裏日本観察学会・突撃巡礼隊

各地の寺院や神社、霊場の参詣記、納経帳(御朱印)の記録を中心に、面白スポットや街角で見たものなども紹介します。 ※写真(サムネイル)はクリックすると拡大します。

2008-08

補陀洛山寺(和歌山県那智勝浦町) 平成19年4月21日

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新宮市から国道42号線を、左に熊野灘を眺めながら南下する。那智勝浦町に入ってしばらくし、JR那智駅前の交差点を右折すると補陀洛山寺が見えてくる。
この地は熊野と伊勢の分岐点。それを示す石柱、振分石が公園の一角に立っていた。

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補蛇洛山寺参詣の前に隣接する熊野三所大神社に参詣する。ここは熊野九十九王子の一つ、浜宮王子に相当する。
境内は楠の巨木(夫婦楠)が天を覆う。

20070424214642.jpg社殿はけっこう杜に囲まれている。祭神は夫須美大神・家津美御子大神・速玉大神の三柱。
王子とは通常、御子神とされているが、宗教民俗学者の五来重先生は、熊野の王子を「海の彼方から寄り来る神」を祀った海洋信仰が原始の姿と指摘している。そして後世に、熊野三神や天照大神、稲荷やエビスへと変容したいう。

20070424214653.jpg20070424214703.jpg社殿両脇に祀られる、三狐神(みけつかみ)と地主神の丹敷戸畔命(にしきとべのみこと)の石祠。
三狐神はミケ(御食)の神で稲荷として信仰されるが、ここにも、依り来る神としての王子の姿があるのかもしれない。海の彼方からは食がもたらされるからだ。

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神武天皇頓宮跡の記念碑。
前に置かれる3つの丸石は力石。



20070424214727.jpg神社の左隣に補陀洛山寺は建つ。補陀洛とは梵語Potalakaの音写で観音浄土のこと。この寺は那智権現の七所本願の一つ。
本尊は千手観世音菩薩。真新しい本堂へは昇殿して参拝することができる。堂内には熊野参詣曼荼羅の写真や地蔵菩薩、不動尊なども祀られている。
山号:白華山
寺号:補陀洛山寺
宗派:天台宗

 補陀洛山寺は「補陀洛渡海」で有名な寺。はるか南海の観音浄土を目指し、うつぼ舟に乗って出航する。海の彼方に祖霊の住む常世をみた古代海洋信仰と仏教が融合したものだと理解していた。しかし、たまたま団体客への案内を聞いていたら、こんなことを言われた。

「一般に補陀洛渡海といわれていますが、実は観音浄土を目指したという記録は一つも残っていません。後世の人が『おそらく、そうではないか』と考えたものです。そもそも観音浄土は南にあるとされますが、この那智沖は黒潮が流れています。そして地元民なら『この沖に出ては南に行けない』ことぐらい常識です。そして黒潮に呑まれれば小舟など、観音浄土に着く前に沈んでしまいます。つまり、ここから出航すれば死が待っているのは分かり切ったことです」
 この言葉は衝撃的だった。観念的な世界であれ、無批判に南海の観音浄土を目指す旅と思っていただけに、この黒潮という指摘はさすが地元ならではの強烈な一言だった。
「だからこの旅はユートピアを目指すものとはいえません。自ら死へと向かうものです。そして渡海をする行者は千日間那智へ山籠もりをします。この先に行われる千日行によって、死に対する恐怖というハードルを下げていくのではないのかと思います」。

 死への恐怖からの解放。渡海信仰への思いがけない一面をみた。もちろん修験道では入水往生、火生三昧、土中入定、捨身供養などの一種の自殺行為が多々行われる。渡海もこれらの流れを汲むものであるとは知ってはいたが、机上の理論ではなく、この地を踏んだことでそれがよりリアルに感じることができた。
 そういえばイエズス会の宣教師の報告書に、母親を殺した罪を悔いて山伏に成った男が、何年も苦行を行い、最後には村の災いを一身に背負うと言って、火の付いた小舟に乗って海に出たとある。宣教師も「悪魔の教え(註:仏教のこと)を信じる者にもかかわらず、われわれよりも気高い行いをする」と締めくくられたというが、さながら原罪を背負って磔刑に処されたイエスの姿と重なったのではないのだろうか。

20070424214736.jpg復元された渡海舟。四方に建つ鳥居は、この舟が古い型式の墓である殯(もがり)であることを意味している。
五来先生は水葬が変化したものと指摘しているが、実際に江戸期の渡海は死者を海に流していたらしい。那智参詣曼荼羅に描かれる渡海舟の様子も、葬送儀礼さながらだという。

20070424214746.jpg貞観十年(868)の慶龍上人から亨保七年(1722)の宥照上人まで、渡海上人25名の名を記した記念碑。実際は記録にない多くの行者がいたという。


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本堂の裏山には、渡海上人たちの供養塔が並んでいる。

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平維盛の供養塔。重盛の嫡男で、彼も渡海したという。

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補陀洛山寺納経朱印

テーマ:寺巡り - ジャンル:旅行

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