青岸渡寺(和歌山県那智勝浦町) 平成19年4月21日

那智山へ登る途中、車を降りて有名な大門坂を散策。世界遺産に登録されてからすっかり観光名称となり、大型バスも待機していた。嗚呼、いつかは田辺から中辺路を歩いて熊野三山を巡ってみたいものだ。

青岸渡寺の山門。
駐車場からは土産物屋が軒を連ねる石段を上り、途中で左に熊野那智大社、右に青岸渡寺と参道が分かれる。
山号:那智山
寺号:青岸渡寺
宗派:天台宗
本堂。本尊は如意輪観世音菩薩で、西国三十三所の1番札所。那智山が1番札所なのは、東国から伊勢参宮を終えて熊野三山を巡りつつ観音巡礼を行い、谷汲山を打ち終えて中山道から善光寺へと向かうルートが確立したから。古くは中山寺から始まり三室戸寺で終えるなど、時代時代で変遷があった。個々として独立していた霊場を線で結び、一つの巨大な霊場へと拡大するという形態は、修験道の影響を受けているとされる。
今でこそ「青岸渡寺」という寺号があるが、これは明治になってからの名称。以前は単に如意輪堂といい、那智権現の境内堂社の一つだった。それが神仏分離により神社と寺院に分けられたことで、現寺号を冠するようになったという。
さて、那智権現の本地仏は千手観音だが、なぜ如意輪堂が重視されるのかが疑問だった。この疑問に五来重先生は、この如意輪観音が那智開山の裸形上人が感得した尊像であるという伝承から、もともとは裸形上人を祀る開山堂ではなかったかと指摘している。
山岳信仰の霊場では開山者は神仏に等しい存在として信仰される(例:大峯の役行者や高野山の弘法大師など)。那智では裸形上人が如意輪観音と同体とされていたのではないのか。それが次第に裸形上人を離れて、純然たる如意輪観音として信仰されるようになったのではとある。山岳信仰の美術で僧形の神の姿が描かれるが、これももともとは神そのものではなく、神を仏式で祀る修行者が神格化されたものといわれる。熊野三所権現の垂迹図でも本宮は法体(僧形)、速玉は俗体(男)、那智は女体で表される。

如法堂(大黒堂)には大黒天、弁才天、毘沙門天を中心に、七福神が祀られる。本来、如法堂とは法華経を写経する道場のこと。
補陀洛や岸打つ波は三熊野の那智のお山にひびく滝つ瀬
那智山の御詠歌そのままに、遠く離れていても飛瀑の音が聞こえてくる。

本堂下には塔頭が数ヶ寺並んでいる。
その一つ尊勝院は天皇、皇族の宿坊だったので、唐破風の四脚門が建っている。

青岸渡寺納経朱印
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