裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2007-07

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有馬温泉(神戸市有馬) 平成19年7月29日

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 外湯「金泉」周辺は狭い路地と古い町並みが残り、何となくタイムスリップした気持ちになる。もっとも、子どものころの景色がこんな感じだったかといえばそんな筈はない。刷り込みと言ってしまえばそうかもしれないが。
 ただこういう所を歩いていると、つい左腕を押さえて声を出したくなる。
「イシャはどこだ!」

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温泉寺から金泉へと通じる路地に祀られる不動尊と地蔵菩薩の石仏。この不動尊は有馬では現存最古の石仏というが、すっかり風化してその姿ははっきりと分からない。
賽銭を投じると「上を向いて歩こう」が、その後に「ギャテイ、ギャテイ…」と般若心経の心咒が流れるという、不思議な組み合わせの賽銭箱が置かれている。


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あまり早く温泉に行くのもなんだからと、玩具資料館へも立ち寄る。
館内にはドイツ製のクルミ割り人形やぬいぐるみ、からくり、ブリキ玩具などが展示される。

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メルクリン社のHOゲージレイアウト。
外縁路線は蒸気機関車牽引の急行列車が運行。
内縁部は電気機関車が牽引する貨物列車が走る。

20070729211941.jpgレイアウト全景。
電気機関車庫の巨大なトラバーサー(車両を平行移動させる装置)など、日本のレイアウトではあまり見かけない装置が、設置されるところも欧州風だ。
蒸気機関車庫には転車台がなぜか取り外されていた。
途中、ディーゼル機関車が走り出したが、カプラー(連結器)の調子が悪く運休。

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白亜の城の下を走る蒸気機関車。

 温泉は太閤の湯に入浴。全体的に物価が「高い」のは有馬の特長だが、ここは入館料2400円。そのかわり1日中いることができる。
 金泉や銀泉に何度もはいってゴロゴロとする。ただし金泉は源泉なので成分が強く、あまり長く入りすぎて逆に体が疲れてしまった。何事もほどほどが大事ということだ。
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湯泉神社(神戸市有馬) 平成19年7月29日

湯泉(とうせん)神社・式内大社
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 温泉寺境内参道を横切る形で、湯泉神社参道が延びている。鳥居をくぐるとしばらくは石段を上り、有馬を見下ろす高台に社殿は建つ。
 祭神は大己貴命・少彦名命・熊野久須美命。境内には子安堂として巨大な男根が祀られる。
 しかし由緒深く、また有名観光地に鎮座する神社のわりに、境内は物静かで神職の姿も見えない(参道途中に神職宅はあるが)。あまり観光客を相手にしてにぎにぎしい境内にするよりも、静かに温泉を見守るという姿勢なのだろうか。

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参道石段の途中にある妙見堂。
「南無妙法蓮華経」の題目石が立っていたので、湯泉神社ではなく、日蓮宗関係の仏堂だろう。

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温泉寺(神戸市有馬) 平成19年7月29日

 1年ぶりに有馬の金泉に入りたくなったので、ぶらりと日帰り旅行。昨日は城崎、今日は有馬と兵庫県南北の名湯で過ごしました。

有馬山温泉寺・黄檗宗
20070729210657.jpg思ったよりも早く就いたとはいえ、さすがは有馬。既に多くの人でにぎわっていた。車を止めてから温泉街を軽くぶらつくことにした。
温泉寺は有馬の高台に建つ古刹で、行基菩薩開山という。
境内は狭いが、それとは不釣り合いなほどの巨大な本堂。

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本尊は温泉守護の薬師如来。日光・月光の両菩薩と十二神将が周囲に安置される。
温泉寺の周囲には2つの寺院が並び立っている。かつて温泉は観光というよりも療養という面があったが、このような宗教空間はそれをいっそうに引き出すのだろう

寂静山極楽寺・浄土宗
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温泉寺の裏手に建つ。本尊は阿弥陀如来。
本堂左には火伏観音が安置される。

摂取山念仏寺・浄土宗
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 極楽寺とは道を挟んだ向かいに建っている。本尊は阿弥陀如来。
 本堂左には神戸七福神の一つ、寿老人を祀る寿老堂が建つ。

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温泉寺納経朱印

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城崎温泉・円山川温泉(兵庫県豊岡市城崎) 平成19年7月28日

20070728215413.jpg昔はそうとは思ってはなかったが、いろいろな温泉地と見比べてみても城崎はなかなかに考えられた温泉だ。
駅に近くあり、散策するにしても30分~1時間以内で移動できるし、情緒漂わせる風景と、「但馬」というある意味取り残された場所のためか、巨大リゾート開発とも無縁だった。そのお陰か、有名温泉地にありがちな、“くたびれた感”が薄いように感じる。

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「まんだら湯」は道智法師ゆかりの外湯。寺院風の外観だが、3時にならないと開かない。

20070728215433.jpg最近、但馬はコウノトリブームという感があるが、それに縁ある「鴻の湯」に入ることにした。地元というのは、離れてみて初めてその良さが分かるというが、突撃巡礼隊で各地を巡ってみて、なるほど城崎温泉は観光客として訪ねるのにはいい場所だと再認識した。

20070728215442.jpgさて、とはいえ城崎はやはり観光客向けの温泉。つまり、湯だけでなく立地場所・町全体の雰囲気などを総合してのこと。純粋に温泉の良さを競うのであれば円山川温泉に軍配は上がる。
市街地を抜けて円山川沿いにしばらく北上すると、「源泉かけ流し」ののぼりがはためく。
 ここは源泉が加水・加熱もされずそのまま浴槽に流し込んでいる。城崎には珍しい硫黄臭漂う濁り湯の強塩泉。口に含むとにがりのような味で、水で2倍に薄めて飲用するよう指示されている。
 加熱しないということは、湯温は気温に左右される。冬に来たときは露天風呂はほぼ水状態だったが、今日はぬるめだが適温。浴槽の縁に頭を置いて横たわるように入っていたら、いつの間にか居眠りをした。
 風呂上がりはロビーで無料のマッサージチェアーに横たわりながら休息。円山川をのんびり眺めていたらまたもやうとうと… これで入浴料500円という採算性度外視の温泉。お客も地元の人がちらほらと訪ねてくる。
 本当なら実家に帰ってもいいのだけども、どうしても今晩帰らなければならないので帰路に就く。途中、出石によって皿そばを食べる。今回は20枚でやめることとした。もう少し食べられそうな腹具合だが、足らぬがご馳走というからね。

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四所神社(兵庫県豊岡市城崎) 平成19年7月28日

四所神社
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 温泉街の真ん中に産土神の四所神社が建つ。祭神は山主湯神・宗像三女神の四柱。道智法師は当社の託宣で温泉を見つけたという。境内の手水舎は、裏山から湧く「延命水」が引かれている。
 神社のすぐ隣は外湯に一つ「御所の湯」が建っている。神社風の外観だった。

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極楽寺(兵庫県豊岡市城崎) 平成19年7月28日

萬年山極楽寺・臨済宗大徳寺派
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 但馬出身の禅僧・沢庵宗彭が中興した極楽寺は、禅寺らしく落ちついた雰囲気の本堂。本尊は阿弥陀如来。
 白砂の石庭の一角には、道智法師が掘ったという独鈷水が湧いていて、先ほどの温泉寺での山登りで渇いたのどを潤してくれる。また山門入口付近にも滝を配した石庭がある。

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温泉寺(兵庫県豊岡市城崎) 平成19年7月28日

 榊原温泉では“源泉でのんびりと1日過ごす計画”が見事に頓挫したものですから、その仇討ちというわけで城崎に行くことにしました。まあ、地元ですが、いや地元だからこそ、じっくりと歩いたこともないし、行ったことがない場所も多いものです。
 そこで、“地元に帰った”のではなく“いち観光客”なんだと自分に言い聞かせて、突撃巡礼隊を敢行。最終目的地は円山川温泉ですが、その前に午前中は城崎温泉をブラブラしました。


末代山温泉寺・高野山真言宗
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 城崎温泉を発見したという、道智法師開山の古刹。温泉街の奥で大師山の麓に建つ。山門をくぐり左側には薬師堂。本尊は温泉守護の薬師如来。周囲には脇侍の日光・月光菩薩と十二神将が安置される。

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 念誦読経後に堂内を見渡すと、さまざまな絵馬が奉納されている。その中の一つに名産の麦わら細工で作った十二支があった。
 また軒には籠彫が施されている。

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山門から右手にある十王堂。
浄玻璃鏡は丸く穴がくりぬかれている。

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 本堂へはロープウエーがあるが、歩いてもたいした距離ではない。歩くことで汗は出るが、気温そのものはサラリとしているので登りやすい。石段の両脇には苔むした石仏などが点在する。
 本堂は南北朝時代に建てられた折衷様式。本尊は十一面観音で、長谷寺の本尊と同木だという。おそらく長谷寺系の聖が、この地で布教したことで生まれた伝承だろう。

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本堂裏手の高台には大日如来を祀る多宝塔が建つ。

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温泉寺(薬師堂・本堂)納経朱印

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樹敬寺 (三重県松阪市) 平成19年7月22日

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 本居家の菩提寺という。境内には塔頭跡を示す立て札が8本も並び、往時の繁栄をしのばせる。
 本堂裏から道を隔てると墓地があり、そこに本居宣長の墓が建つ。法名は「高岳院石上道啓居士」。宣長は本居家の墓へは仏式で、それと別に山室山に自身の奥津城を築いている。宣長は仏教に対して批判的な説を唱えているが、その半面に家の仏事は欠かしてはいなかったようだ。
 父親は夢の中で仏に出合った喜びを絵に描かせ、母などの善光寺で得度するなど熱心な浄土信者だったという。そのような家庭環境が宣長には、後世の国学者にある極端なまでの仏教排斥がないのだろうか。

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 墓地入口の六地蔵堂。法名が記された紙が地蔵尊に張られていた。おそらく死者の鎮魂儀礼だろうが、これと似たような光景は伯耆・出雲地方でも見かけた。
 ただし、これが新仏だけなのか、それとも毎年行っているのか、それは確認できなかった。

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松坂城・本居宣長旧宅(三重県松阪市) 平成19年7月22日

20070725124201.jpg20070725124222.jpg松阪城跡の公園に、市内から移築された本居宣長旧宅「鈴屋」がある。
1階は上がることは可能だが、講義場であった2階鈴屋は直接見ることはできない。宅内にはあの書架を兼ねた箱梯子も保存されていた。これを外すとだれにも邪魔されず研究に専念できるという仕組みのだ。
 宅内は「撮影禁止」とは特に見あたらなかったが、とりあえず控えておいた。
 鈴屋を見学する前に「本居宣長記念館」を訪ねる。館内では企画展「『古事記伝』の世界」が行われており、『古事記伝』やそれにかかわる資料が展示される。
 しかし宣長登場まで国史としては『日本書紀』の方がはるかに価値があり、それまでかえりみられなかった『古事記』を、その立場を逆転させたのだから、ある意味凄いと思う。

 もっとも個人的には「ある書に曰く」と、別説をたくさん載せる『日本書紀』の方が、話が一本にまとまりすぎている『古事記』より重宝するけど(それに『古事記』が本当に序文通り和銅5年という、『日本書紀』成立しているのかも疑わしいし)。

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城下にある槙垣に囲まれた御城番屋敷。長屋造りで、各家には小さいながらも式台玄関が設けられている。
ここは「屋敷跡」ではなく、現在も普通に人が生活している。


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住宅地の一角の稲荷社で見つけた仔猫。
祠の床にすきまがあり、そこをねぐらとしているようだ。

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本居宣長ノ宮・松阪神社(三重県松阪市) 平成19年7月22日

 予定でなかった松坂突撃巡礼隊のため、どこに行くべきか見当が付かない。ともあれ、松坂なら本居宣長だろうと所縁の地を訪ねることにした。

本居宣長ノ宮20070725124823.jpg20070725124834.jpg
 本居宣長ノ宮は松坂城の近くに鎮座する。祭神は本居宣長、相殿に平田篤胤。元は明治期に宣長顕彰のため、奥津城近くに建立された山室山神社(後の本居神社)が移築されたもの。本居神社から元社号となったのは平成7年とあった。
 境内は宣長所縁の駅鈴が記念碑がある。
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本居宣長ノ宮納経朱印

松阪神社・式内小社(意悲神社)20070725124841.jpg本居宣長ノ宮と境内は続いて、松阪神社が鎮座する。こちらは古くからの神社で松阪の産土神。
祭神は誉田別命、宇迦御魂神のほか市内十七神社(三十三柱)が合祀。
境内は祭りの準備をしているようだ。

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 境内には楠の巨木と、少彦名命を祀る社がある。

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榊原温泉(三重県津市榊原町) 平成19年7月22日

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  以前、『枕草紙』にある「ななくりの湯」は、別所温泉という説を紹介したが、ここ榊原温泉だという説もある。「ななくり」も別所では「七苦離・七久里」だったが、榊原では「七栗」としているようだ。
 源泉風呂が最高だという「湯元・榊原舘」へ行く。湯ノ瀬川の畔に建つ巨大ホテルだが、フロントとは別に一般入浴専用の入り口も設けてある。
 「今日はここで1日のんびりしよう」と思って入ると、2時間までと制限が設けられていた。いきなり予想外のことで、「あらら…」と思ったが、とにかく入浴。
 大浴場の隅に小さな源泉かけ流し風呂があり、やはり人気のようで午前中ながらも、けっこうな人が入っていた。湯というよりも、ほとんど水に近い温度なので、じっくりと長い時間入浴できる。かすかな硫黄臭のある炭酸泉で、入ってしばらくすると体毛に泡がたくさん付く。給湯口から出る源泉をすくって口に含むと、ソーダ水のようなさわやかな味がする。
 大浴場は加熱されていて、そこで体を温める案配になるのだが、冷たい源泉にもかかわらず、上がると体がほかほかしてくる。結局、2時間近く源泉風呂に入っていた。

 さて、温泉からでるとお昼時。「さて、これからどうしたものか」と考えたら、「そうだ、松坂に行こう。行ってお肉を食べよう」と榊原を後にすることにした。40分ほど走って松阪市内に到着。兄から聞いていた「一升瓶本店」へと向かう。支店に比べて小さな店だが、それが余計に食欲をそそる。
 「まずは生!!」と言いたいとこだが、それはグッとがまんの子。松坂牛の上肉とカルビ、そしてホルモン、ご飯、ウーロン茶を注文。肉は見事なまでの霜降りで口に含むやいなやあまい脂が広がり、噛むと同時にホロホロと溶けるような軟らかさ。おいしいお肉を食べると幸せな気分になるなぁ。
 もともと予定外でもあり、また昼食なのでそんなにガツガツ食べる気はなかったから、いい肉を少しだけ注文したが、それでもサシが多いので十分にお腹いっぱいになれる。5000円ほどだったから、割安といえば割安かもしれない。 

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射山神社(三重県津市榊原町) 平成19年7月22日

意悲神社・式内小社(射山神社)20070725114204.jpg
射山神社はうっそうとした杜につつまれた、静かな社頭。
祭神は大己貴命・少彦名命で、温泉大明神と称される。榊原は伊勢参宮の際に、湯垢離をする場所といわれる。
社殿の背後には湯ノ瀬川が流れ、「芭蕉の小径」という散策コースになっていた。

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鳥居のすぐそばには芭蕉翁反故塚がある。芭蕉がたびたび湯治に訪れたことに由来して作られたという。

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手水舎には長命水「榊の井」が湧いている。
榊原の地名は、伊勢へ榊を奉納していたことに由来するが、この水に一晩漬けてから納めたという。
社号:射山神社

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林性寺(三重県津市榊原町) 平成19年7月22日

 先週、法事の席で兄から「榊原温泉が凄く良かった」と聞いた。そこで早速に突撃巡礼隊で、榊原に向かうことにした。今回はあちこち足を伸ばさず、一日中温泉でのんびりと過ごすつもりで計画を立てたのだが…


大龍山林性寺・天台真盛宗
20070725112833.jpg榊原の温泉街に着いてみると、大型ホテルこそ建っているものの、これといって何もない静かな温泉地だった。そんなのどかな田園風景が広がる中に、戦国時代に榊原氏菩提寺だった林性寺がある。
境内は本堂と稲荷大師堂が建っている。珍しく猫が描かれた、室町時代の涅槃図で知られているようだが、極めて普通の田舎のお寺だ。本堂には鍵が掛かっていたので本尊は確認できなかった。

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 稲荷大師堂には稲荷大明神と左には弘法大師座像、右には鯖大師像が祀られている。鯖大師は鯖を持つ弘法大師で、徳島の伝説にちなむ姿。埋もれていた石像だったが、この地方では初めて発見された鯖大師像ということで、ここに安置されたという。

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林性寺から少し離れた駐車場の近くに、赤く塗られたお堂が建っていた。
誓願寺観音堂とあり、元は旧湯元に建てられていたのが移築されたという。

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堂内には十一面観音を本尊に、西国三十三所観音や阿弥陀如来、閻魔大王が祀られている。


20070725112928.jpgおまけ
林性寺本堂にちょこんと座っていた
アマガエル。

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吉野温泉(平成19年7月8日) 奈良県吉野町

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 山上から下りて、近鉄吉野駅から如意輪寺へと通じる、山に挟まれた道を進む。吉野温泉元湯は温泉谷と呼ばれる、谷間にひっそりとたたずんでいて、ここから吉水神社へ通じる山道もある。
 入浴料は40分で700円。さほど広くない浴槽からは湯があふれ出ている。なまじ大浴場にしたり、露天風呂などを作って湯を薄めるよりも、こういう方が秘湯ムードがあって良い。湯はすこしぬるめで鉄分を多く含んでいる。そのため浴槽の側面を触ると、手に赤さびが着いた。この時間の客は自分一人だけだったので、湯船に横たわるような感じで入っていたら、なんだか眠たくなってきた。こんな宿で一泊しながら、吉野路をゆっくり散策するのもいいだろうな。

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金峯神社(平成19年7月8日) 奈良県吉野町

 吉野水分神社から奥千本へと向かう道をさらに進む。人家は見えなくなり、木々が鬱蒼と茂ってくる。霊域という雰囲気がますます色濃くなってくる。
 視界が開けてくると、金峯神社の鳥居が見えてくる。正面鳥居から駐車場は結構離れているが、それでも正面からお参りしたいので、車を止めて来た道を一反戻り参拝する。

金峯神社・式内名神大社(金峯神社)
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 祭神は金山毘古神。吉野八社大明神の一つ、金精大明神で、吉野山の地主神だという。金峯山の名の通り、大峯は古くは「かねの御岳」と称され、金鉱脈があるといわれていた。東大寺大仏の鍍金のために金を掘ろうとしたら、弥勒下生のための金なのでと蔵王権現から断られ、代わりに奥州金山を教えたという伝説がある。
 修験道では死ぬことを「金になる」というが、金峯山の「金」はゴールドというよりも、死者の集う異界であることを示していると五来重先生は指摘していた。
 なお、たびたび出てきた吉野八社大明神とは、西大寺蔵『吉野曼荼羅図』では次の通り。カッコ内は本地仏。
金峯蔵王大権現(釈迦・千手観音・弥勒)・佐抛大明神(地蔵)・太政威徳天神(十一面観音)・八王子(十一面観音)・牛頭天王(薬師)・勝手大明神(不動)・子守大明神(阿弥陀・地蔵・十一面観音)・金精大明神(阿閦)
20070708201031.jpg20070708201038.jpg義経の隠れ塔は社殿から少し離れた場所に建つ。大峯に入る行者はここにいったん閉じこめられ、闇の中「吉野なる深山の奥のかくれ塔 本来空のすみかなりけり」と唱えるという。
金峯神社の脇には大峯への奥掛け道が延びていた。

20070708201046.jpg吉野水分神社から金峯神社への道の途中に、八社大明神の一つ、牛頭天王社跡がある。見事なまでに跡で、看板がなければ単なる空き地にしか見えない。再建する雰囲気もないようだが、ここに祀られていた牛頭天王はどこに移ったのだろう。

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吉野の山々を望む。


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金峯神社納経朱印

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吉野水分神社(平成19年7月8日) 奈良県吉野町

吉野水分神社・式内大社(吉野水分神社)
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いったん駐車場に戻って、奥千本の方面に向かう。吉野水分(よしのみくまり)神社までの道は細く、対向車が来るたびにひやひやさせられる。
そんな路地といった方がふさわしい道を進んでいくと、朱塗りの鳥居と楼門が見えてきた。

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 本殿は正殿春日造、左右殿流造の三棟が並んだ構造。祭神は天之水分神(正殿)、天萬栲幡千幡比命・玉依姫命・天津彦火瓊瓊杵命(右殿)、高皇産靈神・少名彦神・御子神(左殿)。
 門をくぐると左右に拝殿、本殿があり、通常の社殿が一列に並ぶ構造とは違っている。本殿前の石段には一つ一つ蓮が供えられていた。

20070708200920.jpg20070708200926.jpg 拝殿では女性の宮司が、入峯した山伏の安全を祈願する祝詞をあげていた。本殿の蓮はその行者たちが供えたのだろうか。
 拝殿には子守大明神が祀られ、安産祈願の奉納物が置かれる。当社は吉野八社大明神の一つ、子守大明神にあたるが、「こもり」は「みくまり(水分)」からの転訛。本来、水分神は分水嶺に祀られる神のこと。

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吉野水分神社納経朱印

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吉野の寺社(平成19年7月8日) 奈良県吉野町

 金峯山寺から中千本へと向かう感じで、吉野の寺社を巡る。家々の軒先には、昨日飾られた七夕の竹がサラサラと風に揺れている。さすがに山の中だけあって、日差しは暑いながらも吹く風は涼しく、どれだけ汗をかいても一休みすればスッと引いてしまう。

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 東南院は役行者が金峯山寺を開山する際に、一山の興隆を祈願して巽(東南)に建立したと伝わる。山上ヶ岳に建つ大峯山寺護持院の一つ。
 本尊は神変大菩薩(役行者の諡)。境内には大日如来を祀る多宝塔が建つが、元は和歌山県の野上八幡神社のもの。神仏分離によって当地に移築されたという。


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吉水神社はもともとは吉水院という寺院だったが、明治に神社に改められた。
祭神は後醍醐天皇・楠木正成・吉水院宗信法印。
社殿には勝手大明神が仮遷座されていた。

20070708192734.jpgここは南朝の行宮跡であり、また豊臣秀吉が花見をした際の本陣でもある。
檜皮葺の書院が行宮跡をしのばせるが、かなり屋根が傷んでいるようだ。維持していくのは大変なのだろう。

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勝手大明神の跡に行くと、境内は立ち入り禁止とあった。当社は吉野八社明神の一つ、吉野山口神社。
以前参拝した時は、物静かな神社だったが、残念なことに不審火によって社殿は焼失したという。
吉水神社で再建の協力を求めていたが、火をつけた者は権現の冥罰を今ごろ受けているだろう。


20070708192751.jpg土産物屋が軒を並べる通りから少し外れた坂道をのんびりと歩く。この付近になると観光地というよりも、静かな山村を思わせる。
桜本坊に近づくにつれて太鼓や錫杖の音が響いてくる。本堂では護摩供養が行われ、堂内では行者が一心に般若心経を唱えていた。
本尊は神変大菩薩。護持院の一つで、大海人皇子が桜の吉夢を見たことに由来するという。

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本堂に並んで、聖天堂と弘法大師堂が建つ。
大師堂前には「桜本」の名にふさわしく、枝垂れ桜の巨木が植わっていた。


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 桜本坊の隣に護持院の一つ、喜蔵院が建つ。門の前には蓮の花が一本、華瓶(けびょう)に挿されていた。昨日7日は金峯山寺の蓮華会だったので、そのお供えだろうか。
 本尊は神変大菩薩。堂内には天狗像も安置されていた。吉野には、吉野皆杉小桜坊という大天狗が坐し、その尊像は桜本坊に祀られるが、ここの天狗も小桜坊なのだろうか。


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 各地の山岳霊場には「陀羅尼助」の名を持つ名物薬があるが、吉野にもある。
 「フジイ陀羅尼助丸」を扱う藤井利三郎薬房には昔ながらの看板と主成分オウバク(キハダの樹皮)、そしてシンボルマークである三本足の蝦蟇の像が置かれている。
 自分が良く服用する陀羅尼助は高野山の「大師陀羅尼錠」だが、それに比べるとさらに小さい丸薬で、いかにも昔ながらの霊薬を思わせる。1回9粒服用するとあるので、お土産に購入した。
 ちなみにオウバクは漢方では使わない。こういう日本産の薬種を漢方で処方したものを和漢薬という。

20070708192857.jpgさすがに歩き疲れたので、吉野葛屋で一休み。店内に併設されている茶屋で名物の葛切りを食べる。
黒蜜を付けてプルプル、モチモチした舌触りの葛を食べ、吉野の山々を望むと本当にのどかな気持ちになる。葛切りと一緒に、干菓子にする前の葛粉を固めたものも出された。口に入れると同時にほろほろと溶け、素朴な甘みがする。

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

金峯山寺(平成19年7月8日) 奈良県吉野町

 今週末は雨だとばかり思っていたのが、思いがけずに晴れたので、突撃巡礼隊で吉野へ向かうことにしました。学生時代に行ったきりなので久しぶりです。今回は奥千本の方面へも足を伸ばすことにしました。

国軸山金峯山寺・金峯山修験本宗(総本山)
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 下千本にある駐車場に車を止めて、しばらく歩くと吉野山の総門である黒門、さらに歩くと銅(かね)の鳥居へと着く。この鳥居は大峯の発心門にあたり、入峯する行者は「吉野なる銅の鳥居に手をかけて、弥陀の浄土に入るぞ嬉しき」と歌を詠みながら、三度この鳥居の柱を回るという。
 山岳霊場の寺院は鳥居を門とする例が多いが、楼門などが作られる以前の、原始的な結界門が鳥居として残ったのだろうか。

20070708192346.jpg国宝:二王門
二重門型式になっている。
この門をくぐって石段を上ると、本堂のへと至る。
この二王門は北面のため、本堂とは背を向いた形になるが、その理由は大峯へ入る行者が、熊野側よりも吉野側からの方が多くなったため、このような配置になったという。

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国宝:金峯山寺本堂
 本尊は三体の金剛蔵王大権現。役行者が感得した仏で三体は過去・現在・未来を表すという。
 本尊は秘仏だが、堂内には笈に納められた蔵王権現像なども祀られる。乱れた世を救うには荒ぶる力の仏でなければいけないとして、忿怒の相激しい姿をしているが、これも山という厳しい環境で修行するからこそ、自然の持つ畏敬の念がそうさせたのだろうか。
 堂内鴨居上部には、蔵王権現の本地仏である釈迦・千手観音・弥勒の懸仏が掛けられていた。

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威徳天神社と観音堂、愛染堂
 威徳天神は菅原道真で、吉野七社明神の一つ。説話では、日蔵という行者が死後、蔵王権現の導きで大峯の浄土を廻ると、道真は「太政威徳天」となって、もろもろの疫神や雷神を従えているという。怨霊としての天神信仰がうかがえる。

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境内中央には4本の桜と銅製の灯籠が据えられた、区切られた場所がある。
大塔宮御陣地跡だが、吉野はいたるところに南朝の遺跡がある。

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吉野の山々を眺める。

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金峯山寺納経朱印

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Author:山カズ大王
裏日本観察学会会長
仏歴2518年(昭和50年)生誕

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