知らない故からだろう。
堂内にはダキニ真言として「オンシラパッタニリウンソワカ」とある。ダキニ真言は『大日経』では「カリカ」、その他の密教儀軌では「オンキリカクソワカ」とある。「オンシラパッタ…」は禅宗独自の真言だろう。

奥之院参道の千本のぼり
万燈堂(東海三十六不動第17番)
文殊菩薩と不動尊が祀られる。

弘法堂(三河新四国番外)
堂内右側には巨大な木魚がある。

土蔵造りの大黒堂。

小さな三重塔。

奥之院
もともとは旧御本殿の内陣を
現在地に移し、奥之院としたという。

霊狐塚
大小さまざまな狐象が奉納されている。
比較的新しいものばかりだった。

妙厳寺納経朱印
総門豊川稲荷を参詣するのは12年ぶりだろうか。学生時代に知多四国霊場を歩き遍路した後に、ここまで足を延ばした。当時は本堂だけで奥之院などの諸堂はお参りしていなかったので、今回はじっくりと参詣する。
山号:円福山
寺号:妙厳寺
宗派:曹洞宗

総門から一直線上に山門。左側には大鳥居がある。豊川稲荷は「稲荷」とあるので、神社と誤解する人が多いが、あくまでも禅寺。また、寺の境内に稲荷神社が同居していると勘違いする人もいるようだが、御本殿は妙厳寺の堂宇の一つの鎮守堂。
神道系の稲荷大神ではなく、仏教護法神の一つダキニを稲荷として祀っている。ダキニはインドでは人間の血肉を食らう鬼女だが、『大日経疏』では、大日如来が大黒天に姿を変えて調伏し、以後は死体の肝を食べるようになったとされ、一切衆生の心の垢を取り除くとされる。
日本では『古今著聞集』に、ダキニと霊狐信仰とのかかわりが見られるが、この狐を介して中世期には稲荷信仰と結びつくようになったと思われる。
法堂本尊は千手観世音菩薩。
妙厳寺が稲荷で有名になるのは18世紀以降と考えられている。それ以前の『和漢三才図会』などを紐解いても、豊川稲荷の名は見えない。
荼吉尼真天を祀る御本殿への参道明治の神仏分離では、「周囲が“稲荷”と称しているだけで、あくまでも開山の寒厳義尹禅師が宋より招来した護法神、荼吉尼真天である」としたお陰で、現状の伽藍が維持できた。そうでなけれがおそらく妙厳寺の隣に、境内を隔てて稲荷神社ができていただろう。
御本殿本来、ダキニは胎蔵曼荼羅にも描かれるように、手足を食らう鬼女の姿だが、日本では狐に乗る華麗な天女で表現される。これは弁才天信仰とも結びついたからであろう。ネットや低級な書籍では、「インドではダキニはジャッカルを眷属とし、このジャッカルが日本では狐とされたから稲荷信仰と結びついた」などの珍説をよく目にする。これも狐に乗るダキニが、日本で作られた尊象であることを知らない故からだろう。
堂内にはダキニ真言として「オンシラパッタニリウンソワカ」とある。ダキニ真言は『大日経』では「カリカ」、その他の密教儀軌では「オンキリカクソワカ」とある。「オンシラパッタ…」は禅宗独自の真言だろう。

奥之院参道の千本のぼり
万燈堂(東海三十六不動第17番)文殊菩薩と不動尊が祀られる。

弘法堂(三河新四国番外)
堂内右側には巨大な木魚がある。

土蔵造りの大黒堂。

小さな三重塔。

奥之院
もともとは旧御本殿の内陣を
現在地に移し、奥之院としたという。

霊狐塚大小さまざまな狐象が奉納されている。
比較的新しいものばかりだった。

妙厳寺納経朱印







