裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2007-05

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

元善光寺(長野県飯田市) 平成19年5月20日

 長野突撃巡礼隊も最終日。善光寺参りの締めくくりとして、飯田の元善光寺へ向かう。本日はここをもって最後の目的地としているので、時間的に余裕がある。すこし遅めにホテルを出発して、諏訪に別れを告げる。天気はすこぶる快晴。

山号:定額山
寺号:元善光寺
宗派:天台宗
20070603144401.jpg

JR元善光寺駅からほど近い場所に元善光寺は建つ。けっこう参拝客は頻繁に見えるらしく、さほど広くない境内域でありながらも、大型バスもが数台止まっていた。
石段を上ると、本堂前には角塔婆が立てられ、左右には吹き流しがあった。

20070603144409.jpg本尊は一光三尊阿弥陀如来。縁起では本多善光が難波の堀で、物部守屋がうち捨てた阿弥陀如来を見つけ、当地に安置したという。その後、現在の善光寺へと移したので、元善光寺という。そのため、ここを参拝しないと「片参り」だとされる。
本堂に上がって読経。堂内には本多善光像などが安置される。その後、宝物殿を拝観。如来を安置したという座光の臼が置かれていた。
 参拝後は戒壇巡りを行う。善光寺の戒壇巡りは本当に真っ暗だったが、ここのはさほど暗くなかった。順路も単純に冂型のため、方向感覚が狂うこともなかったので、少し気が抜けた。

20070603144416.jpg
参道石段の近くには矢場がある。堂内には通し矢の的が多く奉納されていたが、これが理由なのだろうか。

20070603144422.jpg
元善光寺納経朱印
スポンサーサイト

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

上諏訪温泉(長野県諏訪市) 平成19年5月19日

 諏訪大社巡りも無事終えて、今晩のホテルへ向かう。荷物を置いて、ここから1kmほど離れた片倉舘へと向かう。

20070603144228.jpg20070603144235.jpg
片倉財閥(今の片倉工業)の二代目・片倉兼太郎が地元の厚生施設として建てたもの。昭和4年の完成で、洋風建築ながらどの様式にも当てはまらないという、独特の外観をしているという。

20070603234123.jpg20070603144243.jpg
塔の建つ側は温泉の入口になる。ここの温泉は千人風呂と呼ばれ、ヨーロッパ調の内装。もちろん現代から見れば普通に見られる大浴場だが、当時は驚く広さだったのだろう。湯船の底には小石が敷き詰められていた。
今も各地にスーパー銭湯が乱立しているが、このように後世に残るほどの、芸術性ある建物はどれだけあるだろうか。

20070603144252.jpg
ホテルから諏訪湖を臨む。

テーマ:温泉旅行 - ジャンル:旅行

法華寺(長野県諏訪市) 平成19年5月19日

 諏訪大社の東参道から少し登った場所に、法華寺は建つ。織田信長が甲州攻の論功行賞を行った際に、明智光秀を愚弄した場所でもあり、これが本能寺の変へとつながったという。

山号:鷲峰山
寺号:法華寺
宗派:臨済宗妙心寺派
20070603144103.jpg赤く塗られた山門をくぐると、新築の本堂と庫裏が建つ。本尊は釈迦如来。元は天台宗だったか、建長寺の蘭渓道隆を中興として臨済宗に改められた。付近にはかつて諏訪神宮寺が建ち、古図では普賢堂や宝塔などが並んでいたが、法華寺も神宮寺に近い扱いだったらしい。

20070603144117.jpg

本堂裏の山には吉良義周の墓がある。上野介義央の外孫で元禄事件後に高島藩へお預け。幽閉後3年の21才で逝去したとある。今も吉良町の有志によって慰霊祭が行われているという。

 ここに吉良町が「吉良義周公に捧ぐ」として立てた看板があるが、町が立てたとは思えないほどの、すさまじかったので文面。永年にわたり悪者とされる「吉良」からの、恨みと怒りが感じられた。

吉良義周公に捧ぐ
 吉良義周公未だ赦されず。ひとり寂しくここに眠る。公は上杉綱憲(吉良上野介長男)の第二子として生をうけ、五歳にして上野介嗣子(あとつぎ)として吉良家の人となった。
 名門の血を継ぎ、優れた才能を持ち、将来を期待された義周公に突然不幸が襲った。元禄事件である。世論に圧されて、いわれなき無念の罪を背負い、配流された先でつぎつぎに肉親の死を知り、悶々のうちに若き命を終えた。公よ、あなたは元禄事件最大の被害者であった。

 しかし、ここに幽閉の二年有余、高島藩主忠虎公をはじめ藩の手厚いご対応、また当法華寺十一世春巌和尚の温かいご配慮に、われら吉良町民はせめてもの慰みを覚えるのである。
 公よ、安らかに眠り給え。
  平成六年六月吉日  吉良町


テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

諏訪大社上社本宮(長野県諏訪市) 平成19年5月19日

 前宮から再び諏訪湖を目指すような形で進むと本宮に着く。諏訪四社巡りもこれで最後となる。守屋山の麓に本宮は鎮座する。

社号:諏訪大社(上社本宮)
信濃一宮
20070603143504.jpg
東参道から境内にはいると、神門と社殿に続く回廊がある。歩くたびに思うのだが、こういった古い宗教施設の回廊は、どうして神秘的な気分にさせてくれるのだろう。
神門のすぐ脇には二之御柱が立つ。

20070603143538.jpg
社殿は拝殿のみで本殿はない。祭神は建御名方神。本地仏は普賢菩薩。
諏訪大明神は狩猟の神でもあるが、中世、猟師は『諏訪の勘文』と呼ばれる信仰で、殺生の免罪が考えられていた。それは「業尽有情 雖放不生 故宿人身 同証仏果」。『神道集』で、諏訪大明神の本地は普賢菩薩にもかかわらず、どうして畜類が供物とするなど、殺生を認めるのかという疑問に対して、“動物は神前の贄となることで、成仏することができる”とある。諏訪の勘文も畜生の業は人に食べられることで尽きて、成仏するという意味になる。また鹿食(かじき)箸、鹿食免が配られ、肉食しても穢れないとされた。

20070603143555.jpg

北参道側には一之御柱が立つ。

20070603143614.jpg

温泉の手水舎。
奥の力士像は雷電為右衛門。雷電は大石村(現、長野県東御市)出身ということで、郷土の英雄として奉納されたもの。

20070603143630.jpg

神楽殿から回廊途中にある四脚門を臨む。古くはここから神体山を拝していたらしい。

20070603143706.jpg
諏訪大社上社本宮納経朱印

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

諏訪大社上社前宮(長野県茅野市) 平成19年5月19日

 秋宮から甲州道中を走って前宮へと向かう。途中、タケヤみその本社工場を横切る。また信号待ちでふと横を見ると、庚申塔にも御柱が立っていた。 
 前宮は諏訪湖から見て南に位置した場所、茅野に鎮座する。本社より奥まっているのになぜ「前宮」なんだろうと思ったが、地図で位置を見れば確かに前。諏訪湖側からしか見ていなかったので気が付かなかった。

社号:諏訪大社(上社前宮)
信濃一宮
20070603140809.jpg20070603140818.jpg
祭神は八坂刀賣神。本地仏は千手観音。
春宮、秋宮と豪華な社殿だったので、前宮の簡素な造りに驚いた。しかし山の麓に建ち、木々と小川の流れが自然の中の神社として、ほっとした気持ちになる。

20070603140828.jpg

社殿を廻ると、本殿裏手に巨大な木が三本立っていた。まさに木魂が宿っていそう。まったく前知識無くして見つけた木なのでうれしくなる。
後でお参りに来ていた人にもこのことを教えたら、「各地の神社で巨木を見るのが好きだから、これは思いがけなかったです」と喜んでもらえた。
 カーナビに案内されるままに来たので、前宮は社殿だけの神社だと思っていた。しかし下に社務所があるとのこと。そこに車を止めて歩いてお参りすれば良かったと、ちょっと悔いる。

20070603140750.jpg社務所へ向かう途中に御室社という小祠があった。かつてはムシャグジ神といわれる、蛇形の木を祀るために、土室に籠もっていた場所だという。諏訪の本来の祭神もこのミシャグジ神だといわれ、古代信仰の一つだろう。蛇形とあるから水神信仰かもしれない。諏訪湖へ、また諏訪湖から伸びる川の流れも関係するだろうか。
『神道集』では甲賀三郎が洞窟に籠もり蛇の姿となって地上に現れたとある。後に三郎は人間に戻り諏訪明神として祀られたとあるが、ミシャグジ神の神事を思わせるようだ。

20070603140759.jpg

諏訪照雲頼重の供養塔と伝わる五輪塔。


20070603140710.jpg
社務所の建つ境内には十間廊が建つ。貢ぎ物を実見する場所だが、4月15日の酉の祭りでは、75の鹿の頭が供えられるという。諏訪大明神は狩猟の神でもある。

20070603140850.jpg
諏訪大社上社前宮納経朱印

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

諏訪大社下社秋宮(長野県下諏訪町) 平成19年5月19日

 春宮から1kmほど離れた場所に秋宮は建つ。中山道と甲州道中の分岐点に当たる場所。秋宮は八坂刀賣神が8月から1月まで祀られる。
 春宮が少し少し鬱蒼とした雰囲気だったのに対して、秋宮は木々は多いが、明るい雰囲気がする。観光客も秋宮の方が多いようにも見えた。

社号:諏訪大社(下社秋宮)
信濃一宮
20070603140138.jpg 20070603140129.jpg
参道を歩くとまず巨大な松が目に入る。「根入りの松」といい夜中にはいびきをかくという。また葉を煎じると、子どもの夜泣きがやむという。
拝殿には御柱を引く巨大な縄が置かれていた。

20070603140150.jpg20070603140159.jpg
祭神は建御名方神・八坂刀賣神。事代主神が配祀される。本地仏は千手観音。
春宮同様、社殿は左右に片拝殿。中央は楼閣造で彫刻が施される。宮大工の立川和四郎が春宮側と技を競ったという。
ここも社殿を囲むように御柱が立てられる。

20070603140211.jpg


温泉地らしく、温泉の手水舎。


20070603140442.jpg奥は加茂社、八坂社、子安社。子安社には安産祈願に底のないひしゃくが奉納される。これは春宮にも同様の事がされていた。

手前は鹿島社。鹿島の祭神である武甕槌命は、『古事記』では国譲りに反対した建御名方神を打ち倒した神。最終的には諏訪から出ないことを条件に命だけは助けたとある。そんな犬猿の仲とも言えそうな神が同一境内に祀られているから面白い。
もっとも、上記の話は『古事記』だけの話で、国史たる『日本書紀』には載っていない。個人的には(「『古事記』偽書説」を100%肯定しているわけではないが)『古事記』の記述よりも、『日本書紀』記述を優先しているので、それからすれば別段おかしくはないのだけど。

20070603140222.jpg

資料館近くの祠にも御柱が立っていた。

20070603140234.jpg
諏訪大社下社秋宮納経朱印


テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

諏訪大社下社春宮(長野県下諏訪町) 平成19年5月19日

 上田からは中山道を走る。道中には一里塚跡など街道らしい遺跡が点在しているようだ。鷲ケ峯の峠を越えてしばらくすると下諏訪町へと着く。

社号:諏訪大社(下社春宮)
信濃一宮
20070603135839.jpg
諏訪大社は下社(春宮・秋宮)と上社(前宮・本宮)の計四社によって構成され、いづれも場所が離れている。そのうち春宮は2月から7月まで八坂刀売神が祀られる。

20070603135741.jpg20070603135750.jpg
祭神は八坂刀売神・建御名方神。事代主神を配祀。本地仏は薬師如来。
社殿は左右片拝殿。中央は楼閣造で彫刻が施される。請け負った宮大工、柴宮長左衛門が秋宮側と技を競ったとある。
有名な御柱は本社殿を囲むように立てられる。長いこと御柱は依り代のように、社殿中央に1本立ちしているのかと思っていたが、そうではなかった。

20070603135759.jpg境内でて砥川を渡り、少し離れた場所に万治の石仏が安置される。伝説では、鳥異を作るために石にのみを入れたところ、血が噴き出した。その後、夢のお告げで良石が見つかったので、この石に阿弥陀如来を刻んだとある。
ずんぐりむっくりして、モアイを思わせるような不思議な顔立ち。背中の一部が欠けているように見えるが、これがのみの跡なのだろうか。

20070603135823.jpg万治の石仏に行く途中の中州に浮島神社が建つ。その周囲にも御柱のようなものが立てられている。
後で神職の方に伺うと、「小宮の御柱」と呼ばれる風習で、諏訪に限らず周辺地域の神社や祠で同様の事が行われていると、それを調査した冊子を見せてくれた。しかし諏訪大社の御柱が起源なのか、この風習を諏訪大社が取り入れたのかは分からなく、また御柱自体も依り代なのか、結界なのか不明とのこと。
密教寺院の大壇や護摩壇も、四方に金剛橛(こんごうけつ)という柱を立てて結界を張るのと似ていると言うと、御柱は仏教の影響を受けている可能性もあるとのこと。今から思えば、修験道の作法に近いかもしれない。

20070603135731.jpg

参道正面にある下馬橋。

20070603135900.jpg
諏訪大社下社春宮納経朱印

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

別所温泉(長野県上田市別所温泉) 平成19年5月18日

20070603130208.jpg
別所温泉は信州最古の温泉とされ、古くは「ななくり(七苦離・七古里)」と呼ばれたという。『枕草紙』に「湯はななくりの湯、有馬の湯、玉造の湯」とあるが、この「ななくり」は別所のことだという説もある。
温泉街の入口には古名にちなんで、七苦離地蔵堂が建つ。

20070603130217.jpg北向観音のすぐ近くに「大師湯」がある。慈覚大師(円仁)が入浴したことにちなんだ名前。
浴室はタイル張りの湯船でさほど広くはないが、掛け流しの上、少し熱いぐらいの湯なので、疲れが一気に飛ぶ感じがして気持ちがいい。風呂上がりは川縁のベンチに座り、一休みする。

20070603130224.jpg大師湯から少し歩いた場所に「石湯」がある。ここは真田幸村の隠し湯で、池波正太郎の『真田太平記』にも登場するとのこと。そのためか入口近くの飲泉所案内は池波筆だった。
番台から階段を下りると石で組んだ湯船がある。その石のすき間から湯が流れている。地下1階になるので屋根から数えると、3階建てのようだ。

20070603130236.jpg石湯の正面の食堂で昼食。店内は昔ながらの民家をそのまま食堂にしたようで、今に食卓が並べられている。ざるそばを注文すると、田舎っぽい不揃いな切り方のそば。こういうそばに出合うと、なんだかうれしくなるし、すっかり空腹なところに、こういう素朴な味はしみじみうまい。

20070603130244.jpg

北向観音参道の土産物店。いかにも昔からの温泉地の風景だ。
 散策を終えて宿にもどり一休み。旅館の温泉は、後背の山の岩を一部利用した岩風呂。掛け流しなので浴室内は硫黄臭が漂う。シャワーも温泉を利用しているようだ。少しぬるめなのでゆっくりとつかる。体を洗っていたら、今朝まで赤く腫れて痛かったできものが膿んでいたので、少し押したらきれいに膿が出て痛みが取れた。さっそくに温泉効果が出たのだろうか。

20070603130250.jpg夜中雨が降ったらしく、朝外を眺めると周囲がぬれていた。もっともそのお陰で空気がさわやかだ。宿を出て次の目的地の諏訪へと向かうが、その途中に別所交通上田温泉駅に保存されているモハ5250型、通称「丸窓電車」を撮影。嗚呼、こういうところで鉄道マニアの悪い血が騒ぐ。


テーマ:温泉旅行 - ジャンル:旅行

別所神社(長野県上田市別所温泉) 平成19年5月18日

20070603124721.jpg

常楽寺の参道石段を下りると、すぐ近くに別所神社の参道がある。当地の産土神のようだからお参りに行く。
扁額に「本朝縁結大神」と掲げられた鳥居をくぐり、そこから坂道をしばらく歩いた高台に別所神社は鎮座する。

社号:別所神社
20070603124743.jpg
左側が社殿。神楽殿と思える建物は、まるで展望台かのような造りで、神輿などが納められていた。
20070603124752.jpg
本殿は春日造で市重文。元は熊野社と呼ばれていたが、明治に現社号の改められたという。熊野権現を祀っているのだろうが、祭神は分からなかった。本殿裏に朽ちた祠が三つあった。後になって分かったが、これが縁結神だったようだ。

20070603124806.jpg

本殿周囲には石祠が大量に安置される。祠には○○明神や権現、○○社など神号が、それぞれ二つずつ彫られていた。

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

常楽寺(長野県上田市別所温泉) 平成19年5月18日

 安楽寺から石畳の遊歩道を歩いて常楽寺へと向かう。二ヶ寺とも寺号に「楽」が付くが、古くは“三楽寺”といいもう一ヶ寺、長楽寺が北向観音の近くに建っていたという。

山号:金剛山
院号:常照院
寺号:常楽寺
宗派:天台宗
20070603122304.jpg本堂は重厚な茅葺き屋根。自由に参拝できるようだったので、堂内に上がって読経。
本尊は妙観察智(みょうかんざっち)阿弥陀如来。大日如来の五つの智慧を表す五智如来(大日・阿閃・宝生・阿弥陀・釈迦)の一尊。通常の如来形ではなく五智宝冠をかぶった姿で表されていた。
ここは北向観音の本坊になる。

20070603122315.jpg

本堂裏の墓地の奥に国重文の石塔が立つ。ここは北向観音が出現した場所だという。
苔むした石塔が辺りの木立と相まって、独特の幽玄さを醸し出している。

20070603122324.jpg
境内には茶屋があったので、そこで梅ジュースを飲む。さまざまな花が植えられ、その蜜を集めにハチが何匹か飛んでいた。別所を俯瞰する場所に建っているので、何ともいえないのどかな気持ちになる。茶屋で話を聞くと、常楽寺の前住職が今の天台座主(延暦寺山首)とのことだ。

門前には牡丹がたくさん植えられていた。ここは花のお寺のようだ。

20070603122333.jpg
常楽寺納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

安楽寺(長野県上田市別所温泉) 平成19年5月18日

 北向観音から安楽寺・常楽寺への道は、ちょうど別所温泉の周囲をぐるりと廻ることができて、散策するにはピッタリのコースだ。天気も良いので歩いていても気持ちいい。
山号:崇福山
寺号:安楽寺
宗派:曹洞宗
20070603114639.jpg20070603114650.jpg
本尊は釈迦如来。創建当時は臨済宗で、信濃初の禅宗寺院。
本堂の屋根は往時の茅葺きを残そうとしている。先の北向観音とは対照的に禅寺らしい、落ちついた雰囲気の境内。

20070603114657.jpg本堂から少し山を登ると国宝の八角三重塔が建つ。本尊は大日如来。
初重に裳階(もこし)が付くため、一見すると四重に見える。前山寺でもそうだったが、本堂後背の高所に塔を建てるのが鎌倉期以降の特徴だそうだ。
ここの塔は国内唯一の八角形のためか、全体的に中国風。でもどうして八角塔は中国ではよく見られるのに、日本ではあまり広まらなかったのだろう? ちなみに八角の建物は円を表現したもので、夢殿など主に霊廟に用いられる。

20070603114704.jpg
安楽寺納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

北向観音(長野県上田市別所温泉) 平成19年5月18日

 北向観音へは善光寺参りの一環として参詣するという面もある。善光寺が南面に対して、ここは北面と相対しているので、両寺を参詣しないと片参りといわれる。
 別所温泉に着き、今晩の旅館に荷物を置いてから参詣に向かう。旅館のすぐ近くに北向観音は建っていて、まるで城を思わせるような、高い石垣が組まれていた。
山号:北向山
寺号:常楽寺(北向観音堂)
宗派:天台宗
20070603111314.jpg本尊は千手観世音菩薩。厄除け観音として、善光寺の未来往生に対し、現世利益を司るとされる。
堂内には弘化4年(1847)善光寺参りの前に北向観音に参詣した人が、5月8日の大地震(善光寺地震)で奇跡的に助かり、感謝のために納めた絵馬が掛けられていた。また、当地で足が治ったお礼に納められたいざり車など、霊場寺院らしい雰囲気が色濃い。
通常、寺院の本堂は、支那の「王者南面」の影響を受けて南向きに建てられる。ここが北向きの理由として、縁起では北斗星信仰とのかかわりを示唆していた。天台宗では北斗星は、山王七社と結びつき重視されるが、ここもそれによるのだろうか?

20070603111328.jpg

手水舎は水ではなく温泉が湧いている。口に含むと硫黄臭がするが、飲みにくくはない。
奥に建つのは愛染堂。

20070603111334.jpg


秩父三十四観音堂(左)と絵馬堂。

20070603111340.jpg


絵馬堂に納められた、馬の絵馬。

20070603111353.jpg20070603111405.jpg
懸崖造の温泉薬師堂。正しくは医王尊瑠璃殿と呼ぶそうだ。
薬師堂と向き合うように巨大な桂が立つ。川口松太郎の「愛染桂」のモデルの木と説明されていた。
20070603111412.jpg
北向観音納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

中禅寺(長野県上田市) 平成19年5月18日

 前山寺から塩田平を右に眺めつつ、山沿いに進む。途中、龍光院、塩野池、塩野神社と通り過ぎる。時間があればこの付近を歩きながら、ゆっくりとまわりたいものだ。

山号:龍王山
院号:延命院
寺号:中禅寺
宗派:真言宗智山派
20070601140220.jpg
本尊は地蔵菩薩。
境内の雰囲気は、広々と開放的。独鈷山の麓に建つが、この山は塩田平の水源地になるという。先の前山寺の湧き水伝説といい、ここの龍王山という山号といい、水神信仰があったのだろうか。

20070601140251.jpg  20070601140259.jpg
本堂から少し離れた場所に薬師堂が建ち、その参道には仁王門ある。両脇の仁王像は少しずんぐりとした体型で、素朴な感じがする。平安末期から鎌倉初期にかけての像らしく、全国でもかなり古い像とのこと。

20070601140308.jpg薬師堂(国重文)
方三間宝形作りで、藤原時代の阿弥陀堂型式の影響を受けた小堂。中部地方では最古の属するという。本尊の薬師如来は、近くの塩野神社の本地仏で、神仏分離により当地に移されたという。
茅葺き屋根が堂本体に比べて大きく、まるで蓋をするかのごとく、全体を覆い被せているように見えた。
 参拝後は参道入口にあるお茶の接待所で一休み。お茶請けに漬け物や佃煮が出される。にんにくのみそ漬けが香ばしくてうまい。

20070601140314.jpg
中禅寺納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

前山寺(長野県上田市) 平成19年5月18日

 生島足島神社からしばらく車を走らせると、昭和初期を思わせるレトロな風貌の公民館?と鐘楼が並んで建っていた。近くに寺があるようには思えず、どうして鐘楼だけがあるのだろうと不思議な感じ。今から思うと、どうして車を止めて写真に撮らなかったのかと悔やまれる。
 塩田平の風景はのどかで、車の窓から吹き込んでくる風もさわやか。ところで、海から遠いのになぜ「塩田」という地名なのだろう。そういえば、塩尻という地名も長野にはあるな。

山号:独鈷山(とっこさん)
寺号:前山寺(せんさんじ)
宗派:真言宗智山派
20070531164619.jpg

本尊は大日如来。山号の由来は、山中の岩屋で弘法大師が独鈷をもって加持すると、水が湧いたという伝説に由来する。
本堂の屋根は分厚い茅葺きで、今どきこれだけの萱を維持しようとすれば、大変だろうなと思う。

20070531164609.jpg

三重塔(国重文)
塔内には五智如来が祀られる。二、三層の回廊、勾欄などが無いところから「未完成の完成の塔」と言われているそうだ。
もっとも、ぱっと見た目には未完成だとは分からない。

20070531164652.jpg

境内には牡丹や藤が咲き、それを写すカメラマンも多数みられる。会長もその一団に加わり一枚。
この日は地元小学校の遠足らしく、子どもたちが次々に挨拶をしてくれた。
 「アビラウンケン」と梵字で書かれた大日如来真言の石碑が建っていた。それを観光客が、いったい何が書かれているのだろうと不思議そうに眺めていたら、境内を掃除していた老人が丁寧に説明していた。こういう、ささやかなふれあいを題字にする寺社にお参りすると、なんだかうれしくなる。

20070531164626.jpg
前山寺納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

生島足島神社(長野県上田市) 平成19年5月18日

 善光寺の朝のお勤めも終わり、ホテルで朝食とチェックアウト。次の目的地の上田へと車を走らせる。その途中で川中島古戦場を通り過ぎるが、大河ドラマの影響なのだろう、朝早いにもかかわらず観光バスが何台も止まっていた。なんだかんだ言ってもまだまだ観光に影響力のある番組だ。

社号:生島足島神社
20070530152913.jpg
社殿は池の中の島に建てられている。このような造りを「出雲式園地」というそうだ。社殿の正面には屋根付きの神橋が架けられるが通行は不可。参拝には左側の石橋を渡る。

20070530152954.jpg

祭神は生島大神、足島大神の二神。この神社は日本の中央に鎮座しているとのことから、「日本総鎮守」と称していた。


20070530152926.jpg20070530152935.jpg
神楽殿の奥には、摂社・諏訪神社が鎮座。その社殿、左側には夫婦欅(めおとけやき)が立っている。樹齢は約800年とのこと。根本の洞は男性器・女性器を表しているようだ。

20070530152943.jpg県宝の歌舞伎舞台は、内部が武田家ゆかりの起請文の展示室になっていた(無料)。起請文とは、誓約を神仏に誓い、それを違えると冥罰を受けるとの内容で締めくくられた一種の誓約書。多くは熊野牛王に書かれている。


20070530153002.jpg
生島足島神社納経朱印

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

善光寺(長野市) 平成19年5月17、18日

 「牛に引かれて…」ではないが、念願の善光寺参り。さすがに観光客が多く、庶民信仰の寺を実感させる。本当は宿坊で一泊したかったのだが1人泊まりはできないとのこと。しかたなく、善光寺に一番近いビジネスホテルに宿泊。取りあえず車をホテルの駐車場に止めてから、参拝に向かう。

20070528135928.jpg
仁王門には裏側に高村光雲・米原雲海作の大黒天と三宝荒神が祀られる。付近には塔頭寺院が並び、門をくぐると仲見世がある。
山号:定閣山
寺号:善光寺
20070528135959.jpg国宝の本堂は今年再建300周年。本尊は一光三尊阿弥陀如来。通称「善光寺如来」の呼ばれ一つの光背に阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊が並んだ姿。
堂内外陣の中央には賓頭廬尊者が祀られ、その脇に親鸞松がいけられる。
内陣には両脇に地蔵尊と弥勒如来(阿弥陀如来のようだったが…)が安置され、欄間には二十五菩薩と西国・板東・秩父の百観音が配される。
 内陣に座ってゆっくりと念誦読経。阿弥陀三尊の真言や弥陀念仏を繰り返しお唱えする。その後、善光寺名物ともいえる戒壇巡りを行う。地下は真の闇で、一寸先も見えない。右手で壁を探りながらこわごわ進むと「ガチャガチャ」音がする金属に触れた。石川五右衛門ならここで極楽往生となるのだろうが、なんとかおかげさまで如来様と縁を結ぶことができたようだ。

20070528140009.jpg
経蔵。
内部には一切経(※)を収めた八角形の輪蔵が置かれ、実際に回すことができる。一回転で一切経全巻読んだと同じ功徳が得られる。ありがたや、ありがたや…
※一切経…大蔵経とも呼ばれ、さまざまな経典・仏典を収録した一種の仏典全集。

20070528140022.jpg日本忠霊殿は、戊辰戦争以降の英霊供養のために建立されたお堂。
内部は史料館にもなっている。展示されるのは近世の仏像や奉納絵馬が中心。善光寺は古いお寺にもかかわらず、京都や奈良のような文化財クラスの仏像は残されていないようだ。もっとも霊験を伝える奉納絵馬を見ると、善光寺が生きた信仰であるかが分かる。特定の権力者に庇護された寺ではない証拠だろう。


20070528140055.jpg大勧進。善光寺は天台・浄土の二宗によって寺務が営まれるが、大勧進は天台宗大本山。本尊は善光寺如来。塔頭のうち「○○院」と名の付くのは大勧進末。
参拝後に納経を願うと、4時を過ぎていたので寺務所は既に閉まっていた。しかし、堂守の人がわざわざ押印した紙を用意してくれた。感謝、感謝。

 ホテルへの帰り道、おいしそうなトマトが3つ100円で売っていた。さっそく買ってその場で食べると、すこぶる甘い。夕食はホテル近くの居酒屋兼そば屋に行く。馬刺し、ノビル、山ウドとついつい杯が進みそうになるが、明日は早起きなので自重。最後に大盛りそばで〆とした。


20070528140106.jpg翌朝、6時からのお勤めに出るべくホテルを出発。本堂前にはお数珠頂戴を待つ参列者が並んでいる。しばらくすると大勧進貫首が念仏を唱えながら、参列者の頭を数珠でなでていく。会長も脳天をなでられた。
お勤めは始めは天台宗、次ぎに浄土宗で執行。最後に前立本尊の幕が上げられ、わずかな間だが善光寺如来を目にすることができた。お勤めが終わると大本願上人によるお数珠頂戴も受けた。
朝のお勤めが終わり、境内を散策していると、再び大勧進貫首の列が本堂へと向かっていた。

20070528135940.jpg

「ぬれ仏」の通称がある延命地蔵菩薩。
八百屋お七慰霊のために建立されたとの伝説があるが、“ぬれ”ってどういう意味なんだろうか?。


20070528140117.jpg

大本願は浄土宗大本山で、本尊は善光寺如来。住職は代々尼光上人が務める尼寺。塔頭で「○○坊」は大本願末となる。
本堂は近年改築したようで真新しい。


 善光寺の門前通りはレトロな雰囲気の建物が並び、景観を保っていた。かといって「いかにも」という観光臭さはなく周囲と溶け込んでいる感じだった。
20070528140129.jpg

御本陣藤屋旅館は、大正時代に建てられたもの。

20070528140147.jpg

善光寺郵便局は旅館を改築したもの。

20070528140203.jpg20070528140219.jpg
善光寺(本堂・本堂再建記念)納経朱印
20070528140227.jpg
大勧進納経朱印
20070528140236.jpg
大本願納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

刈萱堂(長野市) 平成19年5月17日

 戸隠神社から善光寺へと向かう途中に刈萱堂がある。説教節『かるかや』で知られる、刈萱道心の終焉の地とされる寺。善光寺平を見下ろす小高い山の中腹に建っていた。
山号:安楽山
寺号:刈萱堂往生寺
宗派:浄土宗

20070526105019.jpg
幸いに雨も上がり、そのお陰か境内の緑にさわやかさが一層増したように見える。
本尊は阿弥陀如来。本尊右には刈萱道心・石堂丸が刻んだ親子地蔵が祀られる。堂内の欄間には百体以上はある小さな地蔵尊が、ずらーっと並んでいる。
 刈萱道心は高野山で親子の名乗りを上げることなく、石堂丸を弟子としたが、その後、親子の情を断つために高野山から単身善光寺へと刈萱は旅立つ。しかし地蔵尊に導かれた石堂丸は往生間際の刈萱と親子の名乗りをあげたという。
 でも会長が小さいころから知っていた『かるかや』は、高野山で親子の名乗りを上げることなく一生を終えたという話で、高野山の刈萱堂で伝えられている。同じ話なのに内容に食い違いがあるのは、説教節『かるかや』を広めたのが高野聖と善光寺聖のため。そのため高野聖系は高野山で終わり、善光寺聖系は長野で終わるという内容になる。

20070526105030.jpg

『夕焼小焼』の歌碑と鐘楼。作曲の草川信は長野市出身なので、同曲ゆかりの鐘としている。碑文は作詞の中村雨紅によるもの。雨紅出身の八王子にも歌碑があるようだ。

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

戸隠神社(長野市戸隠) 平成19年5月17日

学生時代に秩父巡礼に四国遍路、そして昨年から今年にかけては新西国巡礼や西国三十三所巡りを結願したので、「善光寺参りに行かなくては」と思い立ち、長野へと突撃巡礼と向かいました。なにぶん長距離なので16日の夜から出発。途中、恵那峡サービスエリアで車中泊。目を覚ますと何やら薄曇りの空模様。一抹の不安を抱えながらも第一の目的地、戸隠山へと車を走らせました。



 市内からバードラインを走って戸隠山へと進む。途中、シラカバ林などが道を囲み、信州に来たことを実感させる。しかし奥へ、奥へと進むにつれて曇りから雨と天気が変わり、奥社入口に到着したころには本降りとなった。
 戸隠神社は奥社・中社・宝光社の三社(戸隠三所大権現)と九頭龍社、日之御子社の計五社を総称した名称。奥社・九頭龍社が同一境内以外は、すべて離れた場所に鎮座している。
社号:戸隠神社

20070525151607.jpg
参道入口に車を止めて奥社へと向かう。ここからは約2kmの参道を歩くしか交通手段がない。
しかしながら両脇にクマザサの茂る参道は、山中の神社でありながらも高低差はなく、実に歩きやすい。

20070525151617.jpg
1kmほど進むと工事中の随神門が建つ。それを抜けると周囲の風景は一変して、巨大な杉木立に囲まれた参道となる。
交通の便の悪いところだから参拝者は少ないだろうなと思っていたが、ハイカーが結構多くお参りに来ていた。

20070525151628.jpg
飯綱社
飯綱大権現(大明神)は迦楼羅(かるら)と不動尊が合体した姿で、白狐に乗る異形の神。天狗でもあり愛宕山太郎坊、比良山次郎坊に次いで「飯綱三郎」と称される。

20070525151640.jpg
ごろごろとした自然石利用の石段を少し登ると、奥社の屋根が見えてきた。
祭神は天手力雄命(本地仏:聖観音)。戸隠三所大権現のうちの奥院に当たり、天の岩戸はこの地にまで飛来したので、「戸隠」の名があるとされる。


20070525151651.jpg奥社から一段下がった場所に九頭龍社が鎮座する。祭神は九頭龍大神(本地仏:弁才天)。戸隠の地主神とされ、また歯痛の神として信仰される。
竜神が地主神ということは、古くは水神(蛇神)信仰の山であったのだろう。九頭竜王は仏典に説かれる八大竜王の一つ、和修吉(Vaski)の異名だが、九頭(くず)は土着を意味する「くにす(国栖)」の略語「くず」が変化したものでもなかろうか。



奥社の参拝を終えて中社へと向かう。そのころは雨はかなりきつく降り、靴もベトベトになる。ここまで降ってくるとゆっくりと散策する気分も失せてしまうが、戸隠の神が水神だとすれば、この天気も縁あることかなと「必殺、自分に都合よく考える」の技で気持ちを取り戻す。
20070525151705.jpg20070525151718.jpg
中社は寺院風の巨大な社殿。もっとも、修験時代では顕光寺中院だったから当然といえば当然だが。祭神は天八意思兼命(本地仏:釈迦如来)。
境内には雪がまだ残っていた。さすがは信州と思ったが、神職さんに尋ねると、今年は残雪が少ないとのこと。
参拝後は門前町で戸隠そばを食べる。ざるに波打つように盛られたそばはみずみずしく、またコシがあって実にうまい。麺類中毒患者にとって「旨麺地帯」を旅するのは、いつもよりも2倍3倍得した気持ちになる。

20070525151730.jpg日之御子社は、中社と宝光社の中間地点の道路沿いに鎮座する。祭神は天鈿女命、高皇産霊命、天忍穂耳命、栲幡千々姫命(本地仏:薬師如来)。
境内には西行にまつわる桜があったが、最近植え直された木なのか、幹が細く写り映えもしなさそうなので、写真には残さなかった。


20070525151744.jpg20070525151753.jpg
宝光社に着いたころは雨も治まり、傘を差す必要もなくなった。石段を上りきるとここも寺院風の社殿。ここも元は顕光寺宝光院だった。祭神は天表春命(本地仏:勝軍地蔵)。先の中院同様に社殿内部は内陣・外陣に分かれた構造で、仏具が置かれていないだけで寺院であったことは一目瞭然だった。

20070525152145.jpg
石段の途中に末社なのか、小さな祠が祀られる一角があった。苔むす石祠の周囲には、観音や地蔵、青面金剛(庚申)などの石仏や五輪塔なども祀られ、かろうじて修験の山であった名残をとどめていた。

20070525151840.jpg 20070525151852.jpg 20070525151859.jpg
戸隠神社(奥社・中社・宝光社)納経朱印

テーマ:神社めぐり - ジャンル:旅行

平成19年空也滝(京都市右京区) 5月3日

20070504165536.jpg20070504165546.jpg
月輪寺の参詣を終え、滝入口へと戻ってきた。せっかくなので空也滝へも足を延ばす。
しばらくは何もない山道だが、しばらくすると宗教団体の参籠所とおぼしき建物に出る。何となく路地裏を歩いているような気分になりながらも、そこをさらに進みと「空也」と書かれた木の鳥居へと着く。

20070504165558.jpg

鳥居を抜けると、空也滝が見えた。その名の示すとおり空也上人の修行地。
周囲には不動尊や役行者などの石像が祀られ、行場としての雰囲気がある。


テーマ:ちょっとおでかけ - ジャンル:旅行

月輪寺(京都市右京区) 平成19年5月3日

20070504153516.jpg
 月輪寺はいまだに車道がなく、徒歩しか参拝手段がないという、大変不便な場所に建つ。清滝からは林道を通って空也滝口までは車で行けるが、それからは山道を1時間ばかり歩かくことになる。
 「行こう、行こう」と思ってはいたが、なかなか実行に移せなかった理由はそれだが、どこも混雑すると分かっているGW中は遠出する気もないし、天気も良いので、ハイキングを兼ねて、お参りすることにした。
月輪寺入り口

20070504153534.jpg20070504153542.jpg登り始めは、つづら折りの坂道が続くが、それも思ったほど急ではなかった。松林の間では松葉が地面を覆っているので、足の感触が柔らかい。
松や杉の針葉樹林を過ぎると、ブナ林へと変わる。そのころになると道もなだらかになる。


20070504153553.jpg

再び杉林となり、それを抜けると月輪寺が見えてきた。入り口には寺まで1時間かかるとあったが、思いのほか速く30分ほどで到着した。木々の間にぽっかりと俗世から隔絶された、まるで隠れ里にでも来たような気持ちになる。

20070504153601.jpg

境内に立つ親鸞聖人像。古くから念仏道場として知られ、空也、法然、親鸞も当地を訪れている。
この日はハイカーがたくさんみえていて、山中の狭い境内にもかかわらず、にぎわいをみせていた。
山号:鎌倉山
寺号:月輪寺
宗派:天台宗

20070504153617.jpg20070504153625.jpg
本堂と三祖堂(法然上人二十五霊場第十八番)。
本尊は阿弥陀如来で、本堂内には五大明王や四天王が安置されている。三祖堂には釈迦如来の左右に、法然上人(円光大師)と親鸞聖人(見親大師)が祀られていた。ちなみに三祖のうち、もう一祖は法然に帰依した九条兼実(法名:円証)。

 車道もない、徒歩しか交通手段のない大変不便な場所だが、中年と高齢の尼さん2人でお寺を守っている。歴史は古いとはいえ檀家もなく、しかも場所が場所だけに、堂宇を維持していくのは並大抵の苦労ではないと思う。納経を書いてくれた尼さんは80才過ぎだという。いやはや、頭が下がるばかりだ。

20070504153636.jpg20070504153644.jpg時雨桜。
親鸞聖人が北国に左遷された時、自らが植えた桜が、涙を流すようになったので、この名前がある。実際に近寄ってみると、葉の先から雫が垂れていた。空也の滝のしぶきが風に乗り、この桜で結露してこのようば現象になるとはいうが、それにしてもこの桜だけがそうなるのであれば、不思議なことだと思う。

20070504153654.jpg

愛宕権現堂と天然記念物の石楠花。

20070504154942.jpg

月輪寺納経朱印

 | HOME | 

FC2Ad

 

プロフィール

山カズ大王

Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。